17 奪還!
ダンジョン遠征は五月十日までの予定だった。
遠征期間中僕はずっと落ち着かず、何もできない自分の無力さに苛々しながら過ごしていた。
その苛々をぶつけるように剣の自主練に取り組んで、聖騎士団の伝統流派である正教会式剣術の基礎を体力の限界まで繰り返し、ぶっ倒れるように眠った。
そういう生活を七日間続けた。
五月八日。
遠征八日目にあたるその日の夕方、僕はやっぱり三人一組で巡回をしていた。
一緒に巡回をするメンバーは毎回変わって、その日は二年生の先輩二人と一緒だった。二人とも見るからに真面目そうで、ルール至上主義みたいな雰囲気だった。
時刻は午後六時ちょっと過ぎ。
夕日は既に赤く街を飲み込んでおり、街のいたるところに濃すぎるくらいに濃い影が長く張り付いていた。
黒とオレンジのコントラストが目に痛かったけれど、僕はずっと西の空を見ながら歩いていた。この空をティナも見ているだろうか。それとも、【竜の這いまわる丘】では空を見上げる余裕なんてないだろうか。
今の時代、地球の裏側にいてもスマホさえあればすぐに顔を見て話すことができるのに、たった数十キロしか離れていない人と連絡が付かないことが本当にもどかしかった。
太陽が徐々に落ちてゆき、地平線の向こうに隠れようとしたときにそれは起こった。
突然、夕焼けを追い払うようかのに西の空が真っ白に瞬いたのだ。
雷が落ちたのかと思ったくらいにまばゆい光は、何度も明滅を繰り返し、そのたびに強くなってゆく。
地の底から地響きがとどろき地面が揺れた。言葉には言い表せないけれど、地震とは決定的に何かが違う揺れ方だった。
あの光は……【竜の這いまわる丘】の方角だ。
僕は目の前の電柱に駆けあがって、そのてっぺんから西の景色を見ようとした。
だが、高さが足りない。そこからさらにマンションのベランダに飛び移り、ベランダを伝って上り屋上に出た。そして西を眺める。
「あれは?」
光は【竜の這いまわる丘】を包んでいた。
――いや、違う。【竜の這いまわる丘】自体が光を発しているのだ。
何だ? 何が起きている?
分からない。
でも、何かやばい。この光り方は尋常じゃない!
「ティナさん!」
僕は無意識のうちに叫んでいた。
ほとんど同時に光が収束し、西の空が赤さを取り戻す。
その赤い光に照らされた西の地は相変わらず人工物なんて何一つもなく、だらだらと【竜の這いまわる丘】の丘陵地帯が続いて――
――!
違う。
何だあれは?
条彩市の西、【竜の這いまわる丘】がのさばっていた地に民家が、雑居ビルが、道路が見える。コンビニが、大型商業施設が、学校がある。
街並みが戻っている!
「おい、皆上、馬鹿なことやってるんじゃねえ! さっさと降りてこい!」
地上から先輩の怒鳴り声が聞こえたけれど、僕はその街並みから目を逸らすことができなかった。
「先輩、こっちに来てください。街です、街が見えます。遠征隊がやってくれたんです!」
僕は錆びが浮いた鉄柵を叩きながら先輩方を急かした。
地上にいた二人の先輩は顔を見合わせると、僕と同じように電柱とベランダを使って屋上まで駆け上がってきた。二人とも普通なら絶対そんなことをしないだろう。
でも、今は普通じゃない。緊急事態だ。
だって、ティナが、生徒会長が、遠征隊のみんなが日本の地を奪還したんだから。
西の景色を見た二人が「おっしゃあーーー!」と雄たけびを上げたので、僕も一緒になって大声を上げた。
次元の歪みが消えて通信できるようになったためだろう。そのあとすぐに遠征隊から学園の放送委員会に「任務成功」の報告がもたらされた。
その一報は速報として全校生徒に伝わった後、ネットやメディアを通じて瞬く間に日本全国を駆け抜け全世界に広まった。
それから四時間後、国重率いる遠征隊が学園に戻ってきたときには、学園前には帰還を祝う生徒や市民、マスコミで溢れ返っていた。
その騒ぎは、出発時とは比べ物にならなくて、あのときの十倍はいるんじゃないかっていう人で溢れていた。
遠征隊を乗せた輸送車がゆっくりと正門をくぐるが、残念ながら輸送車の中は見えなかったので、ティナの無事は確認できなかった。
マスコミは国重と遠征隊を「英雄」として讃え大々的に報道した。
実際、その単語は大袈裟でも何でもないだろう。
取り返した土地は、奪われた土地の何百分の一かも知れない。
でも、彼らは異世界に奪われた土地を史上初めて奪還し、この世界が異世界に太刀打ちできることを証明してくれたのだ。
……ただ、喜んでばかりもいられなかった。
遠征隊三十二名のうち戻ってきたのは二十四名だった。
八名が戦死した。
幸いにも、その八名にティナの名前は入っていなかった。
ティナが無事で戻ってきたことは嬉しかったが、その八名の死を聞いて、素直に喜ぶことができなかった。




