39 嵐の前の噂
第二遠征隊がこの世で唯一勇者に対抗できる武器を持ち帰ったことで、学校内には「もしかしたら勇者に勝てるかも」という明るい空気が広がった。
けれど、その空気も三日くらいしか持たなかった。
解熱剤の効果が切れてまた高熱にうなされるように、遠征成功の高揚感が過ぎてしまうと、どの生徒の心にもまた重苦しい不安が戻ってきた。
こういうときにその人の本当の性格が出る。
不安を振り払うように一心に防衛線構築作業に打ち込む生徒。もうどうせ死ぬんだからとサボりまくる生徒。サボるつもりはないけれど、不安に押しつぶされ作業が手につかなくなる生徒。いつもと変わらない生徒。
逃げ出したい生徒も大勢いただろう。でも、彼らは培養槽の子宮で生を受けたムーンリーパーだ。家族もいない。血縁者もいない。帰る場所はここ以外にない。
異世界の脅威と戦うために生み出された彼らには、戦う以外の道は最初から用意されていなかった。
そんな中、学校にはとある嫌な噂が囁かれるようになった。そのネガティブな噂は学校の暗い雰囲気に乗り瞬く間に生徒の間に広がった。
一年生の皆上日都也が、国重になり替わろうとしてレトゥグスに取り入っている。
そんな噂だ。
その噂を聞いたとき腹が立ったが、同時に、そう言われても仕方がないなとも思った。
僕が聖騎士ウルグラフの生まれ変わりだってことは一般の生徒には知られていない。一般生徒にとって、僕は「成績も戦闘能力も平凡な生徒」でしかないのだ。
そんな僕が、国重の死の前後から頻繁に特別顧問室に出入りしている上、急に第二次遠征に参加していれば、そうやって勘繰られるのも無理はないかもしれない。
実際、廊下を歩いていて上級生とすれ違うときに「おい、あいつが例の」とか「実力もないくせに」とか「こんなのが国重さんの代わりになるわけねえだろ」と吐き捨てられたこともあった。
さすがに初等部時代からの付き合いがある同学年の中では、あからさまに僕の悪口を言う奴はいなかったけれど、陰でこそこそ言っている奴は少なからずいた。
ある日の放課後、防衛線の構築作業をしているとき、友人の嶽愁平に直接こう聞かれた。
「日都也。お前、レトゥグス先生に取り入ってるんだって? やるじゃん」
さすがにムカついたので、僕はちょっと強めに言い返した。
「……お前、僕がそんなことする人間だと思ってるのか?」
「思ってねえけどさ、お前、たまに何考えてるか分からんことあるしな、急にそんなことやっても驚きはしない」
「それ、思ってるってことじゃね?」
「冗談だって。そうムキになるなよ。……で、実際のところどうなんだよ?」
「だからやってねえよ」
「分かった。やってねえんだな?」
「当たり前だろ」
「オッケー」
それだけを聞くと、嶽は僕から離れ他の友人数名とこそこそと話し始めた。
……一体何なんだよ。
その生い立ちゆえどこにも逃げることのできない生徒と違い、普通の人間である教師陣は、この一週間で半分は退職してしまった。
彼らが一様に退職願に書いた「一身上の都合は」、悪く言うと、生徒を置いて逃げるという意味だったが、それを責められる人はいなかった。命を惜しむのは人の本能だから。むしろよく半分も残ったというべきだろう。
教師陣だけではない。条彩市の住民も政府の避難指示に従い続々とこの街から離れていた。東京や関東圏を脱出して東北や北海道に避難する人も多いらしい。
条彩市は日を追うごとに静かになってゆく。
まさに嵐の前の静けさだ。
嵐はすぐそこに迫っていた。




