09 物理法則と神の法則
僕が本気を出さないのは、何も「本当はつえーんだけど、俺、手ぇ抜いてっから。本気出したらマジやばいんだからな」とイキりたいからではない。
単純に目立ちたくないからだ。
もっと正確に言うと、目立って転生者だとばれたくない。
特に、あの男には。
ムーンリーパーと擬魔機の生みの親で、ムーンリーパーによる日本奪還計画を立案したあの男。
グロウゼビア王国と勇者を裏切って日本に付いたあの男。
条彩学園の特別顧問を務めるあの男。
あれだけ避けていたあいつと、よりによって真正面から相対することになるなんて……。
事の発端はやっぱりティナだった。
……いや、むしろ、やっぱり僕だったと言うのが正しいかもしれない。
それはゴーレムを倒した翌日のことだった。
「――日都也君、そこに正座するんだよっ」
登校して教室に入るなりむすっと頬を膨らませた静馬にそう言われた。
「え、普通にやだけど」
「駄目、日都也君に拒否権はないの。もしどうしても正座しないっていうなら、代わりにわたしが正座するからね。いいの?」
「まあ、別に構わないけど」
「本当にいいの? しちゃうよ?」
「どうぞどうぞ」
「それじゃあ、こうなんだからっ!」
静馬はいそいそと椅子の上に正座する。何の意味があるのかは謎だ。
「それで、何?」
自分の席に着きリュックを下ろす。静馬の席は斜め前である。
「わたしね、日都也君にはがっかりしたんだよ。まさか裏切るとは思わなかったんだからっ」
「うーん、全然心当たりない」
「とぼけても無駄だよ。知ってるんだからね。日都也君、風紀委員会に入ったでしょ」
「……まあ、入ったけど。何でもう知ってるの?」
「ふっふ~んだ。わたしの情報網の広さを甘く見ないでよ。さっきティナ先輩が来て日都也君にこれを渡してって頼まれたんだからねっ」
静馬は机の中から「風紀委員会入会届」の用紙を取り出した。氏名記入欄の横に「スカウト入会」という赤いスタンプが押してある。
「……情報網狭すぎん?」
「それは気にしないで。それよりも日都也君、自分一人だけスカウトされるなんてずるいよっ。裏切りだよっ。いいな~、わたしも風紀委員会入りたいな~。誰かスカウトしてくれないかな~」
そう言いながらちらちらと僕を見てくる。
「……風紀委員入りたての人間に誰かをスカウトする権利なんてないだろ普通。それより、戦いたくないんじゃなかった? それなら風紀委員にならない方がいいよ」
「昨日も言ったじゃない。なれないと思ったら急になりたくなったの」
「それ、マジで言ってたのか……」
「わたしはいつだって本気だぞっ。でも、どうして急にスカウトされたの? ティナ先輩の伝手?」
足がしびれてきたのか静馬は正座を崩す。
「半分伝手でもう半分は成り行き」
「どゆこと?」
「昨日、ティナさんに騙されてゴブリンとゴーレムの討伐作戦に参加させられたんだ」
「え、昨日の討伐作戦参加してたの? 凄い凄い! あ、そう言えばその討伐作戦でね、たった一人でゴーレムを倒した生徒がいるって噂になってるんだよ。その生徒、見た? どんな人だった?」
どうやら誰が倒したかまでは噂になっていないらしい。
「うーん、肉眼では直接見てないかな……」
「何それ。変な言い方」
「気にしないで。ともかく、その討伐作戦で頑張ったらなんか認めてくれた」
「いいなぁ、わたしも頑張って認められたいなぁ。……嘘。本当は楽して認められたい」
「来月から僕ら一年も市内巡回に参加するじゃん。そこで風紀委員の目に留まればスカウトされるんじゃないか。メーメの銃の腕は学年の中でもダントツなんだし」
静馬の成績は平均より下だが、全ての科目の成績が悪いわけではない。ほとんどの科目は下から数えた方が早いが、射撃の成績だけは学年トップだった。
「むー、銃の腕が良くてもあんま意味ないんだよね。だって、敵はみんな《銃撃耐性》持ちなんだからさ」
「まあ、そうだけど」
そのとき、制服のポケットの中でスマホが振動した。取り出して画面を見ると、チャットアプリにティナからメッセージが入っていた。
天岐【おはよう。もう学校?】
天岐【静馬さんに入会届を預けたから登校したら受け取ってね】
とりあえず返信する。
皆上【さっき受け取りました。昼休みに提出します】
天岐【ごめんなさい、昼休みは会議があるの】
天岐【放課後なら風紀委員室にいるわ】
皆上【(「了解」のスタンプ)】
短いやり取りを終えてスマホをポケットにしまう。メッセージの文面からティナの忙しさが伝わってきてちょっと気の毒になった。
「ふうん、放課後、ティナ先輩のところに行くんだ。ね、わたしも一緒に行っていい?」
「うわ、覗くなよ。別にいいけどどうしたんだよ」
「ふっふ~ん、閃いたんだよっ。こまめに風紀委員室に出入りしてたら、みんなに顔を覚えてもらえて、スカウトしてもらいやすくなるかも」
「まあ、作戦としては悪くないかもね」
「あ~、上から目線~。むかつく~」
「そんなつもりはないけど」
「お詫びに今度何か奢ってよ」
「まあ、それくらいはいいよ。どこで何食べる? せっかく行くならケーキかあんみつがめっちゃ美味しい店にしようよ」
B級グルメだけではない。この国はスイーツも美味い。
「うん、じゃあ調べておくねっ。一番高いお店を選んであげる」
「そいういう嫌がらせやめてくれよ。高くても美味しかったら行きたくなるじゃん」
「たっかいお店~♪ たっかいお店~♪」
にこにこしながら歌うように節を付け、静馬は子供みたいにぶらぶら足を振った。
一時限目の授業は化学だった。
こういう理系の科目は苦手な生徒が多くて、朝から居眠りしている奴とか教科書の陰でスマホをいじっている奴がいて、あんまり授業に身が入っていないようだった。
僕は化学は好きだ。全教科の中で一番好きと言ってもいいだろう。
あっちの世界には化学っていう学問がなかったから、教科書に書いてあることが全部新鮮だし、あっちの世界とこっちの世界が異なる法則で動いていることに気付けたのも面白かった。
燃焼一つ取ってもそうだ。
こっちの世界では何かが燃えるは酸素が必須だ。
でも、向こうでは何かが燃焼には酸素じゃなくて火の神の加護が必要である。例え酸素があろうとも火の神の加護がなければ物は燃えない。
スキル《銃撃無効》だって味不明だ。
銃撃って言うのは、ざっくり言うと「金属の塊をものすごい勢いで飛ばしてぶつける」ことだ。
それなら、弓だって金属製の矢じりが付いた矢を飛ばすんだから原理的には全く変わらないだろう。
それなのに《銃撃無効》で矢は防げない。向こうの世界ではそれは当然だが、こっちの世界の法則では説明がつかないのだ。
回復魔法だってよく考えれば謎だ。切断された腕がたった数秒で元通りにくっつくってどんな原理だよ。傷口の細胞分裂を促進させて再生しているのかもしれないけど、もしそうなら細胞分裂早すぎん? それ、どう考えても傷口の周りの時間だけ加速してるじゃん。
――などなど、疑問を上げればきりがない。
ただ、それはこっちの世界の科学技術、物理法則から見れば異常なだけで、向こうの世界の視点で見れば異常ではない。全部神の加護で話が片付く。
《銃撃無効》で矢が防げないのは、神が「銃弾が効かない」加護を与えたもうたからだ。だから、神が「銃弾」ではなくて「矢」と認識したものにはスキルの効果が発揮しない。
回復魔法で傷が癒えるのは、聖なる神が魔法を通して「傷が治る」加護を与えてくれるからだ。
要するに、スキルも魔法も全て神の加護により発動しているのだ。
こちらの世界は物理法則に支配されている。
あちらの世界は神の法則に支配されている。
どちらが正しくてどちらが間違っているという話ではなくて、二つの世界が別の法則に支配されているというだけの話なのだ。
例外として、こちら世界で神の法則に支配されているものがあるとすれば、ダンジョンとそこに生息する魔物、その魔物の一部を利用して作られた擬魔機だろう。
……ああ、あと、ティナも半分あっちの世界の人間だから、もしかしたら半分だけ神の法則に従っているのかもしれない。本人は無自覚なんだろうけど。
ともかく、こちらの世界に転生してからというもの、僕はそんな風にあっちの世界とこっちの世界の仕組みの違いに疑問を持つことが増えた。




