30 《全攻撃無効》の絶望
「クラインがあれほど残虐になったのは、あなたを手に掛けて心のタガが外れたからだと思います。自覚はなかったかもしれませんが、あなたはクラインの最後の良心だったのですよ」
「……あいつ、人のこと散々馬鹿にしてたくせに、僕に自分の良心を託してんじゃねえよ」
僕は力なくしゃがみ込み、深く項垂れた。
涙が出そうだった。傲慢で我儘で、でも世界でいちばん優しくて、みんなのために世界を救ったあいつがそこまで狂ってしまったなんて。
もし僕があいつの良心なら、もっと早くあいつを止めるべきだったんじゃないだろうか?
もしかして、あいつは僕に助けを求めるサインを出していたのかもしれない。僕がそれに気付かなかったから、あいつは自分を止められなくなったのかもしれない。
「私は最初クラインに同調していました。グロウゼビアの民を救うためには侵略も仕方ないと割り切ったつもりでした。ですが……、あなたがクラインの独断で殺されてその後実際に侵略が始まり、日が経つにつれ残虐さを増していくクラインを間近で見て、ようやく自分が間違っていることに気付きました。
だからこそ、王国から離反してこちらに寝返ったのです。そして、自分がやったことのツケを払うため――侵略を止めるために日本に手を貸しました」
レトゥグスはそこで言葉を切ると、珍しく自嘲気味に笑った。
「とは言うものの、私が手を貸したところで無意味だったのかもしれませんね。昨日のクラインは私が知る彼よりもずっと強くなっていました。まさか、あれほどの力をつけているとは……」
「どんな攻撃も効かなかったけど、あれは何でだと思う?」
「間違いなく《全攻撃無効》スキルでしょう。私がグロウゼビアにいたときにはそんなスキル所持していませんでしたので、その後に手に入れたのだと思います」
「あいつ元々《全攻撃耐性》は持ってたから、そのスキルを進化させたのかもね。てか、多分オーランテも同じスキルを持ってるよ。
メーメが射撃後の観測で、クラインが瓦礫の山からオーランテを引っ張り出す様子を見てたんだけど、ゴーレムの熱線が直撃して瓦礫に潰されたのに、オーランテは傷一つ負ってなかったって」
「《全攻撃無効》に対抗できるのは、皆上さん、あなたが持つ《防御スキル貫通》だけです。私はそのスキルを持っていませんから」
「あー、ごめん。持ってるけど使えないんだ。こっちの世界の人間の体じゃスキルは発動しない。他に手は? 例えば、毒ガスなんかの化学兵器はどう?」
「過去に試しましたが《状態異常無効》スキルで無効化されました」
「あー、そういえばあいつそんなスキル持ってたかも。完全無欠じゃん。さすが魔王を倒しただけある」
「やめてください。冗談にもなりませんよ。ですが、打つ手がないからと言って、このまま指をくわえた六月一日を待つ訳にはいきません。無駄と分かっていても私は最後まで抵抗するつもりです」
「そうね、私もお父さんと同じ気持ちよ」
ティナが言った。
「僕だってそうだよ。でも、現に打つ手が……」
どんな攻撃も通用しない無敵の敵。
そんな相手にどうやって立ち向かえばいいのだろう……?
腕を組んで考え込む。
何気なく視線を動かしたときに、ふと壁に掛かった古い地図が目に入った。まだ日本がグロウゼビア王国に侵略される前の地図で、西日本がしっかり印刷されている。
その地図にはグロウゼビア王国に奪われた地に赤で×印がつけられ、そこに出現したダンジョンの名前が書き込まれていた。ダンジョンの数は五百を超えている。
そこには【竜の這いまわる丘】の名前も書き込まれていたが、今は二重線で消されている。
僕の視線は、地図の中にあるダンジョンの一つに吸い込まれた。
「……ティナさん、あっちの世界の神様って目に見えるから信じられますけど、こっちの世界の神様って目に見えないからどうも信じられないんですよね。――人によると思いますけど、少なくとも僕は信じてませんでした」
「異世界の神様のことは知らないけれど、私も神様はあまり信じていないかしら」
急に話が飛んだからか、ティナが少し戸惑ったように答える。
「ですよね。でも、もしかしたらこっちの世界にもちゃんと神様はいるんじゃないかって今思いました。ほら、きっとこういうのが神の思し召しって言うんですよ」
僕は地図の一点を指さした。
どうして今まで気付かなかったのだろう?
どうして今まで探そうと思わなかったのだろう?
条彩市の北西、かつて長野県の一部だった地域にとあるダンジョンの名前が書きこまれていた。
この地図に書かれたダンジョン名は全て、グロウゼビア王国にあったときの地名をレトゥグスが調べ、そのまま付けている。
僕が指さした一点にはレトゥグスの几帳面な文字でこう書かれていた。
【帰らずの森】と――。




