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プロローグ~さよなら異世界、はじめまして日本~

 ……どこからか赤ちゃんの泣き声が聞こえる。

 どこだろう。かなり近い。

 まるですぐ耳元から聞こえてくるみたいだ。


 ……いや、違う。近いとかそういう問題じゃない。


 その泣き声は僕の口から発せられているではないか。

 まさか、泣いているのは僕か?


 グロウゼビア王国が誇る世最最強の騎士団、聖騎士団の団長に歴代最年少で就任し、勇者パーティーの一員として魔王を倒し世界を救った僕が、どうして生まれたばかりの赤ちゃんみたいに泣いているんだ?

 

 状況が飲み込めないままきょろきょろと辺りを見回したが、視界がぼんやりと霞んで周りの様子がはっきりと見えない。

 それに体も手も足もものすごく小さくて思うように動かせなかった。

 まるで赤ちゃんになったみたいだ。


 ――というか、実際赤ちゃんだった。僕は赤ちゃんになっていた。


 赤ちゃんの僕は裸のまま女性に抱かれていた。女性は青い帽子のようなものをかぶり、飾り気のない青い衣服を着て、白い手袋と白いマスクをしていた(そんな怪しげな服装グロウゼビア王国では見たことがなかったが、ずっと後になって僕はそれが手術着という名前であることを知る)。


 これ、どういう状況? 

 僕は一体どうなってるんだ?


 ……いや、大丈夫、落ち着け。

 勇者クラインや仲間のみんなと一緒に数々の困難を乗り越えて魔王を打ち倒した僕が、こんなことで動揺しちゃ駄目だ。


 よし、まずは状況を整理しよう。

 僕は聖騎士団の団長ウルグラフ・エントだ。

 でも、今はなぜか赤ちゃんになっている。

 服を着ていないから、もしかしたら生まれたばかりなのかもしれない。


 ……あれ? これ、もしかして転生ってやつじゃないのか?


 グロウゼビア王国には「転生者」と呼ばれる異世界から転生してくる人間が少なからず存在した。

 彼らは元の世界でトラックに轢かれたり過労死したり神様の不手際だったり、様々な不幸に巻き込まれて命を失い、こちらの世界に転生してくるらしい。


 転生したときの状況は様々で、死ぬ直前の姿のままの転生してくる者もいれば、前世の記憶を持ったまま赤ちゃんとして生まれてくる者もいるし、人外に生まれ変わる者もいる。

 そう言えば、確か勇者クラインも自分のことを転生者だと言っていたような……。


 OK、理解した。

 どうやら僕は転生したらしい。

 この様子だと赤ちゃんから始まるタイプの転生のようだ。

 もしかして、僕を抱いているこの女性が母親なんだろうか?

 その人の顔をよく見ようとしたけれど、視界がぼやけていてよく分からない。


 ……いや、待て。おかしい。

 転生したということは僕は死んだのか?

 

 いつ? どこで?

 どうして? なぜ?

 

 ずきり。

 不意に背中が痛んだ。

 その痛みとともに、僕は死ぬ直前のことを思い出す。


 あれは魔王を倒して一年後のことだった。僕は勇者クラインとともにグロウゼビア王国東部にある【帰らずの森】へ赴いたのだ。


 結果として、魔王を倒し世界を救ったあとも世界に平和は訪れなかった。


 魔王が死ぬ直前に世界にかけた『貪り食らう獣たちの呪い』のせいで、魔王の死後に世界各地で魔物が異常発生したからだ。

 その例に漏れずあのとき【帰らずの森】では魔物が異常発生しており、たびたび近隣の村を襲って住人の命を脅かしていた。

 だから、僕とクラインは魔物の討伐のために森に入ったのだ。

 そして、そこで凄まじい力を有した邪竜と遭遇して戦闘になって……。


 ………………………………………………????


 それから、どうしたんだっけ……?

 邪竜に勝って王都に戻った記憶はない。

 というか、戦いの途中で記憶が途絶えている。

 ……ということは、どうやら僕は邪竜に負けて死んだらしい。

 クラインはどうなったのだろう。僕と一緒に邪竜にやられたのだろうか?

 いや、きっと大丈夫。

 性格が悪くて自分勝手で傲慢で最後まで僕とは反りが合わなかったけれど、あいつは魔王を倒した勇者なのだ。きっと邪竜を倒して村の人々を救ってくれたに決まっている。


 女性が僕をぬるま湯に入れる。

 それは産湯だった。やっぱり僕は生まれたばかりらしい。女性は僕の体を丁寧に洗ってから、最後に僕のへそから伸びている何かを引っ張った。


 ずるん、という嫌な感触とともに、それはへその奥の方から引き抜かれた。

 へその緒……ではない。

 半透明の管で、先端からぽたぽたと黄色い液体が滴っていた。

 何だあれ。まさかその管がへその緒の代わりに僕に栄養を送っていたのか?

 そんな馬鹿な。

 でも、もしそうだとするなら、ぼくのへその緒はどこにあるんだ? へその緒で僕と繋がっていたはずの母親は?


 僕はあたりを見回した。

 でも、そこには女性と同じような服装をした男が一人いるだけで、他には誰もいなかった。


 いや、嘘だ。

 正確にはいた。たくさんいた。

 ――大量の赤ちゃんが。

 

 僕の周囲には、黄色い液体で満たされた透明の大きな筒が何十個も並んでいて、その中に、羊水に浸るように胎児がぷかぷかと浮かんでいたのだ。


 何だこれ。まるで魔王軍の兵器工場の中で見た人造人間(ホムンクルス)の培養槽そのものじゃないか!

 もしかして、僕もその培養槽から生まれたのか?


 女性は僕を産湯から上げて産着を着せると、僕の手首に記号と数字が掛かれた細いバンドを巻き付け、淡々とした口調で言った。


「西暦二〇一四年、十一月五日。第五ロット遺伝子編集児(デザイナーズベイビー)、製造番号L005-MR078、無事誕生いたしました」


 西暦? 遺伝子編集児? 製造番号?

 この人は一体何を言ってるんだ?


 気付けば男性がじっと僕を見つめていた。帽子とマスクで顔がほとんど隠れていて若者なのか年寄なのか全然分からなかった。

 ただ、銀色の瞳が妙に印象的だった。


「誕生おめでとうございます、L005-MR078。……いえ。遺伝子編集と人工子宮により歪んだ生を与えられたのです、あなたにとってそれがめでたいとは限りませんよね。むしろ修羅の道を歩まざるを得ない運命をあなたは恨むかもしれない。

 けれど申し訳ありません、耐えてください。あなたは――、いや、あなたを含む全ての遺伝子編集児『ムーンリーパー』はこの国を救うために産み出されたのですから。

 だから、お願いです。どうか強く健やかに育ってください。そしてグロウゼビア王国や勇者クラインを倒し、どうか奴らの手からこの国を――日本を取り戻してください」


 男は静かだけど強い力のこもった口調で言った。


 その言葉に僕は戦慄した。

 ニホンなんて国、見たことも聞いたこともないが、ともかく僕はそのニホンとかいう国に生まれたらしい。

 しかも、よりによってそのニホンとかいう国は僕の祖国であるグロウゼビア王国と勇者クラインに侵略されているらしい。


 ――そんな馬鹿な。


 世界を平和にするために魔王を倒した勇者クラインがどうして他国の侵略に手を貸しているんだ?

 嘘だ。きっと何かの間違いに違いない。なあ、そうだよな、そんなことあるわけないよな。

 頼むから嘘だと言ってくれ!


 僕は目の前の男にそう訴えようとした。

 でも、口からは、おぎゃあ、おぎゃあ、という泣き声しか出てこなかった。



 そして、それから月日が流れて……。


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