25 本物の勇者
間違いない。その口調や笑い方だけじゃなくて、この人を食ったような喋り方、妙な口癖。その傲慢な態度。
こいつ、本物のクラインだ。
信じられない。何をやってんだお前は!
他者の肉体に魂を移す魔法《魂廻誕》は聖騎士団が封印した邪法中の邪法だぞ。
「……クライン、お前、聖騎士団を解体したどさくさでその邪法の封印を解いたのか? そんなものを使ってまで生き永らえたいのかよ。あれを使ったらそのエルフの肉体が元々宿していた魂は消滅するだろ。自分の欲のために人一人を平気で殺すなんて、お前、変わったな。世界を救ったあのときのお前は一体どこに行ったんだよ!」
「ああ? 何だてめえ、何で邪法のことを知ってる? つーか、さっきから馴れ馴れしいな。チョームカツクんだけど」
「……レトゥグス、どうしてあいつに攻撃が通用しない?」
僕がうっかり呼び捨てにしたせいか、レトゥグスは少し動揺したが、すぐに答えた。
「恐らく複数の攻撃無効スキルを所持していると思います。今、あらゆる攻撃を試していますが、どれも無効化されています」
「おいてめえ、俺を無視してんじゃねえぞ」
クラインがこちらに剣先を向け、《悠濫赫炎》の魔法陣を展開した。魔法陣から放たれた無数の渦巻く業火が、不規則にうねりながら僕に迫る。
ヤバい、軌道が読めない。
三発はどうにか躱したが、逃げた先に炎が回り込み、全方位から襲い掛かってきた。これは躱せない。
「日都也、動かないで!」
ティナの頭上で《月輪》が青く輝てい駆動し、クラインの魔法陣にハッキングを仕掛ける。途端に炎の蛇が標的を見失ったかのように僕の周囲に落ちて爆発して消えた。
「――おい、そこのハーフエルフ、お前今何やったよ? もう一回見せてくれよ!」
続いてクラインが聖剣を地面に突き立てた。
聖剣を中心に大地に《氷瀑風牙》の魔法陣が出現して発動する。
一つ一つが数メートルを超える巨大な氷の刃が無数、竜巻に乗って荒々しく舞い踊り、無差別に全方位に斬りつける。
その場にいる全員が大きく飛び退いたが、魔法の効果範囲が広すぎて逃れることができない。
「無駄よっ――!」
ティナがまた魔法陣にハッキングを仕掛けると、氷の刃が水になって四散し、風が収まった。
「はあ……、全っ然何やってっか分かんねえ。何だそりゃ。そんなの見たことねえよ。その頭の輪か? それで何かやってんだな? そうなんだよなあ!」
クラインは大地を踏み砕いて駆けると、三十メートル近く離れていたティナとの距離をあっという間に詰める。
僕はティナを助けに走ったが、クラインが速すぎて僕の足では到底間に合わない。
ティナが剣型擬魔機《水銀剣》を起動しして迎え撃つ。しかし、竜の心臓を搭載した高出力の擬魔機に鎧型擬魔機の膂力を乗せた渾身の一撃は、クラインが片手で振るった聖剣にあっけなく弾かれてしまった。
ティナがすかさず二撃、三撃と攻撃を繰り返すが、クラインはあっさりと弾いてティナの懐に潜り込んだ。
斬撃を容易く弾くその筋力も踏み込みの速度も尋常じゃない。
間違いない。クラインには能力向上魔法が掛かっている。
クラインは能力向上魔法を使えない。この旧市街のどこかにそれが使える奴が潜んでいるのだ。
多分そいつは、勇者パーティーの一人でバフと治癒・蘇生魔法のスペシャリスト、司祭のオーランテに違いない。
……あいつ、やっぱり来ていたか。クラインが戦うときは必ずオーランテが能力向上魔法を掛ける。ただし、そのためには対象者を視認していなければならないから、それほど離れた場所にはいないはずだ。
「させるかっ!」
一際マッシブな鎧型擬魔機に身を包んだ国重がティナとクラインの間に割って入り、竜撃刀で聖剣を防いだ。そして、力任せにクラインを押し返し上段から斬りつける。
クラインは、今度は棒立ちで食らうことはせず聖剣で受け素早く反撃に転じた。国重がそれをよけながら剣を振るうが、聖剣に払われた。
二人はその場に足を止め激しく打ち合い始めた。
嵐のような斬撃の応酬だ。互いの剣がぶつかるたびに剣圧で砂塵が舞い、鼓膜が破れそうになるほどの轟音が響いた。
だが、二人の剣が拮抗したのは最初の数秒だけだった。
すぐにクラインが国重を押しはじめ、国重がじりじりと下がる。
ティナが側面に回り込んで斬りつけたが素早く下がって躱された。
それを皮切りに他の生徒も仕掛けるが、クラインは飛び跳ねるように動き回り的を絞らせない。レトゥグスの風撃魔法が大地を削りながらクラインに迫るが、聖剣の一薙ぎで掻き消されてしまう。
クラインはその場にいる全員の攻撃を躱しながら、まるで鬼ごっこの逃げる役を務めるみたいに逃げ回った。全然反撃しようとしてこない。
こいつ、遊んでやがる。
鎧型擬魔機を装備したムーンリーパーでも、能力向上魔法を受けた勇者の動きを捉えることができなかった。全員が翻弄されている。
バフが掛かった勇者が強いのは知っていたが、まさかここまで差があるなんて。鎧型擬魔機を装備していない僕は、とてもじゃないけど彼らの戦いスピードに付いていけなかった。
駄目だ、まずあの能力向上魔法をどうにかしないと。
一応手は打っているが、まだ時間は掛かりそうだし。
能力向上魔法は対象の攻撃力、防御力、素早さをなどを一時的に向上させる強力な魔法だ。
だが、効果時間はさして長くないから、効果が切れるのを待つ手もある。……いや、この魔法の使い手がオーランテなら、効果切れなんて間抜けなことはしないだろう。
向こうの世界にいたときはあんまり考えなかったけど、こっちの世界に生まれ変わってから、この能力向上魔法にも疑問を持つことが増えた。
どういう原理で個人の能力を引き上げているのか。
攻撃魔法のように敵味方を無差別に巻き込むことはなく、どんなに混戦であっても味方にだけしか効果を及ぼさないが、どうやって敵味方を識別しているんだ?
一応自分の中に仮説はあったがそれが正しいか分からない。でも、やってみる価値はあるかもしれない。僕はヘッドセットで呼びかける。
「ティナさん。あの勇者、多分能力向上魔法が掛かってます。その魔法をハッキングできますか?」
『ごめん無理。多分もう魔法をかけ終わっているから』
早口の余裕のなさそうな返事が返ってくる。彼女も勇者の動きに付いて行くだけで精いっぱいなのだ。
「なるほど。じゃあ、これは――?」
僕は自分の仮説とティナにしてほしいことを手短に伝えた。
『……日都也、君、かなり無茶なこと頼んでくるわね』
「ティナさんだから頼むんですよ」
『分かった。やってみる』




