ガブとの出会い
父に見張りをつけられ、部屋から自由に出れなくなったサリエルは非常に憤慨していた。
(何よ!我が儘だと決めつけて!わたくしのは我が儘では無いわ。お父様なんて大っ嫌い!もう出てっちゃうから!)
サリエル齢5才である。
なんだかんだ言っても、子供である。
しかし、この5才児、並大抵の5才児ではない。
部屋に閉じ込められているその間に、魔術書を読みながら魔術の練習を始めた。
魔術書にある魔法の中で、家出に使えそうなモノを探す。
すると《闇のローブ》という魔法を見つけた。
ちなみに魔法は自身が持っている属性によって使える魔法は限定される。
火・土・水・風・闇・光
この六属性のどれかだ。適正があり、且つ魔法を発現出来るほどの魔力量が無いと魔法は使えない。
特に光と闇の属性を持つ者は希少で滅多に存在しない。
魔力量は体の大きさによって変化するので、大体の子10才になる頃に教会で適性検査をしてもらいそれから魔法の練習を始める。
そして貴族学園に入ると、必須科目として魔法の授業を受けることになるのだ。
トーホー王国では平民もみな魔法を使うが、大体平民の持つ魔力量は少なく、それは小さい火を起こしたり霧雨ほどの水を出したり程度の小魔法で、そういったモノを生活魔法と呼んでいる。
一方貴族は魔法特性があり魔力量も多い者が多いので、そういった者が使う魔法を大魔法と言い貴族学園で習うのはこの大魔法である。
そんなことは知らないサリエルは、魔術書をパラパラと捲り《闇のローブ》の術式を読み始めた。
闇属性がなく、魔力量も無ければ魔法を詠唱したところで魔法は発現しない。
例え、属性があり魔力量があったとしても、魔法とは想像力である。
どんな様子で、どんな大きさで、どんな使用で、どうしたいか
それを明確に頭に浮かべ無ければ、これまた発現しない。
しかし、5才児の想像力は無限であり、しかもサリエルには一万書の蔵書から得た知識もある。
そして、魔法大臣の父を持ち、優秀な魔術師を数多輩出する魔法の名門貴族の血を色濃く継いでいる。
サリエルが魔法詠唱を終えると、その身を闇のローブが包んでいた。
「出来たんじゃない?」
そうサリエルが思うと、部屋の姿身の鏡の前に立った。
鏡には何も映っていなかった。
(成功しちゃった!!)
サリエルはこれで抜け出せると自信を深め、深夜寝静まったころに家出を決行しようと決めた。
トーホー王国の王都の南の外れ、あまり治安の良くない場所、飲み屋や連れ込み宿の立ち並ぶ区画にそこそこ高級な娼館があった。
そこには数十名の娼婦が生活していた。
そこで生まれた娼婦の息子ガブリエル、通称ガブがいた。
母はその娼館の売れっ子だったこともあり、ガブはそこで生まれ育った。
しかし年の始めに引いた風邪が元で呆気なく死んでしまった。
娼館の管理人はガブをそのまま引き取っても良いと言ってくれたが、亡くなる前に母親から『自分が死んだら王都の東の孤児院に行きなさい』と言われていたのでそうすることにした。
しかし、なんの手違いか東の孤児院では無く西の孤児院へと連れて行かれたガブは、そこで入所にあたって魔力適性検査を行った。
まだ7才のガブは体も小さく娼婦の子、対応した司祭は魔力も適正も期待できないと思っていたが、ガブは闇属性であり、魔力量も一万と平民成人男性の百倍もあることがわかった。
(あの娼館はそこそこ高級だ!どこぞの貴族か魔術師の種を受けたのかもしれんな!ニヒヒ)
ガブは孤児院に入所した翌日に、その司祭に頼まれて、西の外れの建物へとお使いに出された。
「すいません、これを西教会の司祭様より預かりました。」
そう言って中へ入ると、持たされた手紙を受付に渡した。
程なくして、ガブは地下牢に囚われることになったのである。
「なんだ、え?なにするんだよ!」
必死に暴れて抵抗するガブの頬をビシッ大柄な豚鼻の男が打った。
「お前、魔法の適正があるみていだな。お前をどっかの暗殺者集団に売ってもよし、この闇ギルドで暗殺者に仕上げても良しなんだよ!お前は司祭に売られたのさ。よく覚えときな、この世は騙される方が悪いのさ!ハハン」
そう言うと肩に担いで地下牢に放り込んだのだった。
ガブは悩んでいた。
ここに居るにしろ、売られるにしろ、暗殺者にさせられるんだ、と。
生まれてから育った娼館は、世間じゃ良い場所とは言われないだろうが、娼婦の姉さんたちは幼いガブを可愛がってくれたし、管理人の夫婦も母親が仕事の時は一緒に飯を食ったり病気の時は看病してくれたりと世話好きな人で、母親は娼婦でありながらもどこか浮世離れした呑気な優しい人だった。
そんな生活をしてきたガブは、暗殺者にはなりたくねーなーと思った。
さて、なんとかここから抜け出せないかと壁を触ってみたり、耳をあてて音を聞いてみたり。
すると、鉄格子の左側の壁の向こう側の音が微かに聞こえる。
(この向こう側は道路なのか)
それがわかったガブは頭の中で、壁に自分の頭が通るくらいの穴が空くイメージをして強く願った。
《穴よ空け!!!!》
(なんてな、穴が空いたら良いのになー。魔力があるって言われたんだ、今こそ魔法が使えたらな。)
魔法の呪文もわからない。
魔方陣も無い。
でもガブは願った。
《ここから出れる穴よ空け!》
何度目かの願いをした時、不意に壁に手の平ほどの穴が空いた!
《穴、空いたじゃん!もっと空け!》
そうして、夜半過ぎになる頃にガブの頭が通るくらいの穴が空きそこから外に逃げ出したのだった。
一方、こちらも夜半過ぎの公爵邸。
《闇のローブ》の魔法を成功させたサリエルは、そうっと部屋を抜け出した。
ちょうど、騎士の交代時間。
部屋を出て、従業員の出入りする勝手口のドアを開けて外に出た。
そうして、サリエルはどこへ行くとも無く初めて公爵邸から外に出たのである。
屋敷の前の大通りをとりあえず真っ直ぐ進む。
どこへ行くという当てがある訳でもないのだ、とにかく真っ直ぐ進んでみた。
暫く歩くと、とても疲れて足が痛くなってきた。
サリエルはルームシューズで石畳を歩いていたのだ。
疲れたし足は痛いし、横を見ると木箱が積んである。
(少し、あそこに腰かけて休憩しましょ)
サリエルは脇の路地に入り、木箱に腰掛けようとした。
そこには先客が居た。
黒髪の小さな男の子。
『ねえ、あなたこんな夜更けにどうしたの?』
男の子はキョロキョロと辺りを見回すが、誰も居ない。
(え?空耳?それともお化けか幽霊か!こわー)
そんな恐怖に怯え出した男の子は
『ねえ、聞こえないの?あなたどこの子?』
確かに話しかけられていた!!
「これは神様の声かな?子供の声っぽいから天使かな?それともお化け?」
男の子は小さく震えながら呟いた。
「あ、そうね。あなたにわたくしが見えないものね。ちょっとお待ちになって。」
そう言うと、突然目の前に、絹のサーモンピンクのネグリジェを着た女の子が現れた!
「う、うわー!」
男の子はビックリして声をあげてのけ反ると木箱から転がり落ちてしまった。
「あら、大丈夫?ねえあなたこんな夜更けにどうしたの?」
先程と同じことを女の子が聞いてきた。
「君こそ、どうして突然現れたんだ!天使様?」
男の子が聞いた。
「まさか、天使では無いわ。金髪じゃないもの。わたくしはサリエル。魔法を使って家出してきたのよ。あなたは?」
「え?天使って金髪なの?俺はガブ。悪い司祭に闇ギルドに売られて捕まってたんだけど、魔法で逃げてきたのさ。」
そして、二人は木箱に腰かけて、暫しお互いの身の上話をするのだった。
お読みくださいましてありがとうございました。
誤字誤謬があるかもしれません。
わかり次第訂正いたします。
いいねなどいただけますと励みになります。
よろしければお願いいたします。