魔法の先生
「なるほど、ガブはガブリエルというのか。南の娼館にいた娼婦の息子で間違いは無いな。父親は不詳と、まあ職業柄そうかもしれんな。しかし、あの魔力量だ、どこぞの貴族か魔術師の落とし種の可能性は捨てきれんな。髪色も目の色も黒に見えるほど濃い紺色など、珍しい色彩だ。」
「はい。娼館の管理人にも聞き取りをしましたが、父親については不詳で間違いないそうです。と、いうのも娼館に来てまもなく妊娠が発覚したので、勤める前に付き合いのあった者との子ではないかということでした。」
「そんな状態でよくその娼館も雇っていたな。」
「はい。オーナーに相談したところ、子を産み体が元に戻ってから仕事をさせれば良いと管理人も言われたそうで、何か訳ありかと思ったようなのですが、そこは黙って指示に従ったと言っておりました。」
「なるほど、なるほど。益々ガブの父親が貴族の可能性が高くなったな。して、そこのオーナーの子というわけではないのだな?」
「はい。あの娼館は先代のロンデール伯爵の妾が伯爵が亡くなった後に開いたようで、訳ありは訳ありでしょうが、オーナーの子という訳ではあるますまい。」
「ほほう、あの先代のロンデール伯に妾がいたのか、それすら話題にも上って無かったな。まあ、そこはおいおいでよい。」
小公爵は執務室で、執事のセバスチャンからガブに関しての報告を受けていた。
サリエルの家出騒ぎの際に一緒にいた少年だったが、あの混乱の中、年の割りに適切な説明をする姿に見所を感じてサリエルの付きの侍従見習いにと雇ったのだった。
一応身辺調査をかけたが、本人の申し出と寸部変わらぬ内容に、正直な性質もみられ公爵家の使用人に相応しいと小公爵は自慢の髭を撫でた。
「して、問題のあやつはどうなった?」
小公爵は眉間に皺を寄せて聞いた。
「はい。本日、言いつけの通り支度をして参ると連絡がございました。」
「では、そのように。」
小公爵は小さく溜め息をついた。
サリエルはあの日以来、非常に機嫌が良い。
あの夜中のお散歩(サリエルの中ではそうなっている)の時に知り合った小さな男の子(年上)が、サリエル付きの侍従見習いになって屋敷にやって来たのだ。
サリエルはあの日魔力切れをおこして寝てしまった。
魔力を極限まで使うと生命の危機なので、その前に無意識にシャットダウンするように人の体はできているのだ。そんなことは露知らず、自己流で初めて魔法を使ったのだ、魔力切れをおこして当然である。
父の小公爵に抱き抱えられて屋敷に戻ると、母の小公爵夫人は泣きながらサリエルの小さな体を抱き締めた。
お抱えの医師の診断をすぐに受け命に別状は無いものの幼い身故に可及的速やかに魔力を補うことが必要と判断され、魔力の供給を母から受けることになった。
そして暫く眠りの魔法をかけられて、深い眠りから覚めた頃には、体調は全く以前と同じように戻ったのだった。
気づけば彼女の近くにあの晩の男の子がいた。
聞けば自分の側仕えになったという。
そしてもう少し体調を整えたら、彼と一緒ならば騎士団の鍛練に加われると父に言われたのだ。
その男の子は執事のセバスチャンに教わった所作で、ガブと名を名乗り挨拶をしたのだった。
「いい、サリエル。もう勝手に出歩いては行けないわ。魔法も勝手に使ってはダメよ。あなたが思うよりも危険っていっぱいあるのよ。」
母は今までにない、幼子に聞かせるように話しかけて言い聞かせた。
「そうですわね、お母様。わたくし、魔法が切れるのがあんなだとは思わなかったわ。知らないことがたくさんあるのね、もっと色々知りたいわ。お母様心配かけてごめんなさい。」
サリエルは母の意図を汲んでいるのか、些か不安が残るが、反省を口にした。
「ええ、そうね。あなたはお勉強はたくさんしてきたけれど、それ以外のことを教えてこなかったことを母も反省しているわ。そこで、あなたに新しい家庭教師の先生を紹介するわ。今日いらっしゃるのよ。」
「え?また家庭教師の先生?」
「ええ、魔法とあなたの知りたいことを教えて下さる先生よ。」
「まあ!魔法の先生!?嬉しい。お母様ありがとう。」
サリエルは喜び母に飛び付いてお礼を言ったのだった。
「初めまして、サリエル嬢。僕はクリストファー、クリスと呼んでくれ。君の父上の従兄弟だよ。僕の母と君の祖父の公爵が兄弟なんだ。」
そう言ってサリエルの前に座ったのは黒髪黒目の若く美しい青年だった。
「まあ、お兄様、そんなにお若いのに父の従兄弟ですの?」
「ああ、僕の母と公爵は一回りも年が離れている上に、僕と小公爵も一回り離れているからね。僕は今年学園を卒業したばかりなんだよ。学生生活が終わってしまって、どうしようと思っていた矢先に、この仕事を小公爵から頼まれてね、ホントに良いタイミングだ!」
クリス先生はそう言うとにこやかに笑った。
貴族的な笑顔ではなく、満面の笑みというやつだ。
「まあ、学園を卒業するのに、お仕事決まってらっしゃらなかったの?我が一門ならば王国魔術師団へとお勤めするのが普通では?」
サリエルが驚いて聞き返す。
サリエルの父は魔法大臣、祖父は王国魔術師団の団長でスコット公爵家とそれに連なる家門の者は魔術師団へと入団するのが暗黙の了解となっている。
それなのに、学園を卒業しても仕事が決まってなかったなんて、(この人魔法使えるのかしら?)そんなことをサリエルは思ったのだった。
「はは、君、僕が魔法を使えないなどと不埒なことを考えただろう?こう見えても僕は学園を首席で卒業しているのだよ、安心したまえ。君に魔法の楽しさを存分に教えてあげよう。」
そうクリスは言うと、話はここまでと言って自身の羽織っているローブのポケット(ポケット?)から水晶を取り出した。
「さて、サリエル、君と、そっちのガブ君だったかな?君たちの魔力適性検査を始める。」
そう言うと、テーブルの上に水晶を乗せて手を翳した。
「さあ、サリエル。僕の手の上に君の手を重ねておくれ。」
言われたようにサリエルが自分の手をクリスの手の上に乗せると、水晶が赤青緑白黒と5色に光った。
「え?ええ?なんと!なんと!サリエル素晴らしいよ。魔力量も10万とか信じられない。」
クリスは興奮の面持ちを向けた。
「では次はガブ、同じように。」
ガブは言われたように、クリスの手の上に自分の手を重ねた。
すると水晶が真っ黒になったが、その真ん中に一筋の光の筋が見えた。
「これはまた珍しい。魔力量も一万と十分だ。よーし、今日から二人とも僕の弟子だな!」
そう言うと、クリスはサリエルとガブを抱き締めたのだった。
「さて、小公爵ご夫妻も席に着かれたので、適性検査の結果を発表する。」
場所を公爵邸の応接室へと移動すると、そこにはサリエルの両親がソワソワした様子で待っていた。
そこに、クリスとサリエル、その後ろからガブがやってきて、勧められるままガブも一緒にソファへ腰かけた。
「サリエルは火水土風闇と5属性を持ち、齢5才現在で魔力量10万だよ、さすがスコット公爵家の直系だね。
ガブは闇属性なんだが微弱な光の属性も併せ持つ非常に珍しいタイプだ。教会の司祭はしっかりした判定が出来なかったのだろうな。光と闇を持つ者など、この世界に何人いるかわからない。魔力量も7才で1万だ、十分才能があるね。」
クリスが小公爵に向かって楽しそうに検査結果を告げた。
「ま、まあ・・・」
その結果を聞いた小公爵夫人はフラりと目眩を覚えた。
「な!」
父の小公爵は一言呟くとそのまま黙ってしまった。
自分の可愛い幼い娘が5属性もあり、魔力量も既に魔術師団に入れるほど。
(なんてことでしょう)
(なんてことだ)
と、二人とも悲壮感に苛まれた様子である。
「お母様、どうされたの?お加減が悪いの?」
サリエルは母の顔色が悪くなったことに気がつき声をかけた。
「いいえ、大丈夫よ。ありがとう、サリエル。」
母はスッと姿勢を正して淑女の仮面を被った。
「お父様、なにかお困りなの?」
今度は父に尋ねる、二人の様子が明らかにおかしい。
「サリエル、その説明は師匠である僕がしよう。
いいかい、良くお聞き。魔法の属性があれば有るほど、魔術師の特性が色濃く出るんだ。魔力量が多いのもね。
僕は君と全く同じ5属性持ちで、今では魔力量は1億以上だろうね、もう測定も出来ないほどだよ。このトーホー王国で僕以上の魔力量がり、属性が多い者は一人も居ない。それでね、僕以上に魔術師の特性が強い者も居ないんだよ。」
クリスが自嘲気味に言った。
「クリス先生、魔術師の特性って何ですの?」
サリエルが小首を傾げて聞いた。
「魔法は想像力が有れば有るほどより魔法が展開できるんだよね、想像する力の源は自由な心。だから大魔法使いは魔術師の特性が強くでる、より自由に何物にも囚われず、気の向くままに、とね。」
クリスがサリエルにウインクをして言った。
「何を良さそうに自分の都合良く子供に言ってるんだ、サリエル、魔術師は『心は自由に、然れど行動は慎重に』が信条だ!それはさておき、これからキチンと魔法の使用について教えてくれるんだな。」
小公爵はクリスを睨んで強い語尾で言った。
「ええ、それは勿論。魔法の正しい使い方を教えますとも。二人ともヨロシクね!」
クリスがサリエルとガブの肩を抱いて楽しげに言った。
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