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28 聖騎士ウルグラフじゃなくて皆上日都也

 二週間後の六月一日に勇者とグロウゼビア軍が攻めてくる。

 その情報がもたらされ学園は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。


 ――いや、学園だけじゃない。日本中が混乱した。その日が日本の終わりだと、国民のほとんどは絶望とともに覚悟しなければならなかった。


 翌朝は一時限目の授業を潰し体育館で国重の追悼式が行われた。


 一週間前に英雄になったばかりの勇者のクローンは、勇者の手により命を失った。体育館には性別や学年の垣根を超えて大勢の泣き声が響き、どれだけ国重が慕われていたか、痛いほどに伝わってきた。


 結局、国重との再戦は敵わなかった。勝ち逃げなんてずるい。

 仇を取りたいと思ったけれど、壇上に飾られる国重の写真にそれを誓うことはできなかった。

 このままでは僕はあいつに勝てない。誰もあいつに勝てない。


 二時限目以降の午前中の授業は全部自習になった。さらに午後の授業は全部中止になり、代わりに全校生徒が防衛戦の準備に駆り出された。


 新しく奪還した街に土嚢を詰んだりバリケードを張って防衛線を作る。中世時代の攻城兵器である巨大な投石機や攻城弩(バリスタ)を多数設置しているのは時代遅れでシュールだが、銃撃や爆撃よりまだこっちの方まだ効果がある。対異世界戦の兵器は一周回って原始的な武器に戻ってしまった。


 そうやって防衛線を構築している間も魔物が襲ってこないわけではないので、襲撃のたびに作業は中断し、みんな迎撃に奔走した。


 校庭はカーキ色のテントで埋め尽くされ、自衛隊から送られてきた大量の武器弾薬が続々と搬入されている。

 普段は申請から一か月以上しないと届かない装備類が申請もしないのに一日で届いたことに、風紀委員長が怒っていた。政府(あいつら)は自分たちに火の粉が降りかかったときの対応だけは神がかり的に速い。


 敵は勇者の他に五千人のホムンクルス兵がいる。兵士たちは全員《銃撃無効》《爆破無効》スキルを持っているが、一人一人の戦闘能力はムーンリーパーと同じかやや劣る程度だ。一対一なら勝てないことはない。


 僕たち条彩学園高等部の生徒は三学年で約四百人、条彩大学に在籍するムーンリーパーが二百人弱。長野県にも条彩学園高等部と同じ機能を持つムーンリーパーだけの高校があり、そこには約三百人の生徒がいる。

 三校で合計九百人。まだ未熟な中等部を無理矢理動員したとしても千二百人程度だ。

 

 千二百対五千。

 

 数字的にはかなり厳しいが、そこに勇者が一人加わることでその戦力差は絶望的なまでに広がる。

 冗談でも何でもなく、勇者一人でも僕たち千二百人を皆殺しにすることが可能だろう。

 

 だって、あいつにはこちらの攻撃が一切通用しないのだから。


 僕は防衛線構築班だったが、午後はレトゥグスに顧問室に呼び出された。

 

 昨日の戦いで一部の生徒やレトゥグスに転生者だってことがばれたけど、以前から心配していたように拘束されたりすることはなかった。

  クラインの宣戦布告や最強のムーンリーパーの死に、僕ごときで大騒ぎしている場合じゃなかったからだろう。


 顧問室にはレトゥグスとティナがいた。レトゥグスは両肘をデスクに着いて手を組み、そこに顎を乗せていた。顔は老人のように疲れ切っていた。勇者に手も足も出なかったことと、秘蔵っ子の国重を殺されたことが相当堪えているようだ。


「……腕はもうくっついた?」


 僕はレトゥグスに聞いた。開き直って旧友相手に敬語を使うのはやめた。


「まだ痛みますが、治癒型擬魔機(ヒールマキナ)のおかげでどうにか。それよりも、昨日は助かりました、聖騎士ウルグラフ。あなたと静馬命芽(しずまめいめ)さんがいなければ私たちは全滅していました」


 昨日、勇者の光の矢の魔法を食らった三人も重傷を負ったものの命に別状はなかった。


「ウルグラフじゃないよ。僕は皆上日都也だ」

「同じでしょう?」

「違う。昨日の質問、改めて答えるよ。僕はグロウゼビアから来た。僕はウルグラフじゃなくて皆上日都也だ。僕はムーンリーパーのみんなと六月一日を乗り越えて未来に行く」

「……まさか、昨日自分で言った逆転生者がこんなに近くにいるとは思いませんでしたよ。しかもそれが旧友だったなんて……。どうして隠していたんですか?」

「いや、僕の立場になってくれよ。ムーンリーパーの中に転生者が混じってたら、絶対スパイだって疑われるし。レト、お前魔導士団の団長時代からスパイ絶対殺すマンだったじゃん」

「しかし、あなたのことは信頼していましたよ、ウル」

「嘘つけ。昨日あんなに疑ってたくせに」

「そ、それは、あなたの正体を知らなかったからですよ。現に、信頼しているからこそこうして拘束も監禁もせず、自由にしてもらっているじゃありませんか? 文句があるなら拘束してもいいんですよ」


 あれだけ疑心暗鬼だったのに、僕は拍子抜けするほどレトゥグスから疑われなかった。自覚はなかったがどうやら前世でよほどレトゥグスに信頼されていたらしい。まあ、昨日クラインから助けたことも追い風になったんだろうけど。


「あー、職権乱用だ。パワハラだ。教育委員会に訴えてやる」

「どうぞご自由に。もみ消しますから」


 僕たちが言い合っていると、そばで聞いていたティナがくすくすと笑った。僕とレトゥグスがそちらに目を受けると、ティナは目を細めたまま言った。


「ごめんなさい。本当にお父さんと知り合いなんだって思うと少し不思議で。日都也、君、本当に異世界から来たのね」

「すみません。隠してたわけじゃないんですけど……、いや、隠してたんですけど、悪気はなかったんです」


 父親にはタメ口、娘には敬語。なんか変な気がしたがまあいいや。


「ううん。それは気にしてないわよ。でも急に転生者だって言われても全然ぴんとこないわ。だって君、昨日までの君と何も変わらないんだもん」

「僕は変わりませんよ。今日も明日も、これからも……」


 ティナの目を真っ直ぐに見てそう言ってから、僕はレトゥグスに視線を戻す。


 修羅の道を歩まざるを得ない運命を、君は恨むかもしれない。だが、すまない、耐えてくれ。


 この世界に生まれ落ちたとき、レトゥグスからそう声を掛けられたことを思い出す。

 恨む? 何馬鹿なこと言ってんだよ。お前が一人で背負うことじゃないだろ。耐えてくれなんて言わないでくれよ。この道が修羅の道だとしても、僕は喜んでお前と肩を並べて歩くよ。


「……レト、悪い。この際だから全部教えてくれ。どうしてクライン――というよりグロウゼビア王国は日本に侵略してきたんだ? あれだけクラインを信奉していたお前がどうして日本に付いた? 僕もグロウゼビアを裏切ったことになってるみたいだけど、一体何がどうなってるの?」

「それらは全て、一つの出来事が原因なのです」

「というと?」

「どうか、落ち着いて聞いてください。これから言うことはあなたを否定するものではありません。ただ事実を述べるだけですので、そこを間違えないでください」

「分かったから、早く」

「全ては勇者パーティーが魔王を倒したことに端を発します」

「……はあ?」


 あんな前置きをされたのに、さすがにちょっとムカついてしまったので、変な声が出た。

 あっちの世界を救ったら、どうしてこっちの世界がそんなことになるんだよ? 

 頭の上に?が踊り狂ったが、すぐに理由に気が付いた。


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