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01 高一の四月、ティナ先輩との再会

 (じょう)(さい)学園高等部に入学してもう二週間が経とうとしていたが、僕は未だに高校に進学した実感を持てないでいた。

 進学に伴い東京から山梨県条彩市に引っ越してきて一人暮らしを始めた。環境が変わって心機一転――のはずなのに、どうも中学の延長のような気分が抜けないのだ。


 でも、その理由は分かりきっていた。クラスメイト全員が小・中学生時代からの同級生だからだ。住む場所も学び舎も変わったのにクラスメイトは見慣れた顔ばかり。そりゃ進学した気もしないって。


 条彩学園は小中高大一貫の学校で、初等部と中等部は東京に、高等部と大学は山梨に校舎がある。高等部は一昨年まで学生寮があったんだけど、()()()()()()で廃止されたから、生徒は全員市内に部屋を借りて暮らしている。


 昼休み。

 僕はおにぎりを食べながら近くの席の静馬命芽(しずまめいめ)と雑談していた。静馬と同じクラスになるのは初等部時代から数えて六回目だった。


「ね、ね、日都也(ひとや)君。知ってる? 昨日市内に魔物の群れが出たんだって。さすが対異世界の最前線、怖いよねえ」


 両手で持ったサンドイッチにパクつきながら静馬命芽はそう言った。

 静馬は、「馬」と付く苗字とは裏腹に、小柄で小動物みたいにちょこまかとよく動く子だった。

童顔の可愛らしい顔立ちをしており、セミロングの黒髪を二つに分けて頭の両サイドで縛っている。よく中学生に間違われるのがコンプレックスだと言っているが、静馬にそんな失礼なことを言う奴がいることが僕は本当に許せなかった。何が中学生だよ。どう見ても小学生じゃん。ほら、今だって高校生用の椅子が高すぎてプリーツスカートから覗く足が床に付いていない。


「うん、知ってる。ゴーレム二体とゴブリン数十体が現れたんだよね。風紀委員会が討伐に向かったけど逃げられたんだって?」

「そうそう、そうみたいなの。また来たら怖いよねえ」

「怖いって……、魔物を倒すのが僕たちの役目じゃん。怖がってどうすんのさ」


 自衛隊でも警察官でもなくて、魔物の相手をするのは僕たち条彩学園の生徒の役目だった。とある事情から自衛隊や警察官では魔物に歯が立たないのだ。


「そんなこと言われても怖いものは怖いんだもん。あーあ、早く魔物がいなくなって平和になってくれないかなあ」

「だからそれが僕たちの役目なんだよ、メーメ」


 メーメというのが静馬の愛称である。


「いえいえ、そういう危ないことは日都也君とか風紀委員の人たちにお任せしますよぉ。わたしは隅の方で頑張れ頑張れって応援してるから」

「職務放棄すな。そんなこと言ってると風紀委員に推薦してやるからな」

「残念でしたー。ここの学校、風紀委員会は入会試験に合格しないと入れないんですー。わたしの成績だったら絶対入れないんですー」

「……そんなこと言うなよ。聞いてて辛い」

「……うん、わたしも自分で言っててちょっと悲しくなっちゃった。……あと、入れないと思ったら急に入りたくなってきたかも」

「そういうことよくあるよな。あれ、何なんだろうな?」

「ねー」

「そうだ。僕、風紀委員会に知り合いがいるから、本気で入りたいならお願いしてみようか? ……いや、でも、あの人不正とか大っ嫌いだから口利きなんてしてくれないか?」

「――入会試験以外にも風紀委員の目に留まればスカウトされることもあるから、本当に入りたいなら市内巡回に力を入れるのも手よ」


 不意に涼しげな声が会話に割って入ってきた。


 いつの間にか僕たちのそばに色白のほっそりとした女子生徒が立っていた。

 青みがかった銀のロングヘアと白銀の大きな瞳。彫りが深く、完璧な形の目鼻口が非の打ちどころのないバランスで配置されたその顔立ちは、大袈裟かも知れないけれど、この世のものとは思えないほど綺麗だった。

 ただ、その超絶美形の顔立ち以上に人目を引くのは、彼女の耳ではなかろうか。


 彼女の両耳は、鋭くぴんと尖っていた。


「あ、お久しぶりです、ティナさん」


 ちょうど今僕が話題に出した風紀委員会の先輩だ。本名は天岐(あまき)メツェルティナだけど長いからみんなティナと呼んでいる。


 ティナは僕の一つ上の先輩で、中学生のときに生徒会でお世話になっていた。直接会うのは彼女が中等部を卒業して以来約一年振りだが、小まめにチャットでやりとりしていたのであまり久し振りという感じはしない。


「お久しぶりねえ……、君がそんなに冷たい人だと思わなかったわよ」

「え?」

「入学してから今日まで、まさか一度も挨拶に来てくれないとは思わなかったわ。中学のとき、手摂り足取りあんなに色々なことを教えてあげたのに、もうあのときのこと忘れちゃったのね……」


 ティナが意味ありげな口調で言って傷付いたように目を伏せる。静馬がいやらしいものを見るような目つきで僕を睨んだ。


「――日都也君、先輩から何を教わったの? やらしいよっ。そんな人だと思わなかった」

「や、単に生徒会の仕事を教わっただけで手も足も取られてないから。ティナさん、変な言い方しないでください」

「あら、慣用句の使い方としては間違ってないわよ」

「言葉の使い方じゃなくて口調が間違ってるんですよ。てか、挨拶しようと思って昼休みに何度もティナさんの教室に行ったんですよ。でも、いつもいないから……」

「あら、そうだったの? ごめんね、風紀委員会の仕事でばたばたしていてあまり教室にいることがないのよ。これでも一応副委員長だから」

「風紀委員会ってそんなに忙しいんですか?」

「んー、最近はちょっとね。魔物の襲撃も増えているし。大人たちが頼りない分私たちしっかりしなくちゃいけないから」

「なんか大変そうですね」

「そんな忙しい私だけれど、君の入学をお祝いしたくてこうして会いにきてあげたのよ」

「お祝い?」

「ええ。市内に美味しいハンバーガーのお店があるの。入学祝いにそこに連れていってあげようと思って」

「――まじですか?」


 思わず声が弾む。

 日本に転生してから僕はいわゆるB級グルメにどハマリしていて、特にラーメンとハンバーガーがお気に入りだった。お手頃価格なのにあんなにおいしい食べ物、グロウゼビア王国には存在しなかった。

 それにしても僕がハンバーガーが好きなことを覚えてくれていて、しかもご馳走してくれるなんて、この先輩はなんていい人なんだろう。


 ……いや待て。なんか怪しい気がしてきた。


 確かに中学時代はよくしてもらったけれど、一年振りに会っていきなりご馳走してくれるなんて、この人、そんなことする人だっけ?


「……ティナさん、もしかして何か裏がありませんか?」

「裏? 何のこと?」


 ティナは小首を傾げる。その表情からは惚けているのかどうか全然判断できない。


「……いえ、何でもありません」

「それじゃあ約束よ。放課後にまた迎えにくるから」

「あ、ちょっと――」


 僕が呼び止めるよりも先にティナは軽やかな足取りで教室を出ていった。その美貌は歩くだけでも注目を集めるみたいで、男女問わずクラスメイトの大半がティナの後姿を目で追っていた。

 いや、僕まだ行くって言ってないんですけど……。

 心の中でそう思ったけれど、今のははっきり返事をしなかった僕が悪い。

 仕方ない。絶対怪しいけど一年振りの再会なんだし行ってあげよう。


「いいなー。学校帰りに寄り道って高校生っぽくて楽しそう」


 静馬が羨ましそうにそう言った。


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