40 パラーシュとキラシール
午後、レトゥグスに呼び出されて顧問室へ向かっているとき、同じ方向へ歩くティナの後姿を見つけたので、駆け寄って隣に並んだ。
「ティナさんも顧問室ですか?」
「ええ、そうよ。日都也も?」
「はい」
僕とティナを一緒に呼ぶってことは勇者関係の話があるのかな。それとも僕の過去に関する話か。
「そうそう、先週勇者と戦ったときに、君が私に押し付けた無理難題の件なんだけれど……」
「僕がパワハラしたみたいな言い方やめてくださよ。で、どうでした?」
「あれ、いけそうよ。レイに実験台になってもらって練習して、昨日、どうにか形になったわ」
「本当ですか? よかった、ありがとうございます」
「ただ、ぶっつけ本番になるから成功するかどうかは賭けよ」
「大丈夫です、きっと成功しますよ。ティナさんが頑張ってくれたんですから」
「もう……、君、ずるいわよ」
急にティナがこっちを向いてじろりと睨んできた。あれ、僕、変なこと言った?
「な、何がですか……?」
「君にそうやって言われたら、絶対に失敗するわけにはいかないじゃない」
そう続けてティナは微笑む。その笑顔はめちゃめちゃ可愛らしかった。
顧問室に入ると、いつも通り奥のデスクにレトゥグスがいた。手前のロ―テーブルには布に包まれた細長いものが二つ置かれていた。
「お待ちしていました。どうぞ、おかけください」
レトゥグスがロ―テーブルを囲むように置かれたソファを手で示したので、僕たちはソファに並んで座った。レトゥグスがこっちに来て僕たちの向かいに座る。
六月一日の作戦概要の説明だった。
中等部の動員は見送ったのでこちらの戦力は九百。対して向こうは五千。
数字だけ聞くと絶望的だが、今防錆線を築いているあの町は建物が多く、五千人全員が一気に攻めてくることはない。地の利を生かせば数日は持つだろう。
レトゥグスはそう説明したあとで、ですが。と強く続けた。
「数日持ったところで突破されてしまえば無意味です。それに、私は端から守勢に回るつもりはありません。こちらから打って出ます。狙うは勇者の首。ホムンクルス兵は勇者の命令に従っていますから、勇者さえ叩けば命令系統を失い撤退します」
「同感。それしかないよね」
「先日の第二次遠征隊のメンバーで奇襲部隊を結成し、勇者の居場所を特定し速やかに奇襲を仕掛けます。……といっても、実際に勇者と戦うのは皆上さんとティナの二人のみ。他のメンバーは勇者を守るホムンクルス兵の処理に当たります」
「……ティナさんはともかく、この学校には僕よりも強いムーンリーパーは何人もいるよ」
「もちろん、そのくらい言われるまでもなく分かっています。ですが、勇者の戦いを隣で見て彼の手の内を知り尽くしているたあなたと、勇者の魔法を妨害できる天岐さん。あなた方以外に適任者はいません」
レトゥグスは、僕とティナの目を交互に見ながら言ったが、ティナに目を向けるときだけ、少し複雑そうな目をした。
やはりレトゥグスも人の親なのだ。我が子を死地に向かわせる命令を下すその心中はいかほどのものだろう。
「分かったわ」
そんな父親の心に気付きながらも、ティナは極力冷静に返事をした。
レトゥグスの言っていることは的を射ている。僕も勇者相手に自分以上に上手く立ち回れるムーンリーパーはいないと確信している。
でも、事情を知らない生徒からすると、こういうところがレトゥグスに取り入っていると思われるのだろう。
「そしてこれが勇者と戦うための武器です。どうぞご確認を」
レトゥグスがロ―テーブルの上を示した。
僕とティナはその細長いものを一つずつ手に取り、布を外した。
中から鞘に収まったパラーシュが現れた。剣を抜くと水晶みたいに半透明な細身の刀身と鋭い切っ先が目に入った。【帰らずの森】で発見したときに折れていたので、整形して切っ先を作ってもらったのだ。
軽く振ってみる。元々二メートル近い刀身の剣だったので、長さが半分になったことには違和感があるが、これはこれで取り回しやすそうだ。
ティナも包みを開けて中身を取り出す。そちらからも細身の剣が出てきた。鞘から抜くと、パラーシュと同じく水晶のような刀身が姿を表した。
折れたパラーシュの切っ先側に柄を付けて作った剣だ。パラーシュは真ん中からへし折れていたので、ティナが持つそちらの剣も刀身は一メートルくらいある。
「綺麗……。【帰らずの森】で見たときは気付かなかったけれど、こんなに綺麗な剣だったのね」
「そちらの剣にはキラシールと名付けました。パラーシュ同様、そちらにも《防御スキル貫通》効果は付与されているので、勇者に通用するでしょう」
怪我の功名と言っていいのか分からないが、パラーシュがへし折られたことで、結果的に勇者に対抗できる武器が増えたのだ。
「さて、以上が勇者対策になりますが、問題はこれだけではありませ。勇者並みに厄介なのが――」
「オーランテだよね」
僕が先回りして答えると、レトゥグスは渋い顔で溜息を吐いた。
「ええ……。オーランテは能力向上魔法だけではなく蘇生魔法を使います。我々が勇者を倒したとしても、その魔法で勇者を蘇生されては全ての苦労が水泡に帰します。理想は勇者よりも先にオーランテを仕留めることですが、彼も狙われることは分かってるから前線には出てきません。それに勇者と同じく《全攻撃無効》スキルも持っていますから、パラーシュとキラシール以外の攻撃は通用しません」
「私と日都也がそれぞれ勇者とオーランテを各個撃破するのは……無理よね?」
ティナがちらりと僕を見る。
「はい。オーランテはともかく、僕たちの実力じゃ一人で勇者を倒すことはできません。かと言って、僕たちが先にオーランテを倒しに向かえば、勇者が気付いてオーランテを守りにくる。そしたら結局勇者と戦わなきゃならないけど、その間にオーランテに逃げられる」
「厳しいわね」
「でも、まあ、そこは僕に考えがあるよ」
「どんな?」
「うん。ここでまたメーメの出番なんだけど……」
僕は【帰らずの森】から戻るときに思いついた考えを説明する。
「……なるほど。しかし、上手くいきますか?」
「上手くいかなかったら僕たちは死ぬ。それだけだよ」
「こら、そんなことさらりと言わないで」
「すみません。ところでレト、剣とは別に頼んでたあれはもうできたの?」
「いえ、あちらは加工にもう少し時間がかかります。ですが、工房の名に懸けて当日までには必ず仕上げます」
工房はレトゥグスが擬魔機などを製造するために作り上げた組織だ
「うん、よろしく」
話を終え、僕たちはパラーシュとキラシールを抱えて顧問室を出た。
「ねえ、日都也」
「はい」
「最近、校内で変な噂を耳にしたんだけれど……」
「……あー、やっぱりティナさんの耳にも届いてましたか。……実際、噂になってもおかしくないようなことをしてるから、仕方ないかもしれませんけど」
「そんなことないわよ。少なくとも、私や風紀委員会や第二次遠征に参加した生徒の中には、君がお父さんに取り入ったなんて思っている人は誰もいないわ。だから、ああいう卑怯な噂には負けないでね」
「ありがとうございます。実はちょっと気にしてたんでそう言ってもらえると気が楽になります」
「何かあったら相談してね、力になってあげるから」
「ええ、そのときは遠慮なく」
「ところでね、六月一日までにできるだけこの剣を手に馴染ませたいの。これから剣の訓練に付き合ってもらえる?」
「分かりました。できるだけ勇者の剣の癖を真似しますから、それで勇者の太刀筋を覚えてください」
「ええ、お願い。レイと練習したあれを君でも試してみたいし」
「そうですね。あれができるかどうかに対勇者戦の命運が懸かっていますから……」




