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18 英雄の光と影

 それから一週間はお祭り騒ぎだった。

 連日学園にマスコミが押し寄せてテレビカメラを回していたし、動画配信者も英雄を撮影するために大勢やって来た。


 遠征隊を指揮した国重は毎日のようにテレビに出演し、彼を撮影した動画が動画配信サイト「クールチューブ」を埋め尽くした。「英雄に喧嘩を売ってみた」というサムネでバズろうとした迷惑系の動画配信者は、正門を出た国重に詰め寄る前に警備員に排除された。

 

 放課後、僕は風紀委員会の書類を持って生徒会室にお遣いにいった。その日は巡回担当ではなかったので風紀委員会の仕事をしていたのだ。

 

 その書類は生徒会の決裁が必要で、要するに「生徒会」っていうハンコがなければ学園に提出できないのだ。僕は社会に出る前にハンコ文化の洗礼を受ける羽目になった。


「こんなのメールでやりとりすれば一秒なのに……」


 ぶつぶつ言ったものの、生徒会室は同じフロアにあるので、行くのはそんなに手間ではない。生徒会室のドアをノックしてから中に入る。


「失礼します。この書類、ハンコお願いします」


 室内の誰に言うでもなく言って、目の前のデスクにある「未決済書類入れ」のトレイに書類を入れる。トレイの中には他にも二十枚くらい書類が溜まっていた。相変わらず忙しそうだ。


 室内には副会長や書記はいたが国重の姿はない。僕がきょろきょろしたからだろうか、副会長が言った。


「会長を探してるなら応接室で取材中だよ。もう戻ってくると思うけど」

「遠征前も忙しそうでしたけど、終わったらもっと忙しくなりましたね」

「まーな。ただ、会長がマスコミ対応を全部引き受けてくれるおかげで他の遠征隊の連中に火の粉が飛んでこないから、俺としてはありがたいがね」


 副会長の言った通り、マスコミに顔を出しているのは国重だけだった。

 この国に英雄は一人だけでいい。それがレトゥグスの考えたマスコミ戦略らしい。


 最初は、国重と一緒に破格の美形であるティナをテレビに出して話題を集めることも検討されたらしい。だが、エルフ人気が高まって異世界に変な夢を抱く馬鹿が増えても困るので、その案は見送りになった。


 お陰でティナはマスコミ対応を免れたのだが、会長が動けない分、遠征の事後処理が風紀委員会にも回ってくることになった。


 だから、ティナは遠征前よりもずっと忙しくなって、同じ風紀委員室にいても、全然話しかけられる雰囲気ではなかった。そのせいで遠征後も僕はティナと二言三言しか言葉を交わせていなかったし、ネギラーメンもお預けのままだった。


 生徒会室を出て階段の前を通ったとき、真上の方から、ばん、とドアが閉まる音が聞こえた。この上にあるドアと言えば、屋上に続くドアだけだ。


 屋上は施錠されており一般生徒は立ち入り禁止になっているはずだ。

 気になったので階段を上がってそちらへ向かう。屋上に続くドアに手を掛けドアノブを回すとドアは抵抗なく開いた。やっぱり誰かが屋上に入ったみたいだ。

 

 屋上に出ると、正門側の鉄柵に国重が凭れかかっていた。

 国重が僕に気付いて振り返る。

 

 テレビやネットで観る国重は明るく笑顔を絶やさない優等生だった。インタビューにはそつなく答え、多少意地悪な質問をされてもユーモアを交えてさらりと受け流す。誰の目にも非の打ちどころがない若き英雄だ。その自信に満ち溢れた笑顔は、十年後くらいに遠征隊の功績と一緒に教科書に掲載されるに違いない。


 でも、画面越しじゃなくて直接見る国重は目の下に黒い隈がこびりついていて目が死んでいた。どこかで見た表情だと思ったら、ゾンビ映画に出てくるゾンビそっくりだった。好青年のゾンビ。英雄のゾンビ。


「よお……」

 

 疲れた声で言い、国重は軽く片手を上げる。指には屋上の鍵が引っ掛かっていた。屋上の鍵は職員室と生徒会室で管理している。


「こんにちは、休憩ですか?」

「……そこで冗談でも『サボりですか?』って聞かないあたり、お前はいい奴だよな」

「僕もそう思います」


 僕は国重の隣に並ぶ。こっちは校舎の東側、正門は見えるが、遠征隊が奪還した街は逆方向になる。


「再戦はしばらく待ってくれ。忙しくてガチでヤバい」

「いえ、全然いつでも」

「正直、まさかこんなに大騒ぎになるとは思わなかった。レトゥグス先生を恨みたいぜ」

「そりゃ大騒ぎになりますよ。人類史上初めて、異世界から街を取り返したんですから」

 

 先日、八日間の遠征の状況をまとめたレポートが生徒専用のウェブサイトにアップされた。

 簡潔ながら熾烈な戦いであったことが伝わってくる内容で、その戦いを潜り抜けた遠征隊のメンバーには心から敬意を表したいと思った。亡くなった八名も含めて。


「街を取り返した、か……。なあ、あ――っと、すまん。お前、名前何だっけ?」

「皆上です」

「皆上。お前さ、俺が出演してるテレビ、観たか?」

「ええ。観ましたよ。クールチューブでも観てますし」

「俺、どの番組でも品行方正に受け答えして、馬鹿みたいにニコニコ笑ってよ、クソみてえだろ?」

「そんなことないですよ。何言い出すんですか急に」

「実際クソだろうが、俺……」

 

 国重が鉄柵に体重を預け、正門の方に目を向ける。

 その視線は、正門の裏側に建つ慰霊碑に注がれていた。そこには魔物との戦闘で命を落としたムーンリーパーの名前が刻まれている。

 

 遠征後、慰霊碑には新たに八名の名前が刻まれた。


「俺の指揮がゴミなせいであいつらが死んだってのに、俺は英雄に祭り上げられて、一人で街を奪還したみたいな顔でへらへら笑ってよ、クソ以外の何ものでもねえだろうが」


 国重は自分を殺してやりたそうな顔をしていた。

 それが、英雄の本音、国重の素顔なのだ。

 

 僕も騎士団の団長をしていたから、国重の気持ちはよく分かった。

 どんなに完璧な指揮を取って周りから賞賛を浴びたとしても、仲間を死なせた時点でその指揮はクソだ。その仲間は敵に殺されたんじゃない。自分が殺したんだ。


 僕は騎士団でいくつもの作戦の指揮を執ったが、仲間が死ぬたびにそんな思いにとらわれていた時期があった。

 

 そんなとき、周囲から「お前は悪くない」って言われても、僕は自分を許すことができなかった。

 

 でも、それを重ねていくにつれ、次第に仲間が死んでも心が動かなくなっていった。そして僕はいつの間にか自分が、自分の命も他人の命も命令を遂行するだけの駒として見始めていることに気付き、戦慄を覚えたものだった。

 

 多分、そのときの僕よりも今の国重の方がずっと重い苦悩を抱えているだろう。当時のグロウゼビア王国よりもこの国の方が人の命は遥かに重い。

 

 僕は意識して感情を殺して、できるだけ淡々と言う。


「遠征レポート読みました。僕に言えるのは、国重さん以外の人が指揮を執ってたら間違いなくもっと犠牲者が出てただろうってことと、亡くなった八人は国重さんのそんな姿を見たくないんじゃないかってことだけです」


 国重は僕の方を見なかった。反応もしなかった。


「生意気言ってすみません。僕はこれで失礼します」


 一礼してその場から離れる。

 そのとき、ほんの微かに国重がしゃくりあげる音が聞こえた気がした。


 国重は英雄だ。勇者だ。

 それはつまり、クラインと同じだ。


 勇者が歩く道は敵と味方の血に汚れた赤黒い道だ。綺麗事だけじゃ勇者は務まらない。ただ優しいだけじゃ世界は救えない。

 

 残酷だけどそれが当たり前なのだ。だって、これは戦争なのだから。

 

 笑顔で群衆に手を振る英雄の靴の裏は、常に血で赤黒く汚れている。

 クラインは誰に教わるでもなく無自覚にそれを理解していたと思う。だからこそ勇者になれた。傲慢で堂々と赤黒い道を歩く奴だったからこそ世界を救うことができた。

 

 国重はクラインと比べて優しすぎる。同じ遺伝子を持っているとは思えないほどに。

 

 でも、それは中途半端な優しさだと思った。

 真に優しい人間は、必要なときに非情になれる。

 それを行動で表したのがクラインだった。


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