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36 【帰らずの森】3

 翌朝、まだ朝靄が晴れないうちに出発した。


 昨日の夕食後、レトゥグスと相談してペースを上げることにしていたので、今日はかなりの強行軍になりそうだった。みんなに負担は掛けるが仕方がない。遅れれば六月一日に間に合わなくなってしまうかもしれないから。


 まだ早朝にも関わらず、前日と同じく森の中には魔物が大量にうろついていた。全てを倒している余裕はないため、基本的には敵を避けて進み、どうしても避けられないときだけに戦闘を行った。


 それでも、十度は戦闘をせざるを得なかった。


 迂回と戦闘を繰り返したせいで、行軍ペースを上げたにも関わらずその日も予定の半分程度しか進むことができず日没で時間切れとなった。


 まずい。このペースでは間に合わないかもしれない……。


 三日目も似たような状況が続いた。連日の戦闘と強行軍のため、さすがのムーンリーパーたちも進軍ペースが落ちていた。


 四日目は、みんな朝から疲労の色が濃くて行軍ペースも全然上がらなかった。僕も人のことは言えず、鎧型擬魔機(アーマーマキナ)の力を借りているとはいえ、足取りの重さを隠せなくなってきた。


 戦闘時もみんな動きに精彩を欠き二人が重傷を負った。治癒型擬魔機(ヒールマキナ)で傷を癒したので大事には至らなったが、二人の鎧型擬魔機は大破し機能しなくなった。残念だが、荷物になるため二人の鎧型擬魔機はその場に破棄するしかない。


 戦力ダウンは痛かったが、さらに悪いことに、弾薬もほとんど底を尽きてしまった。


 昼の休憩のときにレトゥグスが僕のところにやって来た。


「……皆上さん、どうしますか? このままでは目的地に達する前に皆さんが潰れるかもしれません」


 そのとき僕は拳銃のマガジンを引き抜き残弾数の確認をしていた。アサルトライフルの弾丸はさっきの戦闘で使い果たしていた。


「手段は三つあるよ。一つめ、無茶を承知でこのままのペースで進む。二つめ、今日の行軍は諦めて体力回復を優先する。三つめ、まだ動ける生徒に武器弾薬を集めて、少数だけで無理矢理ペースを上げて進む」

「どれも難しいですね。理想は二つめでしょうが……、休んだ結果六月一日に間に合わなければ本末転倒ですから……」

「いっそのこと、他の生徒は引き返してもらって僕とレトだけで進もうか? 異世界の不始末なんだ。異世界組の僕たちがそのくらいの責任は取らないと」

「そうですね、その方がいいかもしれま――」

「――何を言っているのよ」


 背後からティナの声が割って入った。振り返ると、いつの間にかすぐ後ろにティナが立っていて、ちょっと怖い顔で僕たちを睨んでいた。


「……聞いてたんですか?」

「気に入らないわ、何が異世界組よ。どうしてそんな区別をするの? お父さんも日都也ももうこっちの世界の人間よ。それなのにそんな寂しいこと言わないでよね」

「ご、ごめんなさい」「すまない」


 ティナの静かな迫力に負けて、僕たちは思わず謝ってしまう。


「異世界でもっと強い人間を見てきた二人の目には、私たちは物足りなく見えるでしょうね。でも、勝手に私たちを無力だと決めつけないで、もっと信頼してくれたっていいじゃない。私たちだって命を懸けているの。日本を救うためにここまで来たのよ。これくらいで音を上げる生徒なんてこの中にはいないわ」


 怒られてはっとした。


 ティナや蔦嶌(つたしま)から前世の自分ではなく今の自分を受け入れてもらっているのに、どうやら僕は自分で勝手にこの世界と異世界の間に壁を作って一人で重荷を背負おうとしていたらしい。


 ――ああ、駄目だな、僕は。前世込みでは僕の方が全然歳上なのに、ティナには教えられてばっかりだ。


 でも、そのことは全然悔しくなかった。むしろ真っ直ぐにそう言ってくれる人がいることに、怒られているのに自然と頬が緩んだ。


「……うん、ティナさんの言う通りだ。僕とレトはみんなを甘く見てたかもしれないね」

「そうよ。ここまで来たからにはみんなで行くわよ」

「はい」


 昼の休憩が終わった後、僕たちは強行軍を続けた。

 疲労が溜まっているにも関わらず誰も文句を言わなかったし、戦闘でも、体が動かなくなり弾丸が尽きたから戦い方を変えて、二人一組で互いをフォローしながら敵を倒して進んだ。


 だが、少しも進まないうちに異変が起きた。


 急に魔物に遭遇しなくなったのだ。それどころか遠目に魔物の姿を見ることもなくなった。僕たちとしては楽になったが、その不気味さに素直に喜べなかった。


 会敵しないおかげでペースが上がり、僕たちはそれまでの二倍以上のスピードで進むことができた。

 二時間ほど進むと、遠くの方に森の切れ目が現れた。

 

 僕は片手を上げて後続に「止まれ」の合図を送った。

 森の切れ目の向こうからおぞましい魔力が漂ってくるのを感じた。こうしているだけでもびりびりと肌が痛むほど高濃度の魔力だ。

 

 その魔力の波長には覚えがあった。

  あいつだ。この先に間違いなくあの邪竜がいる。

 

 ……ああ、そっか、だからか。

 

 ここに来てようやく、急に魔物がいなくなった理由を悟った。

 このあたり一帯は邪竜の縄張りだから、他の魔物が邪竜を恐れて近づいてこないのだ。

 

 しかし、あれから三十年も経っているというのに、あの邪竜は僕と戦った場所から少しも動いていなかった。ひとたび縄張りを決めたら変えない種類の竜らしい。

 

 ティナが僕の隣に来た。


「日都也、あの向こうにいるのね?」

「あ、やっぱり分かりますか?」

「分かるわよ。こんな強い魔力を放つ魔物は初めてよ。君が戦うなって言う理由がよく分かったわ。弱音を吐くわけではないけれど、できることならあんなのと戦いたくないわね」

「僕もそう思いますけど……、残念ながら、僕たちの目的のものはあの竜のそばにあります」

「回収してすぐに逃げるしかなさそうね」

「僕が行きますから、みんなはいつでも逃げられる準備をしといてください」

「……そうね、下手に多人数で行くよりも逆にその方が安全よね。気を付けて行ってきて」

「いってきます」


 気配を殺しながらじりじりと森の切れ目に近付き、幹に身を隠しながら切れ目の向こうを覗く。


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