41 決戦前日1
あっという間に五月の最後日になった。
結局、例の噂はその日までずっと消えることがなかった。
僕は防衛線構築やティナとの訓練に忙しくてそんな噂に構っている暇はなかったけれど、学校にいるときに自分の肌にちくちくと刺さる周囲の刺々しい視線が、その噂の存在を忘れさせてくれなかった。
既に条彩大学のムーンリーパーも長野のムーンリーパーもここ条彩市に集まっており、防衛戦の準備も前日までに完了していたので、その日の午後は自由時間になった。
学校で友達とだらだら過ごしてもいいし、家に帰って一人で英気を養うのもいい。
こんなことは言いたくないが、もしかしたらこれが最後の休息になるかもしれない。明日の戦いで全員が無事に生きて帰ってこれるとは限らない。
みんなそれが分かっているからだろう。学校が早く終わったというのに、普段みたいにはしゃぐ奴はほとんどいなかった。
帰りのホームルームが終わるなり、みんなぞろぞろと教室を出ていった。
普段は僕に声を掛けてくれる嶽や他の連中が、僕を避けるようにさっさと出ていったのはさすがにショックだった。
(いや、短期間で嫌われすぎだろ、僕……)
みんな初等部から十年近い付き合いになるのに、あんな噂一つでその関係が崩れてしまったことが正直ショックだった。
それだけレトゥグスに取り入っているという噂はみんなにとって不快だったのだろう。
どんな嘘であっても百人が語れば少なくとも上辺だけは真実になる。この国の存亡をかけた戦いを控え、僕が最後にこの教室で学んだのはそんな当たり前のことだった。
このまま帰ろうか少しだけパラーシュを振っていこうか迷いながらもたもた勉強道具をリュックにしまっていると、静馬が話しかけてきた。
「ね、いよいよ明日だねえ。うー、もう緊張してきたよ」
「やっぱり怖い?」
「それがね、自分でも不思議なんだけど、緊張はするけど怖かったり不安だったりはしないの。巡回で結構魔物と戦ったから、慣れちゃったのかなあ」
「勇者とも戦ったし、度胸が付いたのかもね」
「むー。でもあれ、直接勇者と戦ったんじゃなくて、遠くからビーッって一発撃っただけだだから、あんま戦った感じはなかったかぁ」
「それもそうだね」
「そういう日都也君はどう? 第二次遠征にも参加したからもう実戦は慣れっこ?」
「いや、怖いよ。戦いに出るときはいつだって怖い。何十回、何百回戦っても慣れることはないよ」
「何百回って、そんなに戦ってないじゃない。大袈裟だぞお」
「……ちょっと盛ってみた」
危ない。うっかり前世分もカウントしてしまった……。
「でも、そうだよね。日都也君は直接勇者と戦うんだから怖くないわけないよね。……なんかさ、校内で色んな生徒が、日都也君がパラーシュを託されたのは専制に取り入ったからだって言ってるらしいじゃない」
「そうみたいだね……」
「でもね、わたし、それはおかしいと思うのっ。だって、日都也君、いっぱい頑張ってるもんね。ここのところずうっとティナ先輩と特訓してるんでしょ?」
「あれ、どうして知ってるんだよ」
「そりゃもう、特訓してるとここっそり覗いたからだよっ」
「覗くなら声かけてくれればいいのに」
「むー、なんか二人とも雰囲気が怖くて声を掛けられなくて……」
そんなに怖かっただろうか。まあ、僕もティナも勇者対策に必死だったから近寄りがたい雰囲気は出していたかもしれない。
「悪かったよ、メーメ」
「何が?」
「お前、戦うのあんま好きじゃないよね? それなのに明日の防衛戦でまた訳の分からない役割押し付けちゃって」
「むー、本当だよっ。遠くからの狙撃ならまだしも、まさかあんなことを頼まれると思わなかったよ。くさいのが取れなくなったらどしてくれるんだよっ!」
静馬は苦笑しながら僕をぺちぺちと叩いてくる。
「……でも、日都也君はわたしを信頼してくたから頼んでくれたんだよね? わたし、背も低いし格闘術も駄目で勉強もできないからずっと落ちこぼれだったでしょ? だから日都也君から頼られたときとっても嬉しかったんだよ。ちょっと大袈裟かもだけど、自分がムーンリーパーとして生まれたのはこの役割を果たすためなのかなあって思ったの。だから、頑張るね。明日、日都也君みたいに頑張るからっ」
「うん、頼りにしてるよ」
そのとき、どこからともなくスマホのバイブ音が聞こえた。静馬がポケットからスマホを取り出して画面を見る。
「あ、用意できたみたい。じゃあ、行こっ」
静馬は椅子から飛び降りるようにして立ち上がって、僕の手を引いた。
「え、行くってどこに?」
「いいからいいから」
静馬は僕の手を引いて教室を出ると、階段を上り屋上に向かった。
静馬がドアを開ける。ドアには鍵が掛かっていなかった。
屋上に出た途端、パン、パン、と銃声が聞こえた。
――いや、銃声にしては軽い。
それもそのはず、それはクラッカーの音だった。いくつものクラッカーから飛び出した紙テープや紙吹雪が僕の頭に降ってきた。
屋上にはA組の生徒の大半が揃っていた。
「おい、みんな、主役の登場だぜ!」
すぐそばにいた嶽が言って、みんなが拍手をする。
……え、なにこれ?
「よお、日都也。明日頑張ろうぜ」
「俺たちの命、お前に預けっから」
「私まだ死にたくないから絶対勇者倒しなさいね」
「勇者と真正面から戦うなんてよくやろうと思うわね。あたしなら無理。あんたに任せるから負けたら承知しないからね」
「噂なんて気にしないで。そんなこと言う人たちを見返してやんなよ!」
クラスメイトが口々に言う。
「皆上、ほらよ」
ぽかんとする僕に、嶽がジュースのペットボトルを投げてよこす。
「……これは?」
「ほらあれだ。壮行会? 的なやつ。どうせ明日はこんなことしてる場合じゃねえから、今日のうちにやっとこうと思ってな」
「僕、何も聞いてないんだけど」
「言うわけねえだろが。お前へのサプライズなんだから。バレねえように準備するの大変だったんだぞ」
あー、だからここのところ素っ気なかったのか。
「いや、最近、校内でお前の変な噂が流れてるじゃねえか? 他のクラスの連中もお前のこと悪く言うし。だから俺たち、今めっちゃムカついてんのよ。お前、成績は平凡かもしれないけど、風紀委員としてめっちゃ頑張ってるし、この前も勇者と戦って生き残ったし、第二次遠征も成功させたろ? それだけ実績があったらパラーシュを託されるのも当たり前だって俺らは思ってっからよ。だから明日、勇者をブチ倒してあんなゴミみてえな噂消し飛ばしてやれよ!」
そう言って嶽はぼくの肩を強くバシンと叩いた。そうだそうだ、とみんなが嶽に同意する。
……そっか。
悪い噂ばっかり耳に入るし、実際陰口を叩かれていることも知っていたので、僕はみんなから同じように思われてると思っていた。
けれど、こうやって僕のことを認めてくれている人も大勢いるんだ。
ティナも静馬もそうだけど、蔦嶌や嶽、クラスメイトのみんな。
僕はいい仲間に恵まれた。
「そんじゃ、そういうことで乾杯の挨拶よろ」
「は、僕が? そいういうの苦手なんだけど」
「いいからやれって。主役のお前がやらなくて誰がやるんだよ」
「じゃあ、適当に……」
僕はキャップを開けてペットボトルを軽く掲げる。
「さっき、メーメがいいこと言ったんだ。自分は明日の役目を果たすために生まれたかもしれない、って。僕もそう思う。僕たちムーンリーパーはきっと明日を乗り越えるために生まれてきたんだよ。だから明日の戦いに勝って役目を果たして、誰一人欠けることなく明後日を迎えよう。――それじゃあ、乾杯」
――乾杯!!!!!!!
みんなが声を揃えて飲み物を掲げる。
屋上には机が並べられ、お菓子もたくさん用意してあった。
住民の避難が進みお店なんてどこもやっていないのに、よくこれだけのお菓子を集められたものだ。きっと、それだけこの壮行会に気合を入れたのだろう。
それからみんなでわいわいと騒いだけれど、うるさくしすぎたせいだろうか、途中でやってきた先生に屋上から追い出されてしまって、壮行会は早くも解散になってしまった。
どうか、明後日もこのメンバーで集まれますように。
先生に追い立てられながら僕は心の中で祈った。




