38 【帰らずの森】5
みんなに手を振ると、隊員たちが狐につままれたような顔でこちらにやって来た。
「……ねえ、何が起こったの。どうして襲われなかったの?」
ティナが代表して聞いてきた。うん、やっぱり不思議に思うよね。魔物が自ら人間に首を差し出すなんて、そんなこと普通はあり得ないんだから。
「この邪竜は寄生トネリコに寄生されてもう死ぬ直前だったんです。死にたがってた。だから、殺してくれって……」
そう説明したけれど、全員の怪訝そうな顔は晴れなかった。
でも、僕もそれ以上説明する気はなかった。多分今起こったことは僕とこの邪竜以外の誰にも理解できないと思ったから。
「それよりも、目的の物が手に入りました」
僕は折れた剣を掲げてみせる。
「それが、聖騎士ウルグラフのが使っていた剣、パラーシュなのね?」
「はい。今この竜を殺して、スキルの効果が生きているのも確認できました。――これさえあれば、クラインの《全攻撃無効》スキルに太刀打ちできます」
僕が言うと、その場にいる生徒たちがわっと歓声を上げた。蔦嶌が笑顔でティナの肩を抱き、ティナがくすぐったそうに目を細める。
レトゥグスが喜びをかみしめるように胸の前で硬く拳を握ってから、できるだけ平静を装いその場にいる全員に告げた。
「では、予定通り聖騎士の装備はを回収します。剣の切っ先や欠片も残さず回収してください」
「この死体はどうします? 一緒に回収する?」
蔦嶌が訊く。
「いえ、この場に埋葬しましょう。彼はグロウゼビアの人間です。生まれた地に還してあげるのが筋です」
そう答えてからレトゥグスはちらりと僕を見た。僕は頷いて同意する。
「了解。じゃあ、誰か墓穴彫るの手伝って」
「いえ、それには及びません。聖騎士は私の旧友ですから、私の手で埋葬させてください。そうですね、皆上さんに手伝ってもらいましょうか」
「分かりました」
他の生徒の手前一応敬語で返事をする。レトゥグスが僕にだけ聞こえる声で続ける。
「して、竜の亡骸はどうしますか? 通常であれば解体して心臓などの素材を持ち帰り、擬魔機の生体部品に加工します。しかし、この竜、皆上さんと因縁があるのですよね? そのような行為をこの竜への侮辱とお考えなら今回はやめておきますが」
僕は竜の安らかな顔を見て、少し考える。
「いつも通り解体しよう。彼には悪いけれど、もしかしたら、彼の素材が勇者攻略の助けになるかもしれないから」
「分かりました」
レトゥグスは僕から離れて生徒に追加で指示を出す。
「手の空いている生徒は竜の解体と素材の回収をお願いします」
レトゥグスの指示に従い生徒たちがてきぱきと作業に取り掛かる。
僕は鎧から自分の白骨死体を引っ張り出す。鎧に引っ掛かってなかなか出てこなかったので、少し力を入れたら背骨が千切れてしまった。
「あ、やべ」
「皆上さん。ご遺体は丁寧に扱いましょうよ」
「や、適当適当。どうせ僕の死体だし」
「それはそうですけれど……、そういう問題ではありませんよ」
鎧から白骨死体を引きずり出してから、野営のテントを設営するためとかに使う折りたたみ式のスコップで穴を掘る。鎧型擬魔機を装備しているのでそれほど大変な作業ではない。
「まさか自分の墓を自分で掘ることになるとはね」
「まさに墓穴を掘っていますね、皆上さん」
「レト……、その言い方なんか棘がない?」
「まさか」
人一人を横たえられるだけの幅の深い穴を掘って、僕は自分より頭一つ分以上背の高い過去の僕の遺体を墓穴に横たえ、上から土をかけた。
「うん、こんなものかな」
「本当は墓標代わりに剣を突き立てたいところですが、剣は持ち帰りますからね。代わりに何か立てますか?」
「そうだね……」
墓標、墓標……。まあ、定番は太めの木の枝とかだよね。お、あれなんていいんじゃないかな?
僕は邪竜の首に駆け寄って、その額の古傷から生えたトネリコを引っこ抜き自分の墓に突き立てた。
「うん、これでよし」
僕は満足して頷いたがレトゥグスは呆れたような顔をした。
「あなたがいいのならそれで構いませんが……。しかし、あなたのパラーシュが折られていたところを見ると、クラインはよほどあなたのことを恐れていたと見えますね」
「あいつ、日本人なのに本当にグロウゼビアの風習に染まってたよね。まじで日本人であることを捨てたかったのかな……」
僕は呟く。
戦場で倒した敵の剣を折るのはグロウゼビアの兵士の間に伝わる古い風習だ。
敵が蘇生魔法で生き返ったり幽霊になったときに武器を使えなければ復讐を諦めるから、というのが由来と言われているが真偽のほどは定かではない。
僕があっちにいた三十数年前にはもうほとんど廃れていた風習だったが、グロウゼビア人であることに拘っていたクラインは、性格に似合わずそういう風習を好んでいた。
ティナが森から花を詰んできて、僕とレトゥグスに手渡した。
「はい、これ」
「何ですか?」
「お供えするのよ」
「でも、自分の墓にこういうのお供えするのって自作自演みたいじゃないですか?」
「いいから、死者に敬意を払いなさい」
「その死者が僕なんですけど……」
「君はウルグラフじゃないわ。皆上日都也よ」
「……それもそうですね」
三人で墓前に花を供える。
「ねえ、日都也。あの邪竜にもお墓を作ってあげましょうか?」
ティナは解体されつつある邪竜に目を向けてた。
「……いえ、やめておきましょう」
「どうして?」
「お墓って人が人を悼むためのものですから、そんなのは竜に似合いませんよ。ありのままに自然に返してあげましょう」
「……それもそうね」
ティナは納得して頷き解体作業に戻っていった。
解体を終えてから、僕たちは森を出るために移動を開始した。
またあの魔物の群れを突破しなければならないのは大仕事だったが、勇者への切り札が手に入ったからだろう、みんな先ほどまでよりも足取りが軽く、顔にも生気が戻っていた。
僕もそうだ。萎えかけた手足に力が入るようになったし、心も随分軽くなった。
これで少なくとも六月一日の勝率は〇%ではなくなった。
その事実が僕たちに力をくれたのだ。
では、何%かと言われれば答えられないのだが……、まあ、多分一%くらいかな。
けれど、永遠の闇に放り込まれたような絶望の中に差し込んだその小さな光は、今の僕たちには太陽よりも眩しかった。
みんなにの目に力が戻ったので、これなら森を抜けることできそうだ。
そう思ったが、その予想はいい気味で裏切られた。
森を抜けるまで一度も戦闘にならなかったのだ。それどころか、森を抜けるまであれだけしつこかった魔物の姿を見ることも一度もなかった。
その理由は至って単純で、あの邪竜を解体して運んでいたからだ。
森中の魔物が死してなお邪竜を恐れていた。
こうして僕たちは無事に【帰らずの森】を脱出して条彩市に戻り、六月二日以降も生きる一%の権利を手に入れた。
たったそれだけの可能性かもしれないが、ゼロよりはずっといい。




