03 ハンバーガー
放課後、僕はティナに連れられて市の西側にあるハンバーガーショップへ向かった。二人とも肩にハードケースを担いでいる。長さ一メートル強の長方形のケースで、条彩学園の生徒は校外ではこれの携帯が義務付けられていた。
ティナが連れてきてくれたのは『バーガー男爵』って名前のお店で、レンガの外壁のオシャレだったが、入口は鋼鉄製だし通路に面したウィンドウは全て強化ガラスだった。明らかに魔物対策である。
重いドアを開けて中にる。店内は空いていて静かな音楽が流れていた。
カウンターでテリヤキバーガーとポテトのLとコーラを頼み、それらをトレイに乗せて窓際の席に着きハードケースを足元に置く。ティナが向かいに座りハードケースを下ろした。
「日都也、入学おめでとう」
ティナが飲み物の入った紙コップを軽く掲げる。
「ありがとうございます」
僕も飲み物を持ってティナと乾杯をする。
「それじゃあ、いただきましょうか。……うん、相変わらずここのバーガーはおいしいわね。日都也も遠慮しないで食べて」
「はい、いただきます」
僕はテリヤキバーガーを食べる前にポテトを一つ口に入れた。カリカリでしっかりコショウが効いているので僕好みだった。
二本目をつまみ上げ目の高さに持ってくる。きれいな黄色の表面に、さらさらと砂色をコショウが掛かっているのが見える。
グロウゼビア王国ではコショウはめちゃめちゃ高価な代物で、手に入れることができるのは王族とか貴族、一部の商人くらいだった。一般庶民の大半は一生コショウに縁がなかったし、僕だってコショウを口にしたことなんて数えるほどしかなかった。
それなのに。
この国に転生して十五年と数か月。まさかそのコショウがこんなに気軽に食べられるなんて。
コショウだけではない。砂糖だって元の世界では高級品だった。このコーラに入った量の砂糖を買うのにあっちの世界では一体どれだけのお金が必要だろう。
とにかく、この国は元いた世界と比べて段違いに食事が美味しい。あっちの世界で二十数年生きてきた僕にとっては、毎日王侯貴族並みの贅沢をしているようなものだった。
もしかしたら神様は、魔王を倒したご褒美に僕をこっちの世界に転生させてくれたのかも知れない。半分冗談だけど、たまにそう思うときがある。
「日都也、ポテトを見ながらにやにやするの、ちょっと危ない人っぽいわよ?」
「……ほっといてください。コショウのありがたみを噛みしめてるんですから」
「コショウがありがたいって、君、中世ヨーロッパの人間じゃないんだから……」
ティナがくすりと笑う。
「……」
そう、中世ヨーロッパ。
僕が元いた世界の文明や文化の水準は、こっちの世界で言う中世ヨーロッパ程度しかなかったのだ。
この国に転生してからしばらくは、文明水準のあまりの違いに僕は驚きに言葉も出なかった。まあ、言葉が出なかったのは赤ちゃんだったせいもあるんだけど。
きっとクラインはこの国からグロウゼビアに来たんだよな……。
ふとそんなことを思ったけれど、本当のところを僕は知らなかった。
魔王討伐の長い長い旅の中で、クラインはほとんど過去のことを話さなかった。きっと過去を隠しているのだと感じたから、僕は彼の過去を詮索したことはない。
ただ、今思い返せば見た目はアジア人っぽかったし、会話の端々にごく稀にスーファミとか部活とか富士山っていうキーワードが出てきたような記憶があるので、まず間違いないと思う。
もしかして、クラインもこんな食事をしてたのかな……。
小さな感傷に浸りながらポテトを口に放り込み、テリヤキバーガーにかぶりつく。
「そういえば、ここの戦況ってやっぱり酷いんですか? 昼に魔物の襲撃が増えてるって言ってましたよね?」
条彩市に引っ越してきてから三日に一度は街中に魔物襲撃のサイレンを聞いている気がする。
「ええ、増えてるわ。三月に三年生が卒業して戦力が落ちたタイミングだから、余計対処に手間取ってるのよ。君たち一年生が早く戦力になってくれると助かるわ」
ダンジョンと隣接しているせいで、条彩市にはしょっちゅう魔物が入り込んでくる。
その早期発見と対処のためにうち生徒は市内の巡回を行っている。僕たち新入生も五月から巡回に参加することになっていた。
巡回中に魔物を発見したら、可能であれば撃退するけれど、それが難しかったらティナの所属する風紀委員会に応援を要請する。
風紀委員会は生徒の中でも戦闘に特化した集団だ。人によっては擬魔機と呼ばれる特殊な武器を所持しており一般生徒よりもずっと強い。
「戦力ですか。まあ、ご期待に添えるよう頑張りますけど、あんまり期待しないでほしいかも」
「何言ってるのよ。私、一年生の中で君に一番期待しているんだからね」
「は? なんで僕なんですか。一年の中には僕より優秀な奴はいっぱいいますよ。うちのクラスの嶽とか神山、B組の志堂とかC組の森末とか」
「うん、彼らも優秀よね。でも、私は君の方が上だと思ってる」
「何でですか?」
「そうね、言葉にするのは難しいんだけれど……、私ね、中学時代から君が妙に老成して見えることがあったのよ。年下なのに落ち着いていてどこか達観しているっていうか……」
ぎくり。
「それにほら、君、筆記も実技も成績は平凡だけど、本気を出していないでしょう?」
「……や、そんなことないですって。手抜きなんてしませんよ」
「私に嘘は吐かないで。しているでしょう? 私ね、君が平凡を装って息をひそめていつか力を発揮するときが来るのを待っている感じがするのよ。だから、君の本気が見てみたいの」
「……気のせいじゃないですか?」
「そんなことないわよ。私、人を見る目には自信があるもの」
「目、曇ってません?」
「この目が曇っているように見える?」
ティナはきらきら光る白銀の瞳で真っ直ぐに僕を見つめてきた。
あんたの人を見る目すげーよ。僕は思わず目を逸らし心の中でそう苦笑した。
そりゃ僕が老成して見えるのも当然だ。
だって僕は前世で二十数歳、現世で十五歳ちょっと、二期通算四十年の人生を歩んでいるのだから。
肉体が若いから、感性も感情も思考も周りと同じ十代だと自分では思っているけれど、ティナのように見る人が見れば高校生らしからぬ雰囲気を感じてしまうらしい。
それにしても、随分と買いかぶられたものである。
嬉しいような困ったような、何とも言えない気持ちになった。