小話 小公爵夫妻の苦悩
応接室から夫婦の寝室へと移動し、部屋の扉を閉じると夫人は顔を覆って泣き出してしまった。
その肩を抱いてソファへと小公爵が誘った。
「最近のサリエルの変化は、魔術師の特性が現れたのではないかしら?ああ」
小刻みに震えて静かに涙を流す妻の姿に、小公爵も沈痛な面持ちだ。
こんなに夫妻が嘆く魔術師の特性というのは、魔術師の性とも言う。
魔術師はクリスが言ったように、想像力が必要で、それをより多く持つ者が大魔法使いと呼ばれる。
自由な発想で、自由な心で、何物にも囚われず思うがまま
大魔法使いとは、魔術に特化した専門職であるのだが、組織に沿うことは無いのだ。
実際クリスも、公爵家に連なる家門に生まれ早くから魔法の天才と呼ばれ、既に大魔法使いという二つ名を持っているのに、学校を卒業しても仕事に就く気も持ち合わせて居なかった。
自分の父親が、魔術師団の団長だというのに!全く魔術師団に興味も示さなかった。
誰かに縛られながら魔法を使う、などという発想自体を持ち合わせていないのだ。
過去同じように大魔法使いの名を持つ者で、キチンと王国で働いた者は居ない。
従うことの無い巨大な力を持つ者など、王国側から、王家からみたら災いでしかない。
どこの家門からも百年に一度の割合で、巨大な魔力を以て生まれる者が出てくるのだが、そうするとその家門はしばらく王家から目をつけられ非常に肩身が狭い思いをする。
そして、それに嫌気がさしてその者はある日フラりと居なくなってしまうのが常であった。
だから大魔法使いという二つ名は、トーホー王国では、厄介者という忌み名でもあった。
今回は、スコット公爵家からクリスという《問題児》が現れてやれやれ困ったと思っていたら、なんと時を同じくして、公爵令嬢のサリエルまでその恐れが出てしまった。
公爵家の先行きに暗雲立ち込めつつあった。
平均的な貴族の魔力量を持つ土属性しかない小公爵夫人は、サリエルにも普通の令嬢として過ごして欲しい、普通に嫁ぎ普通に子を産み育てて欲しいと、普通の貴族の母親と同じ願いを持っていた。
小公爵にしても、可愛いそして優秀な自分の娘が忌み名で蔑まれるのではと途方に暮れた。
このまま行けば可愛い娘の将来は暗い
そう悲観にくれる夫妻であった。
「大丈夫だ、まだサリエルは5つではないか。私たちがキチンと向き合い愛情を示せば、きっとあの子はわかってくれる。弟が生まれたばかりでみなの注目が弟に行ったことで拗ねて居るかもしれない。」
小公爵は祈るような気持ちで夫人を慰めて言った。
「そうですわね、所謂反抗期と言う時期かもしれません。あの子が大人びた言葉を話すので忘れていましたが、あの子はまだたった5つ。同世代の子供とのふれあいもさせてきませんでしたが、これからは侍従としてガブが居ますし、同じ世代のガブと過ごす中で落ち着きを取り戻すかもしれませんわね。」
「こうなった以上、あの子に正しい魔法を教えられるのはクリスしか居るまい。良くも悪くもクリス以上の魔法使いは王国に居ないのだから。キチンと魔法をコントロールできるようになるまで、キチンと物の道理がわかるようになるまで、サリエルのことは内々の秘密として見守っていこう。」
「そうですわね、それしか無いですわ。学園に通うまでに落ち着いてくれれば良いのですが。」
二人は神に祈る気持ちで娘の成長を願い、それとは別に出来るだけサリエルを人の目につく場所へは出さないようにしようと固く決意したのだった。
お読みくださいましてありがとうございました。
誤字誤謬があるかもしれません。
わかり次第訂正いたします。
いいねなどいただけますと励みになります。
よろしければお願いいたします。