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33 遠征当日、朝2

 グラウンドに出て他の隊員らと合流する。みんな緊張しているのか押し黙ったままだ。中には、僕とレトゥグスが昨日急いで仕上げた【帰らずの森】の資料を不安そうな顔で読んでいる隊員もいる。


【帰らずの森】は、その名の通り、森林地帯のダンジョンである。


 魔物の定番であるゴブリンはほとんどいないが、代わりに狼頭の人型モンスター、コボルトが幅を利かせている。半鳥半人のハーピーが樹上に巣を作っているが、森の中を飛び回ることができないので、余程のことがない限り襲ってくることはない。


 厄介なのは毒や麻痺を付与する攻撃スキルを持つ大サソリや大蜘蛛などの昆虫型の魔物、キノコや樹木に擬態した魔物だ。


 他にも魔物ではないけれど、寄生トネリコっていう傷口に寄生する寄生樹が生息しているから、軽傷でも放置しないですぐに処置した方がいい。


「皆上」


 声を掛けられて振り返ると、いきなり顔に、ぷしゅっ、と何か吹きかけられた。


「――うわっ、何ですかいきないり」


 そこには同じ風紀委員でティナの友人の二年生、蔦嶌(つたしま)鶺鴒(せきれい)がいた。


「そんなに驚くなって。ただの虫よけスプレーじゃん」


 蔦嶌は手に持った虫よけスプレーを軽く振ってみせた。ボーイッシュな外見と雑な口調のため姐御肌な雰囲気があるが、実際その雰囲気まんまの人だ。


「いきなりやられたら誰だって驚きますって」

「鎧型擬魔機にもかけっぞ」


 そう言って、ぷしゅぷしゅと虫よけスプレーを吹きかけてくれる。


「ありがとうございます。森の中には蚊とか蜂もうじゃうじゃいますからね」

「それだけじゃない。あんたと先生が作った資料にはなかったけど、虫よけスプレーって昆虫型の魔物にも効くんだわ」

「マジですか? 知らなかった」

「マジマジ。実際、第一次遠征のときに体験したから間違いないよ。虫よけスプレーをかけた生徒よりも、かけてない生徒の方が昆虫型の魔物に襲われやすかった。つっても、百パー襲われないわけじゃないから半分気休めだけどな。こういうこと、アンタも先生も知らねえだろ。やっぱ実践って大事だよな」


 蔦嶌は白い歯を見せて笑う。彼女は学園でも屈指の実力者で、第一次遠征にも参加していたし、三日前の勇者迎撃戦にも参加していた。


 だから、蔦嶌は僕の正体を知っている。


 そのはずなのに、それまでと変わらず接してくれていることにほっとする反面、少し戸惑いも覚えた。


「蔦嶌さん、僕のこと、どう思いますか?」

「何だよ急に、気持ちわりぃな。告られんのを待つ女子みたいなこと言ってんじゃねえよ」

「あー、すみません。今のは自分でも言っててキモかったかも。そういう意味じゃなくて、僕の正体のことで、何か思うところはないのかなあと。僕、前世は敵側だから……」

「アンタ、ウチらの敵なのか?」

「いえ、味方です」

「じゃあ、それでいいだろ」

「そんなあっさり……」


 蔦嶌が急に僕の肩に手を回してぐっと引き寄せてきた。や、顔近いんですけど。彼女は声を落として言う。


「なあ、皆上……、今まで黙ってたけどウチな、実はアンタや勇者が倒した魔王の生まれ変わりなんだわ。あのときはよくも倒してくれたよな。遠征から戻ってきたら、その落とし前付けさせてやっからな」

「は?」

「――って言ったら、ウチはアンタの敵か? またアンタはウチを倒すのか?」

「いえ、蔦嶌さんは蔦嶌さんですから、倒すなんてそんな」

「それと同じだろ。今のアンタを見てりゃ誰も敵だなんて思わえだろ。前世なんて所詮SNSみたいなものなんだから、アンタが気にするほど他の人は気にしてねえよ」

 

 蔦嶌らしい大雑把な考えだと思ったが、でも、僕はその雑だけど前向きな考え方が妙に気に入った。ここの人たちは前世の僕じゃなくて今の僕を見てくれている。蔦嶌がそれを当たり前のように口にしてくれたことが嬉しかった。


「……あー、レイが日都也にセクハラしてる」


 鎧型擬魔機に身を包んだティナがそんな冗談を言いながら近付いてきた。もちろん蔦嶌が僕の肩に手を回していることを言っている。


「自分のこと棚に上げて何言ってんのさ。アンタだってこれくらいいつもやってるっしょ」

「失礼ね、やってないわよ。ねー日都也?」

「はい。やってないと思いますけど」

「嘘吐け。いつもあれだけベタベタしてるくせに」

「――べっ、ベタベタ? してないわよそんなこと。変なこと言わないでよねっ」


 珍しくティナが頬を赤らめて動揺した。肌が白い分頬の赤さが目立った。


「おい、自覚なかったのかよ。ティナがしてるからウチもしていいと思ってたわ」

「そ、そんなわけないでしょっ!」


 遠征隊全員が揃い、最後にレトゥグスがやって来て僕たちの前に立った。


「皆さん。急な招集になり大変申し訳ありません。この作戦は、勇者に対する切り札を手に入れるための作戦です。言い換えれば、我々が六月一日を乗り越えられるか否か、日本の命運がこの作戦に掛かっているということです。それを肝に銘じて作戦にあたってください」


 レトゥグスの言葉に、全員の顔が緊張に強張った。


 ムーンリーパーとは言え、みんなまだ十代の少年少女だ。遺伝子以外はどこにでもいる普通の子供だ。銃の扱いや敵を殺す術は身に着けているものの、学校という巣箱の中で未熟な翼を振っている雛鳥でしかない。


 世界を分かったような態度を取っているけれど、自分たちが何も分かっていないということすら分かっていない。大人を唾棄しながら大人に憧れ、世間をののしりながら世間に羽ばたく日を待ちわびている。そんな矛盾を抱えて生きるどこにでもいる子供たちだ。


 そんなみんなを異世界にとの争いに巻き込み、日本の未来を背負わせていることがとても辛かった。できることなら僕とレトゥグスだけでケリを付けたいと思った。


 それができたら、どれだけ気が楽だったか。

 異世界なんてなければよかったのに。


 でも、ここにいるみんなは、異世界からの侵攻がなければ生まれてこなかったはずの子供たちだ。

 戦うために創られた子供たち。


 太陽の光を浴びる輝かしい人生など最初から用意されていない。仄暗い月が照らす死に至る道を征く運命を背負わされた『月の死神(ムーンリーパー)』の名を冠する子供たち。


 この遠征を成功させて六月一日も乗り越え、いつしか日本が平和になったとき、僕たちは陽の当たる場所へ踏み出すことができるのだろうか?

 

 行けるといいな。

 ふとそんなことを思った。


「では、行きましょう」


 隊員が口々に返事をして、校庭に用意されていた輸送ヘリに乗り込む。

 今回は見送りの生徒もマスコミも一人もいない。生徒は防衛線構築に集中するために見送りは禁止されたし、今回の遠征は極秘任務のため、マスコミに伝わっていなかった。


 第一次遠征とは違い、第二次遠征は幽霊のような静けさとともに幕を開けた。


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