16 市内巡回が始まる
二週間後、五月一日。
早朝に、フル装備の遠征隊総勢三十二名がダンジョン【竜の這いまわる丘】へと出発した。
一般生徒が登校するにはまだ全然早い時間だったけれど、史上初のダンジョン遠征隊を見送るために多くの生徒が正門に集まっていた。マスコミも大勢詰めかけておりまるでお祭り騒ぎだ。
僕も見送りにいった生徒の一人だった。
二人でラーメンを食べたあの日から今日まで、僕はティナとほとんど話すことができていなかった。遠征が迫りティナがその準備に忙殺されていたからだ。
正門から出てゆく遠征隊の中にティナの姿を探した。
遠征隊は全員、ゴーレムの強靭な筋繊維と堅牢な外殻を加工した鎧型擬魔機を装備しており似たり寄ったりの格好をしていたが、ティナの美貌と銀色の髪は遠目にも目立った。
「ティナさん、無事に帰ってきてください!」
僕はそう呼びかけたが、その声は歓声にかき消されたティナに届くことはなかった。
ティナは僕に気付いてくれないまま、輸送車の中に消えた。
遠征隊の出発と入れ替わりみたいに、その日から僕たち一年生の市内巡回も始まった。
巡回は三人一組で、二年生二人と一年生一人か、三年生一人と一年生二人の組み合わせだった。
その日、僕は三年生の田牧っていう先輩と静馬と組んだ。。
旧市街を間に挟んではいるもののダンジョンと条彩市は隣接している。壁や金網などもないので、魔物は市内に入りたい放題だ。
だからこそ、こうやって毎日の巡回が欠かせないのだ。
僕たちはいつものハードケースを担ぎながら、ヘッドセットを付けて決められたルートを巡回していた。
最初は緊張で大人しくしていた静馬だったが、一時間もするとすっかり慣れた――というより飽きたのか、辺りをきょろきょろ見まわしたりウロチョロしたりと、さっそく持ち前の集中力のなさを発揮した。これには田牧も苦笑である。
「ねえねえ、タマちゃん先輩タマちゃん先輩。街中に防犯カメラ付けるとかダンジョンと条彩市の間におっきな壁を作るとかしたら、街のみんなが安心できるんじゃないのかなぁ?」
静馬の中では田牧は既にタマちゃん先輩と化している。
「着眼点は及第点。だが、どちらも過去に実践済み。防犯カメラは付けた端からゴブリンに矢および投石で破壊され、壁は工事を始めたそばから魔物の襲撃に遭うため中止を余儀なくされ、ともに失敗」
田牧が答える。ちょっと変な喋り方である。
驚くべきことに、ゴブリンは人間が防犯カメラを通して自分たちを監視していることを知っている。
だから、あいつらは街中で防犯カメラを見つけると壊してくるのだ。時代に合わせてゴブリンも知識をアップデートしているということだ。あと五年もすればスマホを使いこなすかも。
前はカメラを壊されるたびにいちいち直していたらしいけれど、直すたびにまた壊されるので先に人間の方が根負けした。街中を注意深く観察すると、至るところに壊れた防犯カメラがぶら下がっていることに気付くだろう。
この日の巡回は市街地だったので、【竜の這いまわる丘】は見えなかった。それが分かっていてもどうしても西の方に目が向いてしまう。
ティナもみんなも心配だった。無事でいてくれればいいけれど……。
ダンジョン内は電波が届かず通信もできないから、遠征隊の安否は分からない。ダンジョン周囲の次元の歪みがダンジョン内外の電波のやり取りを阻害しているからだ。その歪みは光すら出鱈目に屈折させるため、偵察衛星でもダンジョンの様子を捉えることはできなかった。
「こらこら、日都也君。何暗い顔してるんだよぉ。元気出せよぉ」
そう言って、静馬がぺちぺちと肩を叩いてくる。
そのときに、静馬が担いでいるハードケースがやたらと大きいことに気付いた。地面を転がせるようにキャスターも付いている。
「メーメ、そのケースなんかデカくない? 水やったら育ったの?」
「――え、今頃気付いたの? もう、日都也君はダメダメだなあ、観察眼を養いたまえよ」
「うーん、街中にぶら下がってる防犯カメラに気付かない人がそれ言う?」
「ほら、見てよ」
静馬はハードケースを歩道に降ろし、ぱかっとケースを開けた。中にはアサルトライフルの他に、大きな対物ライフルが入っていた。
「ふっふーん、いーでしょ? 自衛隊正式採用の29式対物小銃グンカンドリだよ。ほしいって言ってもあげないからね」
「や、別にいらんし。どうしたのこれ」
「あのね、先週二十丁だけうちの学校に納入されてね、射撃の成績がいい生徒に配られたんだよ。わたしも選ばれたの。さっすがわたしでしょ! そうそう、遠征隊の人も何人か装備してたよ」
「まじか。気付かなかった」
遠征隊の見送りはしたが、あのときはティナの姿を探すのに気を取られていたので装備なんて見ていなかった。
「そこ、緊急事態以外で市内でハードケースを展開するのは校則第三章、異世界交戦規定第三条の二項違反。すぐにしまうことを推奨、さもなくば生徒会に報告」
田牧に言われる。淡々とした口調なので、注意をされたというより事実を指摘されただけに聞こえる。
「あっ、ごめんなさい。うっかりです」
静馬が慌ててケースを閉じ、それを担いでまた歩き出す。
「……それでね、ここからが凄いんだけどね」
「まだ続きがあるんだ」
静馬は先を歩く田牧との距離をちらりと気にしてから声を落とした。
「えっと、担任の先生からは誰にも言うなって言われたけど、日都也君だから話すね。実はわたし、擬魔機をもらえるかもなんだ」
「――まじで? すごいじゃん」
擬魔機を作るにはスキルを持つ魔物を倒して生体部品を作らなければならないから、擬魔機は量産することはできない。二年、三年生の中にも擬魔機を持っていない生徒は大勢いる。
僕だって風紀委員会に入ったものの、まだ自分専用の擬魔機は所持していない。以前使った《水銀剣》はティナのものだ。
それなのに、入学一か月で擬魔機の所有者候補に選ばれるなんて。
静馬にはサーレーという種族の遺伝子が組み込まれている。サーレーは成長しても背が高くならず老化も遅く、成人しても人間の小中学生にしか見えない種族だ。
体格通りの非力だが、すばしっこいしとても器用で弓などの遠距離武器に高い適性を発揮する。免疫系が発達しているおかげで病気や毒にやたら強いのも特徴だ。
「ライフル型擬魔機でね、熱線をビーってしたらドカーンってなるんだって。手に入ったら持たせてあげるから楽しみにしててね」
「熱線。……ああ、あそういうことか」
「どったの?」
「や、別に」
多分その擬魔機に使われている生体部品は僕が倒したゴーレムから取ったものだろう。あのゴーレムを倒すときにティナから「魔法陣と心臓を傷つけるな」と言われたが、あれは魔法陣と心臓を加工して擬魔機に組み込むためだったのだ。
その擬魔機を遠征に持ち込めば強力な戦力になったのに、多分完成が間に合わなかったのだろう。
その日は休憩を挟みながら午後七時まで巡回をしたが、魔物が現れることはなかった。




