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02 失われた西日本

 午後、音楽室で音楽の授業があった。


 ただし音楽教師にあんまりやる気がないらしく、黒板前の大きなスクリーンで動画サイトの音楽史系の動画を流すと「これを覚えるように」と言って音楽準備室へ引っ込んでしまった。

 いくら何でも手抜きすぎだろあの人。教師として大丈夫か?

 

 当り前だが、高校一年生がそんなことを言われて大人しく視聴するはずがない。さっそく席が近い生徒同士でお喋りをしたり、スマホを取り出してSNSやゲームを始める生徒が出てきて、音楽室内が軽いざわめきに包まれた。


 僕は途中まで真面目に見ていたけれど、動画の途中で三度目の広告が流れたときに集中力が切れてしまった。

 気分転換に窓の外に目を向ける。窓は西側に面していた。


 外は気持ちいいくらいに晴れ渡っていて、透き通るような青空がどこまでも広がっていた。

 青空の下には条彩市の街並みが数キロほど続いていたが、その先には建物はおろか人工物は一つも存在しなかった。


 それだけではない。本来なら地平線の手前にそびえているはずの南アルプスの山々すらどこにも見当たらない。

 その代わり、見渡す限り一面に森や平原、砂漠や湿地帯がつぎはぎのように広がっていた。


 ――いや、それは目に映る範囲だけには留まらなかった。


 条彩市より西側には同じような光景がどこまでも広がっているのだ。

 山梨県東部にあるここ条彩市は、今や日本の()西()()に位置する都市であった。

 ここより西側――かつて西日本と呼ばれていた地域はもはや存在しなかった。


 西日本は全て異世界の国家、グロウゼビア王国に奪われてしまったのだ。


 三十年前、勇者クラインが約一万五千のグロウゼビア王国軍を率いて九州の福岡市に出現し、突如侵略を開始した。


 ファンタジーを題材にしたゲームや、中世ヨーロッパを舞台にした映画から抜け出してきたような甲冑姿の軍勢は、市内に出現するなり剣や槍、弓や魔法で戸惑う市民を手当たり次第に殺し始めた。

 すぐに警察が動いたが、警察官だけで一万五千もの軍隊を止められるわけがない。警察は瞬く間に皆殺しにされた。


 何が起きたか分からぬまま逃げ惑い殺されてゆく市民の様子を、何人もの避難者が撮影して動画配信サイトにアップした。

 これにより、この時代錯誤の軍団による福岡虐殺は瞬く間に世界に拡散された。

 しかし、動画を見たほとんどの人々は、それを映画の切り抜きやCG合成だと鼻で笑い、異世界軍の存在を信じる者は皆無だった。


 そんな中、日本政府だけはこの荒唐無稽な侵略を信じないわけにはいかなかった。自衛隊福岡駐屯地から「未知の軍勢による侵略を受けている」との報告が入ったからだ。

 これを受け、政府は意外と素早く対応した。即時に閣僚会議が開かれ、その二時間後には自衛隊の出動を決定のだ。


 こうして、侵略開始から三時間後に異世界軍と自衛隊が福岡市内で衝突した。

 剣や槍、弓など中世時代の骨董品で武器で武装した異世界軍と、ライフルや手榴弾、迫撃砲、戦車、戦闘ヘリ、軍事用ドローンを装備した自衛隊。


 数の上では自衛隊は劣っていたが、武器の威力も射程も自衛隊が遥かに勝っていた。万に一つも自衛隊の敗北はないだろうと思われた。


 だが、三日に及ぶ戦闘の末、敗北を喫したのは自衛隊だった。


 異世界軍の所持する()()()()()()の前に、自衛隊の兵器の数々は一切通用しなかったのだ。


 銃撃や爆撃を受けても平気な顔で進軍し襲い掛かってくる兵士たち。

 目にもとまらぬ速さで部隊の中に飛び込んできて、白く輝く剣を縦横に振るいたった一人で大隊を壊滅させ、あまつさえ、雷の魔法で戦車すら塵に変える勇者。

 戦闘ヘリやドローンを撃ち落し、嵐のように降り注ぐ魔法。

 あまりに一方的なその戦いは、もはや虐殺以外のなにものでもなかった。


 勇者とグロウゼビア王国軍の進軍は、福岡市を奪っただけには止まらなかった。

 奴らは応戦する自衛隊を壊滅させながら侵略を続け、たった一年で九州全土と沖縄を奪うと、それから三十年をかけてじわじわと四国、中国、近畿を奪っていった。


 侵略は今も続いている。現在、中部地方もほとんど壊滅状態で、長野県と山梨県と静岡県は東の一部を除き全て奪われていた。


 この「奪われた」というのは、単純にグロウゼビア王国に占領されたという意味ではない。

 文字通り、物理的に「奪われた」のだ。


 西日本の大地は相転移魔法という強力な魔法により異世界へ強制転移させられ、グロウゼビア王国の一部にされてしまっていた。

 そして、奪われた地に代わって王国から押し付けられたのが、今僕の目の前に広がっているダンジョンと呼ばれる森や平原だった。


 ダンジョンはグロウゼビア王国の領地の中でも、凶悪な魔物が跋扈し到底人間が住めない危険な土地の総称だった。


 要するに、グロウゼビア王国と勇者クラインは日本から住める土地を奪い、人が住めない危険な土地を日本に押し付けているのだ。

 彼らが使った相転移魔法は両世界の土地を入れ替えるもので、ダンジョン内にはその魔法の効果を維持するための装置が設置されていた。


 僕がグロウゼビア王国にいた頃は、異世界(にほん)を侵略するなんて話は聞いたこともなかった。

 それを考えると、僕が【帰らずの森】で死んだのは少なくとも三十年以上前ってことだ。生まれ変わるのに随分と時間がかかったらしい。


 しかし、僕の祖国と旧友がそんな卑怯な侵略を行っていると思うと、やり場のない怒りが込み上げると同時に、ものすごく悲しくなった。


 確かにクラインは我儘で傲慢でムカツク奴だったけれど、僕はあいつを世界で一番優しい人間だと思っていた。

 あいつは魔王を憎み、人々のために魔王を倒す正義感を持ち合わせていた。こんな酷いことができる人間じゃなかったはずだ。


 それなのに、あいつ、どうしてこんなことを……?


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