15 ラーメン屋にて
校舎を出て正門まで歩く。僕とティナの自宅は市内の反対側にあるので、校門を出てすぐに別れることになる。
が、何となくティナと別れたくないと思った。
というのも、遠征のことを聞いてみたかったからだ。
入学式のときにレトゥグスがダンジョン遠征を行うことを宣言していたが、今のところ一年生にはそれ以上の情報は降りてきていない。今まではさほど気にしていなかったが、七月の第二次ダンジョン遠征に参加するかもしれないので、詳細が気になったのだ。
「ティナさん、もしよかったらどっかで話でもしませんか? 遠征のこととか色々聞きたいんですけど」
「あら、君から誘ってくれるなんてめずらしいね。いいわよ。それじゃあ、昨日言った美味しいラーメン屋に行きましょうか」
「賛成」
正門前から市内循環バスに乗って十分ほど揺られ、商店街の手前で降りる。そこから少し歩いた商店街の外れにそのラーメン屋はぽつんとたたずんでいた。
何となく最近できたばかりのお洒落なお店を想像していたが、むしろ真逆で、もう数十年ここで営業してますみたいな感じの年季の入ったお店だった。
「こんばんはー」「お邪魔します」
中に入ると、職人! って感じの店主が「らっしゃい」とぼそぼそ言った。
カウンターの端の方に並んで座ってからティナに聞く。
「ここ、何がおススメなんですか?」
「んー、そうね、個人的には豚角煮ラーメンとネギラーメンがお気に入りよ。ここの角煮、口の中でほろほろ崩れてすっごく美味しいの。一回は食べてみてほしい」
「じゃあ、それにします」
「私も」
豚角煮ラーメンを二つ注文する。
雑談をしているとすぐに僕たちの前に「おまち」と豚角煮ラーメンが置かれた。
たっぷりの麺とスープの上に角煮が小山を作っていた。
見ただけで分かる。これ絶対美味しいやつ。
「いただきます」
早速麺をすする。味はどっしりと濃いのに不思議とくどくない。角煮なんてティナが言った通り口の中で崩れて溶けて消えするする喉に入っていく。ほとんど飲み物だろこれ。
「おお、これ、めっちゃ美味い」
「でしょう?」
ティナはまるで自分が作ったみたいなドヤ顔をする。
「で、早速なんですけど、今回の遠征ってどんな感じですか?」
「質問が曖昧ね。何を聞きたいの」
「ええと……、ダンジョンってこのあたりに何か所かありますけど、どこに行くかとか、人員構成とか、日程とか、敵の戦力とか。……あ、ティナさん以外の風紀委員の先輩方も行くんですよね?」
「ええ、風紀委員の生徒は十人くらい参加するわ。他には生徒会長と生徒会執行部員、三年生を中心にした選抜メンバーね」
「あれ、風紀委員って全員で行かないんですね」
「風紀委員がみんないなくなったら条彩市で何かあったときに困るでしょう? それに、強い生徒は風紀委員だけじゃないもの」
「なるほど」
それから、ティナが遠征の概要を説明してくれた。
日程はこれから二週間後の五月一日から十日間。目的地は条彩市のすぐ西に広がる丘陵地帯のダンジョン――通称【竜の這いまわる丘】だ。
地形的にはなだらかにな丘が連なっているが、林が点在するのでさほど見通しは良くない。ダンジョン内には川が流れているが、大した規模ではないため進軍には支障がなく、水場の確保には困らないだろう。
このダンジョンには、ゴブリンやその派生種であるホブゴブリンとゴブリンメイジ、巨体を誇るトロールやオーク、半鳥半人のハーピーなど様々な魔物が生息している。
中でも一番の強敵は、ダンジョン名の由来となった竜だろう。
推定体長二十メートル超、規格外のサイズの巨大な竜が数多く徘徊しているのが確認されている。
その巨体による凄まじい攻撃力はもとより、その巨体からは想像できないほど俊敏に動くうえ口からは高威力の炎をブレスを吐く。言うまでもなく《銃撃耐性》《爆破耐性》のスキルも所持している。一、二頭を討伐するだけならまだしも、竜の群れを掻い潜って次元錨の元へ向かうのは至難の業だろう。
ここ半年の命がけの偵察により、肝心の次元錨はダンジョン最深部にあり、その周囲を《銃撃無効》《爆破無効》のスキルを持つ数十名の王国軍が固めていることが分かっている。
王国軍の兵士は実は人間ではない。魔術的に生み出されたホムンクルスという人造人間だった。
魔王軍との戦いや、その後にグロウゼビア王国内に大量発生するようになった魔物の討伐を続けるうちに人間の兵士が不足し、ホムンクルスに頼らざるを得なくなった。
ホムンクルスの見た目は人間と何ら変わらない。知的水準も人間とほぼ同じだが、自律的思考に欠け自発的な行動はほとんどしない。
その代わり、受けた命令は忠実に遂行する性質がある。このホムンクルスの兵士が西日本の各ダンジョンに配備され次元錨の守備にあたっている。
【竜の這いまわる丘】に配備されているホムンクルスは数十体程度だが、それだけでも十分にダンジョン防衛は成り立つ。ダンジョン内を徘徊する魔物が勝手に侵入者を倒してくれるからだ。
王国は相転移魔法により魔物の脅威をこちらに押し付けた上、その土地の防衛をほとんど魔物に任せているということだ。腹が立つほど効率的である。
ホムンクルス兵の能力はムーンリーパーと同等かやや劣るくらいだ。自衛隊や警察では刃が立たないが、条彩学園の生徒なら勝ち目は十分だ。魔法を使ってくるのは厄介だがティナの擬魔機《月輪》で防げるし。
問題は、そのホムンクルス兵が遠征隊の倍の人数いると言うことだろう。
「……聞けば聞くほどにきつそうですね」
「ええ、でも、私たち女子陣は戦闘よりもそれ以外の方を心配しているの」
「それ以外?」
「そう。お風呂に入れないからボディシートをいっぱい持って行かなきゃとか、虫よけスプレーは絶対持っていこうとか、日焼け止めはどうしようとか。全部持っていきたいけれど、余計な荷物を持つくらいなら弾薬を持っていきたいし」
「……女子って魔物以外にも戦うものがいっぱいあって大変ですね」
魔王討伐の旅を思い出す。あの頃は野宿の連続で、衛生面には本当に苦労した。あまり汚いままにしていると病気になる恐れがあるけれど、体を洗う水も替えの下着も限られているので、旅のときは常に水場を意識していたものだ。
「そうなのよ。会長と同じ遺伝子のムーンリーパーを百人くらい用意して一気に制圧できれば楽なのに」
「それができたら苦労しませんって……」
ムーンリーパーは百人作って百人全員がちゃんと生まれてくるわけじゃない。百人のうち十人が生まれれば大成功なのだ。理由は解明されていないが、異世界の種族の遺伝子が混ざれば混ざるほど無事に生まれる確率は低くなってゆく。
だから、ありとあらゆる種族の遺伝子を乗せた国重のようなタイプのムーンリーパーは生まれてくる確率が凄まじく低い。無事に生まれてくるのが奇跡だと言ってもいいだろう。国重のような複遺伝子タイプのムーンリーパーが極端に少ないのはこれが理由だった。
遠征の話が一段落したところで、またラーメンに集中する。
「ここのラーメン、本当に美味いですね」
「ええ、美味しいわよね。次はぜひネギラーメンを食べてみて」
「じゃあ、遠征から帰ってきたらまた一緒に来ましょうよ。そのときに食べてみますから」
「……」
不意にティナのラーメンを食べる手が止まった。彼女は何とも言えない顔をして、すぐに返事をしてくれなかった。
遠征の成功率は高い。レトゥグスはそう言った。
だけどそれは遠征で犠牲者が出ないという意味ではない。むしろレトゥグスは犠牲者が出ることを前提として遠征計画を立てたはずだ。
遠征から無事に戻ってこられる保証などどこにもないからこそ、遠征後のことは気軽に約束できない。
言葉にしなくても、ティナの沈黙はそれを雄弁に物語っていた。
「……無事に帰ってきてください。ティナさんだけじゃなくて、風紀委員会のみんなも、生徒会長も、遠征隊のみんなも……」
「ええ」
ティナが短い返事しかしてくれないのが少し悲しかった。
僕は、大切な人を置いて危険な旅に出るのは慣れているけれど、逆に、危険と分かっている旅に大切な人を送り出すことには慣れていなかった。
(どうか、みんなが無事に帰ってきますように)
僕は心の中で神に祈る。
祈った神がこちらの世界の神なのかあちらの世界の神なのか、自分でもよく分からなかった。




