32 遠征当日、朝1
翌日、僕は朝から未だかつてない強敵と格闘していた。
ゴーレムだ。
前世では魔王軍に大量にいて数えきれないほど倒したし、現世でも一体倒した。
そのはずなのに、僕はこいつに苦戦していてもう心が折れそうだった。
ヤバい、もう無理だ。
そう思ったとき、男子更衣室のロッカーがノックされた。
「ねえ、もう着られた?」
ティナの声がした。
「……すみません。やっぱ無理でした」
僕が苦戦しているのはゴーレムはゴーレムだが、正確にはゴーレムを加工して作り出した鎧型擬魔機である。
インナーを着て外骨格を装着するまではスムーズだったが、そこに装甲を付ける段階で苦戦していた。設計ミスを疑いたくなるくらい装甲が外骨格に嵌らない。
「それね、着るのにコツがいるの。手伝ってあげるわ。入ってもいい?」
「どうぞ」
ドアが開きティナが入ってくる。彼女はまだ制服姿である。
「あら、思ったより進んでるじゃない」
「これが限界でした。胴部がどうしても脊椎フレームに嵌らないんです」
「どれ、見せて。……あら、ここのロックが掛かったままになっていじゃない」
「そんなところにロックなんてありました?」
「あるわよ。ほら、ここに隠れているの」
「本当だ。全然気付かなかった」
「着けてあげるわ。両腕を上げて」
言われるままに両腕を上げる。ティナが腹部装甲を腰に近い方から順に付けてくれた。脊柱フレームに装甲を装着するたびに、ティナの両腕が僕の背中に回るから、ほとんど抱きつかれるみたいな感じになった。触れるか触れないかっていうくらいに距離が近くて死ぬほど緊張したしドキドキして、やっぱり自分は身も心も十五歳なんだと改めて思い知った。
「ねえ、日都也。もしかして緊張してる?」
ティナが顔を上げて、上目遣いに僕を見てそう聞いてきた。
一瞬、くっつかれて固くなっていることをからかわれたのかと思ったが、その真面目な表情を見て遠征の話だと気付いた。
「いえ、実は全然緊張してないんですよ。むしろ、懐かしいって思ってるくらいです。【帰らずの森】は前世のときに何度も訪れてますから。大袈裟に言うと僕の庭みたいなものです」
「あ、そういうセリフ、転生者っぽいわね」
「ぽい、じゃなくて転生者なんですけど」
「それはそうなんだけど……。私ね、やっぱり君が転生者だっていう実感が全然湧かないのよ。昔も今も、君は聖騎士ウルグラフじゃなくて、少し大人びてて飄々とした皆上日都也のまま」
「まあ、人生二週目だから大人びもしますよ。……でも、前世込みの通算年齢よりは子供じみてると自分では思ってます。肉体年齢に精神が引っ張られてるのが分かるんです」
「前世込みだと何歳?」
「……四十くらいです」
「おじさんじゃない」
「ええ。ティナさんより年下のおじさんです」
「それ、遠回しに私のことおばさんって言っているのかしら?」
ティナが白銀の瞳でじろりと睨んでくる。
「や、違いますって。他意はないですから」
「当然よ。もし他意があったら今この場で君を討伐しているわ」
「怖いこと言わないでください。年齢と言えば、今まで気にもしたことなかったんですけど、ティナさんって本当に十六歳なんですか?」
「やっぱり討伐されたいみたいね?」
「そうじゃないですって。ええと、ほら、生まれてから十六年なのか、本当はもっと年上だけどエルフ年齢を人間年齢に換算したら十六歳なのか、どっちなのかなと思って。……あ、もしかして、今の質問、聞いちゃ駄目でした? 気に障ったならすみません。聞かなかったことにしてください」
「生まれてから十六年よ。今のところは普通の人と同じ成長速度なの」
「あ、そうなんですね」
「でも……、これからはどうなるか分からないわ。明日から急に成長が遅くなるかもしれないし、逆にこのまま死ぬまでみんなと同じペースで年を取るかもしれない。……寿命だってそう。いつくるか分からないの。みんなと同じなら文句はないけれど、エルフの血が濃くて三百年くらい生きることになったら少しだけ寂しいかもしれないわね。知った顔がいない世界で生きるなんて想像しただけで泣いちゃいそうよ」
ハーフエルフの寿命はその子に受け継がれたエルフの血の濃さに比例する。
その血が薄ければティナが言ったように人間の寿命とほとんど変わらないが、もし濃ければエルフと同じく数百年もの時を生きることになる。
厄介なのは、外見と血の濃さは比例するとは限らず、受け継がれたエルフの血の濃さを判断する術がないと言うことだ。
外見がエルフにそっくりでも人間程度の寿命しか持たないハーフエルフもいるし、逆に、耳も尖っていなくて見た目はまったく人間なのに、悠久の時を生きたハーフエルフもいる。
「心配しなくても大丈夫ですよ。もしティナさんが三百年生きるなら僕が付き合います。死んでも頑張ってすぐ転生して戻ってきますから」
「転生の仕方、知っているの?」
「さあ、知りませんけど」
「駄目じゃない」
「大丈夫です。死ぬまでに見つけますよ。死ぬ気で見つけます」
「そう言ってくれるのは嬉しいんだけれど、君の大丈夫は今一つ信用できないのよね……」
「やだな。そこらへんの転生素人と一緒にしないでください。僕は経験者ですよ。一回できたんだから二回も三回も余裕でできますって。そう思いませんか?」
「思わないわよ。でも、ありがと。その言葉を信じるから絶対私を一人にしちゃ嫌よ。――はい、胴部と胸部はオッケー。腕部は簡単だから自分で着けてみて」
「ありがとうございます。助かりました」
両腕の装甲を装着してから、僕はロッカーに立て掛けてあった竜撃刀を手に取る。
国重が使っていたものだった。
僕なんかよりも、遠征隊の他のメンバーに使ってほしいと遠慮したのだが、みんな遠征には手に馴染んだ擬魔機を持っていきたいと言ったので、結局僕が使うことになった。
全長一.五メートルほどの灰白色の刀で、見た目よりも軽くて取り回しは良さそうだった。
「国重さん。使わせてもらいますから」
竜撃刀にそう呟いてから、鞘ごと背中のハードポイントに装着する。それからアサルトライフルを担ぎ、ヘルメットを抱える。
「準備できました」
「うん、大丈夫そうね。それじゃあわたしも着替えてくるわ。先に行っていて」
そう言って、ティナが男子更衣室から出ていく。




