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22 疑惑と敵襲

 放課後、僕は顧問室へレトゥグスに会いにいった。ノックをして中に入る。


「おや、皆上日都也さん。どうしましたか?」


 ノートパソコンから顔を上げ、レトゥグスが冷たい銀色の目をこちらに向ける。


「勇者クラインが報復を考えているかもしれません」

「……というと?」

「あいつはやられたら十倍にして返す人間ですから、僕たちに領土を奪い返されて黙ってるわけがありません。近々、絶対に何か仕掛けてくるはずです」

「何かとは?」

「兵士を派遣して取り返された地をまた奪いに来ると思います。防衛の準備をした方がいい」


 遠征隊が取り返した街は今、政府が調査団を派遣し調査を行っていて、大まかにだけど学園にも街の様子が伝わって来ていた。


 街並みは数年前に奪われたときからさほど変わっていないが、至るところに至高神ソラリスの像が建っており、どの民家にも人が生活していた形跡があった。市外には広い畑が作られこちらの世界にはない作物が育てられていた。


 奪った土地に国民を住まわせていたのだ。


 さすがに電気やガスや水道は使用できなかったからか、どの家も、冷蔵庫やテレビなどの家電は捨てられていて、キッチンの一部がかまどに作り変えられていた。街の各所には井戸が掘られていた。


 次元錨(アンカー)を破壊し領土を取り返したとき、その地で生活していた人々が一緒にこちらに転移してくることはなかった。あくまで向こうに転移した街だけが戻ってきたようだ。


 と言うことは、ここに住んでいた数千人もの人々は、突然住む場所を奪われ、【竜の這いまわる丘(ドラグクロールヒル)】に放り出されたことになる。


 そんな彼らのために勇者クラインが兵を派遣して奪い返された地をまた奪う。可能性としては十分あり得る。


「なるほど、一理ありますね。しかし解せません」

「何がですか?」

「あなたはどうして勇者クラインを既知のように語るのでしょう? 彼について何かご存知なのですか?」

「……過去の記録映像や資料を見てれば、そのくらいは分かりますよ」


 僕はそれっぽい言い訳をする。

 レトゥグスは疑うような眼差しで僕をじっと見た。

 僕はその目を真っ直ぐに見返す。野生動物と同じ、目を逸らしたら負けだ。


「……こちらの世界からあちらの世界へ転生する転生者は数多く存在しますが、その逆は聞いたことがありません。ですが、私はそのような『逆転生者』がいてもおかしくないと考えています。

 先日の国重さんとの模擬戦のときにあなたが使っていた剣術、あれはグロウゼビア王国の聖騎士団が使う正教会式剣術にそっくりでした。もしかしてあなたはその逆転生者の一人なのでは?」


 レトゥグスの冷たい視線が一層凍て付いた。


 ……しくじった。


 あの模擬戦でむきになりすぎて、いつもは封印しているその剣術を使ってしまったのだ。しかも、よりによってこいつの前で。


「何を言っているのかよく分かりませんが、話を逸らさないでください。きっと……、いや、間違いなく勇者は現れます」

「あなたこそ話を逸らさないでいただきたい。あなたはどこから来たのですか。あなたは何者ですか。あなたはどこへ向かおうとしているのですか?」

「僕は僕です。過去から来て未来へ向かうだけです」

「あちらの世界から来たのでしょう?」

 

 僕たちは睨み合う。たった数秒のことだったのかもしれないけど、僕には一時間くらい睨み合っているようにも感じた。

 何もきっかけがなければ、もしかしたら僕たちは日付が変わるまで睨み合っていたかもしれない。

 

 でも、僕たちが目を逸らすきっかけになる何かは起きた。

 地鳴りとともに、窓の外がまばゆく光ったのだ。

 

 それは【竜の這いまわる丘】が消えたときに起った現象そっくりだった。

 僕たちはほとんど同時に窓に駆け寄ってその向こうを睨んだ。

 だけど、他の建物が邪魔でよく分からない。


 ベランダに飛び出し、いつかやったように校舎のベランダを伝って素早く屋上に上った。僕のすぐ後ろからレトゥグスが付いてきたのでちょっと驚いた。


 光はもう収まっていたので光源がどこだったのか分からない。でも、西の方で光ったし西から不穏な気配が漂ってくるのを肌で感じる。


 そちらに目を向けたが、距離が遠く何が起こっているのか確認できない。


「何か見えますか?」

「いえ……。でも、あの光はもしかして」

「異世界とこちらの世界が繋がったときに生じる次元光です。あちらから誰かがやって来たのは間違いないでしょう。光の規模が小さかったので少数であるとは思いますが」

「僕、行きます」

「待ちなさい。彼らが少数で現れたこと、あなたはどう判断しますか?」

「少数精鋭で攻めてきた。例えば……、そう、聖騎士団とか」


 僕は王国最強の精鋭部隊の名を上げる。


「残念ながらそれはあり得ません。聖騎士団は既に消滅しています」

「え?」

「今から三十数年前、聖騎士団の団長であり勇者パーティーの一員でもあった筆頭聖騎士ウルグラフが国を裏切ったことで、副団長以下幹部は全員死刑になり聖騎士団は解体されました」

「は? 何だよそれ。いつ僕が裏ぎ……」


 慌てて口をつぐむ。危ない。


「私は勇者が直々に現れたと考えます。もしそうであるなら――予定通りですが」


 レトゥグスはいつの間にか手に持っていたヘッドセットを装着した。

 僕が忠告するまでもなく、レトゥグスもクラインの復讐を予見していたのだ。

 

 勇者クラインが最後に日本に現れたのは今から約四年前、中部地方を侵略したときだった。

 あのときはムーンリーパーの数が少なく最年長者でもまだ十六歳だったし、擬魔機(マキナ)もほとんど揃っていなかった。

 そのためムーンリーパーは部隊として運用されず少数が自衛隊に混じって撤退戦に参加しただけだったが、その戦闘でムーンリーパーはなす術もなく勇者に殺されていた。まるで僕たちがゴブリンを殺すようにあっさりと……。

 

 あれから四年。訓練と魔物討伐を重ねてムーンリーパーのレベルも上がり、鎧型擬魔機(アーマーマキナ)を始めとする強力な擬魔機が揃った。


 レトゥグスは本気で勇者を討ち取るつもりだ。


 もしかしたら、大成功だったあの遠征ですら勇者をおびき出すための罠で、こっちの戦闘が本命だったのかもしれない。レトゥグスの銀色の目が絶対零度の光を帯びたのを見て、僕はそう思わずにいられなかった。


「放送委員、こちら特別顧問のレトゥグスです。LV5の襲撃警報を発令、総員に防衛戦の準備をさせなさい。さらに、以下に挙げる生徒をフル装備のうえ正門前に集合させること」

 

そう言って、レトゥグスは国重やティナなど十名の生徒の名を告げた。そこに僕の名前はない。


「僕も行きます」

「駄目です。素性の知れない生徒を信用できるほど、私は豪胆ではありません」

「でも……!」

「話は以上です。あなたもこの学園の生徒なら防衛戦の準備をしなさい」

 レトゥグスは屋上から飛び降りると、ベランダ伝いに顧問室に戻っていった。


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