11 因縁の相手
風紀委員室を出て、僕とティアは同じ階にある顧問室に向かった。
「そう言えば、ティナさんとお父さんって苗字が違うんですね」
「父は婿養子だから本当の姓は天岐なの。でも、天岐レトゥグスよりレトゥグス・ラハ・シュノンの方がエルフっぽいじゃない。だから、職場では旧姓で通しているのよ」
「なるほど、そんなに深い事情があったとは」
「深くないわよ。……失礼します」
顧問室のドアをノックして、返事を待ってから中に入る。
顧問室は教室の半分くらいの大きさの部屋だった。手前には応接セットが、窓際にどっしりとした木製のデスクが置いてある。左の壁には本棚と書類入れが並び、右の壁には大きな古い日本地図が掛かっている。
地図はグロウゼビア王国に奪われた地が赤い×印で消されており、そこに出現したダンジョンの名前が書きこまれていた。
室内には二人の人がいた。
奥のデスクに着いた一人は、高そうなスーツを着て長い金髪を頭の後ろでまとめた、銀色の瞳を持つ冴えた美貌の青年だった。背が高いが体の線が細く、どこか中性的な印象を受ける。両耳はティナのようにとがっている。
この男がティナの父親のエルフ、レトゥグス・ラハ・シュノンだ。若く見えるのはエルフは長命なうえ青年期がやたらと長いからだ。実年齢は百五十歳くらいのはずだが、エルフの中ではまだ若輩者だ。
デスクの脇には男子生徒が控えていた。中分けの黒髪に黒い瞳、中肉中背、凛々しいイケメンだが、どこか人をほっとさせるような優しい雰囲気を供えている。
「二年C組の天岐メツェルティナです。一年A組の皆上日都也を連れてきました」
「ええ、ご苦労様です」
レトゥグスが表情を変えずに言う。顔立ちは娘とよく似ているが、レトゥグスの方が数倍冷たく感じられる。
「初めまして。皆上です」
「入学式で挨拶はしましたが、こうして個別に会うのは初めてですね。私はレトゥグス・ラハ・シュノン。知っての通り、この学園の特別顧問をしています」
レトゥグスが立ち上がってこちらに手を差し出した。僕はその手を軽くにぎる。
「それに、僕たちムーンリーパーと擬魔機の生みの親でもある……そうですよね?」
「その通りです。こちらの科学技術と私が持つ魔導の知識を融合させて生み出しました。それに、ムーンリーパーを最強の戦士に育て上げるための施設、条彩学園の創立も私のアイデアです」
レトゥグスは氷のような微笑みを浮かべる。
昔はそんな顔で笑う奴じゃなかったのに……。
本当のところレトゥグスとは初めましてではない。聖騎士時代、僕とレトゥグスは知り合いだった。
レトゥグスはグロウゼビア王国の魔法使いを束ねる魔導士団の団長を務めていて、所属は違うが、同じ国王に仕える者として彼とは親しくしていた。
レトゥグスは国王も尊敬していたが、それ以上に魔王を倒した勇者には並々ならぬ敬意を払っていた。
いや、その気持ちは敬意というより信仰に近かったと思う。
そんなレトゥグスが祖国と勇者を裏切って日本に付いたのは、今から二十五年前、侵略開始から五年後のことだった。
裏切った理由は公にはされていない。あれだけ勇者を信奉していた彼が勇者を裏切るなんて、僕には信じられなかった。
だから、レトゥグスはもしかしたら勇者が送り込んできたスパイなんじゃないかって思ったこともあった。でも、もしスパイならムーンリーパーや擬魔機を造って勇者と戦おうとするのはおかしい。
今のレトゥグスは間違いなく日本側と考えていいだろう。
そんなレトゥグスに僕が元勇者パーティーの聖騎士だってことがばれたらどうなるだろう?
どう考えても「やあ、久し振り。数十年振りだね」って握手してハグすることにはならないと思う。だって、レトゥグスにとって僕は勇者側の人間なのだから。
そんな僕が転生してこの学園に在籍しているのをレトゥグスは偶然だと思うだろうか? 実際ガチで偶然なんだけど、レトゥグスなら勇者が差し向けたスパイだと疑ってもおかしくはない。
そうなったら最後、学園を追放されるかもしれない。一生どこかに監禁されるとか、暗殺の可能性だってあり得る。元魔導士団の団長であるレトゥグスが直々に暗殺に来たら、当時の何分の一の力しかない今の僕では太刀打ちできない。
要するに、正体がばれることは僕の命に関わる可能性が高いのだ。
……もしかして、レトゥグスは僕が転生者だって気付いたから呼び出したのか?
そんな嫌な考えが脳裏をよぎる。
「昨日、たった一人でゴーレムを倒したとお聞きました。そのときのことを詳しくお聞かせ願いますか?」
「はい」
僕は昨日の様子を簡潔に話す。レトゥグスは時折質問を挟むものの、それ以外は静かに相槌を打つだけだった。たまにその視線がティナに向けられるのは、僕の話の真偽を彼女に確認しているからだろう。
話し終えるとレトゥグスは満足そうに頷いた。その表情からは僕を疑っているかどうか分からない。
「素晴らしいことです。私のムーンリーパーたちの中でも、一人でゴーレムを倒せる個体は二割いるかいないかでしょう。国重さん、君は皆上さんと同じことができますか?」
「さあ、どうでしょう。俺はゴーレムの腕を駆け上がるなんて考えたこともありませんから」
デスク横の男子生徒が軽く肩を竦めて答えた。
直接の面識はないが、その生徒のことはよく知っている。――というか、僕たちムーンリーパーの中で彼を知らない者はいない。
国重煉人。この学園の生徒会長を務める三年生で、ムーンリーパーの最高傑作と呼ばれる生徒だった。
しなやかで俊敏なエルフの遺伝子、頑丈で並外れた筋力を誇るドワーフの遺伝子、小柄だが毒などの状態異常に強いサーレーという種族の遺伝子。国重は異世界の各種族の遺伝子の秀でた部分をふんだんに取り入れた遺伝子編集を受けていた。
それに加え、それらの遺伝子を乗せるベースの遺伝子からして国重は特殊だった。
国重の遺伝子のベースにあるのは勇者クラインの遺伝子だった。
つまり、国重は勇者のクローンなのだ。
グロウゼビア王国最強の勇者の遺伝子に各種族の長所を取り込んだら最強を超える最強ができるに違いない。
そんな「全部乗せが正義!」みたいな極論の計画により生まれたのが国重なのだ。
実際、製作者の期待に応えるように、国重は他のどんなムーンリーパーよりも高い運動能力と戦闘能力を誇り学園最強のムーンリーパーの座に君臨している。そのあまりの強さに、一部の生徒の間で「最も勇者に近い男」と呼ばれているほどだった。
中学時代、授業で国重が戦う映像を見たことがあったが、その動きは半端じゃなかった。高い身体能力やレトゥグス直伝の王国正統剣術、擬魔機を扱うセンスや勝負勘など、全てにおいて他のムーンリーパーとレベルが違った。
擬魔機の製造には魔物から取れた素材を加工する必要となる。
例えば、昨日僕が使った《水銀剣》を作るには、水銀竜と呼ばれる高位竜から取れる素材が必要となるのだが、その水銀竜を倒して素材を手に入れたのは国重だった。
さすがに一対一で戦ったわけではないだろうが、国重が高位竜を仕留める実力を持っていることは疑う余地がなさそうだ。




