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35 【帰らずの森】2

 森を熟知している僕を先頭にして、指揮官のレトゥグスを囲むようフォーメーションを組む。危険なしんがりは蔦嶌(つたしま)が担当している。


 いつもだったら真っ先に襲い掛かってくるはずの大サソリや大蜘蛛が、それほど積極的に飛び掛かってこない。飛び掛かってくる個体も何となく勢いがないような気がする。


 おお、本当に虫よけスプレーが効いているっぽい。


 昆虫型の魔物を排除しながら、森の奥を目指す。

 不意に、右手からコボルトの群れが現れた。ほとんど間を置かず、正面から枯れ木に擬態していたリビングウッドが、根っこのように枝分かれした足をムカデのように動かし襲い掛かってきた。


 側面のコボルトは他の生徒に任せ、僕は正面に突っ込んだ。左手でアサルトライフルを撃って足止めをして右手で抜いた竜撃刀を一閃、リビングウッドを真っ二つに切断した。枯れ木にそっくりだが生物なので、断面からは血が噴き出した。


 鎧型擬魔機(アーマーマキナ)を装着するのが初めてで力加減が上手く行かず、さほど力を入れたつもりはなかったのに勢い余って脇の木を斬り飛ばしてしまった。強力だが、使いこなすまでにもう少し時間がかかりそうだった。


 さらに後続のリビングウッドに狙いを定めて引き金を引いたが、アサルトライフルが弾詰まりを起こした。咄嗟にライフルを捨てて大腿部のホルスターから拳銃を抜いて撃ちまくった。


 ティナが僕を追い抜いてゆき、リビングウッドの群れの体を踏み台に飛び回って、その目や口に次々と銃剣を突き立てながら発砲する。致命傷にはならないが、リビングウッドたちが激痛に身をよじらせたところに、僕や後続が止めを刺してゆく。


 メキメキメキ――、と音がして、前方にそびえる巨木が左右に薙ぎ倒されてゆく。

 その向こうから、森の木々を遥かに超えるサイズのリビングウッドが進み出てきた。


 ……え、デカくね?


 今倒したリビングウッドとは比較にならないサイズで、首を限界まで上に向けてようやく、そいつのてっぺんが見えるくらいだった。もしかしたら四十メートルくらいあるかも。


 僕はさっき放り投げたアサルトライフルを拾って、弾詰まりを直してから、そいつに向けて引き金を引いた。他の隊員たちもあとに続く。


 が、メガリビングウッドとでも呼ぶべきそいつは銃撃をものともせずに悠然と歩いてくる。

《銃撃耐性》のスキルがあるからとかそれ以前に、あの巨体にこんな豆鉄砲が通用するわけないか。


「日都也、みんな。弾の無駄よ。銃撃はやめて」

「分かりました。でも、あんなデカいのどうします?」

「私が行くわ」


 ティナが《水銀剣(メリクリウス)》を抜き放ち、メガリビングウッドへと駆けだした。

 メガリビングウッドが大枝に擬態させていた腕を力任せに振り下ろしす。


 僕たちは左右に分かれて跳んでそれを躱す。腕は地面をぶっ叩いて辺りが地震のようにぐらぐらと揺れた。


 ティナは腕をよけると高く跳んでメガリビングウッドの胴に取り付き、その凹凸のある体表や枝のように突き出た剛毛を足場に、その体を猫のようにするすると登り始めた。

 

 そして、てっぺんまで登りきったところで高くジャンプした。


「《水銀剣》、出力全開!」


 ティナの手の中で《水銀剣》が吼えるような音を立てて駆動し、機械部から噴出した水銀が全長二十メートルを超える刃を形成した。


「ふっ――!」


 ティナが短く息を吐きながら《水銀剣》を振り下ろす。銀色の刃がメガリビングウッドを縦一文字に断ち割り、そいつの四十メートル級の体は左右に分かれて、周囲の木々を薙ぎ倒しながら倒れた。


 断面から溢れた体液が、どばあああ……、と洪水のように辺りを襲ったので僕たちは咄嗟に気の上に飛び乗った。逃げ遅れたコボルトの群れが体液に流されてどこかに消えてしまった。


 体液の洪水が収まった後、僕たちは隊列を組みなおして進んだ。


「――さすがですね。あんなデカいのを一撃なんて」


 僕はすぐ後ろを歩くティナを振り向き言った。

 ただデカい剣を振り回して倒しただけだから一見誰にでもできそうだが、ティナのやってのけたことはそう簡単なことじゃない。


 武器でも何でもデカければデカいほどコントロールが難しくなる。

 それなのに、あのサイズの長大な刀身をあいつの中心線に寸分たがわずぶち込むその技量は、今の僕では到底真似できない。もしかしたら、あの国重にだって難しいかもしれない。


「でしょう?」


 それだけ難しいことをやってのけたのに、ティナは涼しい顔をしてにっこりと微笑んだ。


 大蜘蛛の大群が営巣する崖を避け、コボルトの集落を迂回し進む。

 

 相変わらず魔物が多いが、今回の目的は魔物討伐じゃない。敵との交戦はできるだけ避けながら進んだ。第一次遠征隊より人数を絞ったのは、なるべく魔物に見つからないようにするためだ。


 それなのに、その日はそれから七度も戦闘に巻き込まれた。


 戦闘で一人の鎧型擬魔機が破損して動作不良になったものの、死傷者は出ず、被害は最小限に収まった。


 ただし、想定以上に弾丸を消費したのは痛かった。全ての敵が《銃撃耐性》スキルを持っているとしても、近付かれる前に体力を削れるのはメリットは大きい。


 日が落ちたので進軍を止めて野営を設置した。鬱蒼とした森のせいで月明かりも差し込まない。真っ暗闇の中を進むのは危険が大きすぎる。


 夕食には戦闘糧食を食べた。

 火を使って調理する必要がないのに結構美味しいので、僕はこの戦闘糧食は好きだった。人によっては不味いって言うけど、グロウゼビア時代の粗食に慣れた僕には何でも美味しく食べられた。もしかしたら僕はバカ舌なのかもしれない。


「ねえ、日都也。ペース、予定より遅くない?」


 ティナが隣に座って聞いてきたので僕は苦い顔で答える。


「……正直ヤバいです。予定の三分の二くらいしか進んでません」

「そんなに遅れているの?」

「はい。魔物の襲撃が想定より多くて足止めを食らいました。まさかこんなに魔物が増えてるなんて……」

「ああ、やっぱり多いのね。第一次遠征のときよりもずっと酷いから変だなあとは思っていたのよ」

「でもこれはちょっと異常です。グロウゼビア時代でもここまで酷くはありませんでしたから」

「どうしてこんなに増えたのかしら?」

「……魔王が世界に掛けた『貪り食らう獣たちの呪い』の影響はあるんでしょうけど、その条件はグロウゼビアのときも同じだし……。うーん、こういうの、ヘリファルテが詳しかったんですけどね……」

「ヘリファルテ? それって確か、勇者パーティーにいたエルフの魔法剣士のことよね?」

「そうです」


 ティナは勇者関係のことはある程度レトゥグスから聞いて知っている。


「その人って、どんな人だったの?」

「そうですね、口が悪くて最初はとっつきにくいと思いましたけど、親しくなったら結構素直でいい子でしたよ、強くて頼りになるし。クラインやギオは彼女のことが苦手だったみたいですけど、僕は好きでしたね」

「――す、好き?」


 ティナの手から緑茶のカップが滑り落ちた。昨日に続きまた動揺しているみたいだ。いや、もしかしたら戦闘の疲れが出たのかも。


「それって、もしかして恋人だった……っていうこと?」

「いえ、違いますよ。人間的に好きだったっていう意味です。尊敬してたって言ってもいいかな」

「あ、そうなのね、びっくりした……」

「あれ、そんなびっくりするようなこと言いましたっけ?」

「言ったわよ」

「何て言いましたっけ?」

「そ、それは……」


 ティナは言い淀むと、ぷいとそっぽを向いてしまった。


「ともかく! 敵が多いのは困りものよね。私たちの目的地には、例の邪竜もいるんでしょう?」

「僕が死んでから三十年以上経ってますから、今もあの場所にいるか分かりませんけど、いると思って行動した方がいいと思います。あいつはマジでヤバいから遭っても手を出さない方がいいです」

「私たちは一応【竜の這いまわる丘】の竜を三体討伐しているのよ。その竜より強いの?」

「ええ、十倍は強いです。あいつと遭ったらすぐ逃げてください」

「……君がそんなに言うってことはよっぽどなのね」

「そりゃもう、直接戦った僕が言うんだから間違いありません」


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