居なくなった!
公爵邸では、深夜にも関わらず煌々と魔石のランプが灯り、全員体制でサリエルの捜索にあたっていた。
先程まではベッドで寝ていたハズのお嬢様が居ないのだ!
交代の騎士がそっと中を伺ったところ、お嬢様のルームシューズが無い、おかしいぞとベッドをみるとそこには誰も寝ていない。
急ぎ、父の小公爵と騎士団長に報告しての大捜索が始まった。
「お、お前たち、何をしていたんだ!」
大激怒の小公爵を前に、扉番の騎士は平謝りであるが、本当に先程まで居たのだと、交代の瞬間の数分、いや一分位の時間で居なくなったのだが、そんなハズがあるかと怒鳴られた。
「勝手戸の施錠が開いています。お嬢様は外に連れ出されたのでは!?」
捜索していた執事が鍵が開いているのを見つけて、
《誘拐!?公爵邸で!?》
と一同に戦慄が走った。
と言うことは、魔法使いか闇ギルドの者が絡んでいるのではないか、と悪い方へと意識が流される。
「な、なぜサリエルが!」
母親の小公爵夫人が泣き崩れる。
「わからぬが、どこぞの貴族の恨みを買ったか、サリエルの才能を聞き付けた者に拐われたか、もしくは他国の工作か!とにかく王国騎士団と憲兵に至急連絡だ!団長、公爵邸の警備を残して、速やかにサリエルを探せ!私も捜索に加わる。」
「御意」
大捜索が始まった。
一方同時刻、闇ギルドの見張りが中を覗くといるハズの小僧が居ない。
中に入って見てみると、壁に小さな穴が空いていた。
「あんの、小僧、逃げやがったな!」
「ど、どうやって。」
「みりゃわかんだろ、あの小僧魔法で穴を空けて出てったんだ!司祭め何がまだ魔法は使えないだ!いい加減なこと言いやがって。」
「お前たち、探せ。小僧を探して連れてこい。足や手の一本二本折ってでも連れてこい!」
報告を聞いた、あの豚鼻の男が青筋を立てて、子分に命令していた。
「なんか慌ただしい足音が聞こえませんこと?」
身の上話を木箱の上でしていたサリエルとガブは遠くから聞こえる騒がしい声と足音に気がついた。
「あ、ギルドの奴らに抜けたのバレたか!」
ガブは頭を抱えた。
「まあ、そうですのね。ではここから逃げますか?」
サリエルは何でもないように言ってのけた。
「え?どうやって?」
「魔法を使ってですわ。《闇のローブ》」
サリエルが魔法を詠唱し、先程の倍の大きさのローブが二人を包む。
『シズカニススメデスワ』
小さい声でサリエルが指示し、ガブは首肯した。
二人で足音と反対方向に向かって歩き出した。
足音をさせないように、ゆっくり静かに。
そして、大通りの明るい街灯の下までやって来た時、
「いたー!親方、居ましたぜ!こんの小僧、手間かけさせやがって!」
闇ギルドの子分全速力で走って向かってきた。
「え?なんで見えてるの?」
ガブが自分の姿が見えることに驚いてサリエルに聞くと、
「どうやら、魔力切れのようですわ。ローブの大きさが二倍になったので随分くたびれました、もうここまでのよう、で、す、わ・・・」
そう言って、ガクンと崩れ落ちそうなサリエルの体を支えてガブが立ちすくんだ。
(ええー絶対絶命じゃーん。あーどうしよー)
「誰か、誰かたすけてーーーーーーーー!」
ガブが大きな声で叫んだ。
深夜の大通り、他には音がなく静かな時間帯だ。
かなり遠く離れた場所まで声が響いた。
「この小僧、お前のせいで俺たちが叱られたじゃねーか!なんだ、その小娘どうした!」
闇ギルドの子分たちがワラワラと集まって来て、ガブたちを取り囲む。
「なんだ、その娘良い服着とるな。貴族の娘か!お前どうした?拐ったか?」
「この娘も連れて帰りゃ親方の機嫌も直るだろう。」
「そうだな、結果オーライよ」
ニタリと笑い、ジリジリと迫り来る闇ギルドの子分。
(もう逃げれない、巻き込んでごめんよ。)
せめてサリエルが痛い思いをしないようにとガブが自身の体を盾にして守りの姿勢になった。
「おーお、いっちょ前にナイト気取りかよ。ハハン」
と、子分がガブの肩に手をかけた瞬間、その手をスゴい力で掴まれた。
「お前たち、こんなことしてただじゃおかないからな、覚悟しろ!」
公爵家騎士団の団長の怒声が響き渡った。
そこには公爵家だけでなく王国騎士団、憲兵までもワラワラ集まっており、一瞬で全員が捕らえられた。
その後、ガブからの話から闇ギルドの事務所へと踏み込み、全員捕縛、あの豚鼻の親方も西教会の司祭も児童誘拐の罪で捕まり、闇ギルドは解体されたのだった。
「君は誰だ、うちのサリエルとどういう関係だ」
ガブの前に、黒髪にカイゼル髭の身形の良い貴族が突然現れ、クタリと寝てしまったサリエルをガブから奪うと抱き抱えた。
「あ、あ、ガブと言います。闇ギルドから抜け出して路地に隠れている所をか、彼女に声をかけられて。そうしたら闇のローブという魔法を使って逃げようと言われたのですが、ここまで来て魔力切れと言ってました。」
ガブが、初めてみる高位貴族にブルブルと震えながら説明をした。
きっとこの女の子の父親だ。
自分が拐ったと思われたらどうしようと考えていると、
「な、なに!?闇のローブと言ったのか!確かか?」
「は、はい。魔術書を読んでできるようになったから家を抜けるのに使ったと言ってました。」
ガブはサリエルから聞いた話を精一杯思い出して伝えた。
「なんと!君、とにかくここではなんだ、我が家へと来たまえ。騎士団長、この場は任せたぞ。私はサリエルを先に連れて戻るからな。」
「お任せ下さい。後程、王国騎士団長と共に向かいます。」
「では、君。もう少し私の近くに寄りなさい。」
すると、光に包まれて一瞬で情景が変わった。
移動するとすぐに、執事という人に連いて行くよう言われ、そのまま進むと、メイドに風呂に入れられ、身支度を整えられた。
「ここはどこですか?貴族様のお屋敷ですか?」
ガブが所在無げにメイドに聞くと、
「ここはスコット公爵家です。」
メイドは丁寧に答えた。
「げ!公爵家!ではあの女の子、公爵家のお嬢さんだったんだ!」
ビックリして、ひどい言葉使いになってしまう。
「そうですよ、夜中に居なくなってしまって、誘拐されたかとみな大騒ぎだったのです。無事で良かった。」
「本当ですよ。さて、支度が整いましたね。ご主人様がお待ちです。こちらへ。」
風呂の前に会った執事について歩いて行くと、重厚な扉をその人がノックした。
「入れ。」
「失礼します。」
ガブが入室すると、その部屋のソファに小公爵夫妻が並んで座っていた。
「どうぞ、腰かけて。さて、君の話を聞かせて欲しい。そして今日起こったことも。」
そういう小公爵に、自分の身の上話から始まり、東の孤児院のはずが西の孤児院へ入れられたこと、魔力適性検査で闇属性で魔力量が一万と出たこと、翌日その司祭のお使いで行かされた場所が闇ギルドでそのまま捕まったこと。
暗殺者に成りたくないと逃げることを決意して穴を空ける魔法を使って逃げたこと、疲れて木箱の上で休んでいたら、暗闇から声がして幽霊かと思ったこと。
それがお嬢さんだったこと。闇ギルドの追手から逃げるためにお嬢さんが《闇のローブ》という魔法を二倍の大きさでかけてくれたけど、魔力切れで見つかったことを話した。
「あのね、ガブちゃん。うちのサリエルも闇ギルドに拐われていたのではないの?」
サリエルの母親と思われる人が祈るような感じで聞いてきた。
「いや、拐われていません。《闇のローブ》という魔法を使って勝手戸から自分で家出してきたと言ってました。」
「なんてこと!」
「なぜ家出したか理由は聞いたかね?」
夫人は泣きそうな顔をして体を震わせていて、小公爵は苦虫を噛んだような顔をして聞いてきた。
「・・・聞きましたけど。」
「教えてくれ。聞いたことで君の不敬はもちろん問わない。」
「お父様もお母様も誰もわかってくれないのよ。わたくしはやらなければならないことは全部やってきたのに、わたくしがしたいことはさせてくれないのだもの。わたくしはもう自分でしたいことをするのだわ!と、言ってました。」
「・・・そ、そうか。して、やりたいこととは何だと?どこにいくつもりだったのだろうか?」
「それが、まだあまりはっきりわからないそうです。行き場所は決まってないと言ってました。」
「・・・え?ではなぜ家出を?」
「《闇のローブ》の魔法がとりあえず出来たから家を出てみたと言ってました。」
「あなた!」
「そ、そうだな。規格外ではあるが、サリエルはまだ齢5才の子供だ。」
「そうですわね。少しお勉強をさせ過ぎたのかもしれません。あの子に必要なのは年相応の経験なのかもしれませんわ。」
「そうだな。そこでだ、ガブ君。君が良ければ我が公爵家で仕えないかな?サリエル付きの侍従としてだが。」
小公爵様が片眉をクイっと上げて聞いてきた。
そうして、ガブは公爵家の侍従見習いになったのだった。
主な仕事はサリエルの付き添い、サリエルの見張り、サリエルの稽古の相手、サリエルの見張り、サリエルの話し相手、サリエルの見張りだった。
(めちゃくちゃ見張りが多いなー)
しかし、闇魔法を使うお嬢様の見張りは同じ闇属性の自分が向いているのだそうだ。
サリエルと一緒に、公爵家騎士団の鍛練場での訓練を公爵家騎士から一緒に受け、魔術師の家庭教師に習って魔法を一緒に覚え、マナーや語学、領地経営などの講義も一緒に受けた。
読み書き計算くらいの簡単なことを娼館の管理人夫婦に習っただけのガブには難しかったが、そこはわかるまでじっくりとサリエルが教えてくれたので、気がついたら授業についていける位にはなっていた。
そうして、サリエルとガブはお嬢様と侍従という枠を越えて年を重ねて行くのだった。
お読みくださいましてありがとうございました。
誤字誤謬があるかもしれません。
わかり次第訂正いたします。
いいねなどいただけますと励みになります。
よろしければお願いいたします。