リヒャルト様のお薬実験 2
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二日後、アリセさんがおどおどしながらヴァイアーライヒ公爵邸にやって来た。
実は、アリセさんがお薬が欲しいとやって来てから、アリセさんはヴァイアーライヒ公爵邸を訪れていなかった。
本人も気まずかったと思うけど、ベティーナさんがわたしに会わせることを警戒していたからだ。わたしに直接、お薬をくださいって願い出る危険があって、そうなったらわたしは断りにくいだろうと思っていたらしい。
……ベティーナさん、大正解!
リヒャルト様から身内以外へお薬をあげるのはだめと言われたけど、直接お願いされたらわたしもとても断りにくい。
世間的には聖女の薬はとても貴重なものだっていうのはわかっているんだけど、わたしにとってはすぐに作れるものでもあるからね。
どうしても簡単に作れるんだから少しくらい融通してあげても……という気持ちになってしまう。
ベティーナさんはわたしのことを考えてアリセさんを遠ざけたけど、結婚式のドレスの候補からアリセさんのデザインを外したわけじゃない。
むしろ、アリセさんがデザインしたドレスで進めたかったみたいだけど、アリセさんを呼べないからどうしたらいいのかわからずに保留にしていたみたい。
旧王宮の聖女の仕事場が稼働したから、そちらからアリセさんがお薬を仕入れることが出来たら呼ぼうと思っていたらしいけど、旧王宮で作られたお薬の販売はまだはじまっていなかった。
旧王宮で働く貴族に籍を置く聖女たちは暇な時に仕事をしてくれているだけだから、生産が安定しない。ゆえに売るにしても希望者全員にはいきわたらないため、どのようにして販売するか議論されているという。
これまで神殿から聖女の薬を仕入れていた医療機関も、聖女の薬の値段が跳ね上がったせいで、旧王宮で作られた方の薬の提供を希望しているんだって。
それから、騎士団とか、各地を治める領主様たちも手を上げているらしい。
……旧王宮のお薬大人気だけど、さすがに希望者が多すぎるね。
こういう状況なので、一般希望者に薬の販売がはじまるのはいつになるかわからないし、なっても抽選だろうとのことだった。
そこで、リヒャルト様の「治験」である。
わたしの作ったお薬――しかも、世に出すか悩んでいるゴジベリーのお薬を使うので、治験対象者は情報を口外しない者に限られるし、契約書にもサインしてもらうことになる。
だけど、「治験」という名目で、薬を必要としている人の一部には薬の提供が可能となった。
国王陛下は悩んだそうだけど、状況が状況なだけに、リヒャルト様の治験に許可を出したんだって。治験には騎士団も協力してくれるそうで、逆に治験という名目でゴジベリーのお薬を提供することによって、旧王宮の薬の提供を待ってもらうそうだ。
さすがに各地の領主様は、情報規制が難しいし、彼らは万が一の時に持っておきたいだけで今すぐ使うわけではないから治験には参加させられないみたいだけど。
医療機関についても、どこまで情報規制ができるかわからないので保留。
だから、リヒャルト様やわたしの周りで、情報を外部に漏らさない者と騎士団限定で治験を行うことになったんだって。
その、「わたしの周りで情報を外部に漏らさない者」の中に、なんと、リヒャルト様がアリセさん――正確にはアリセさんの娘さんを候補に入れてくれた。
アリセさんにはゴジベリーのお薬を飲んでもらったことがあるし、これまでアリセさんがそのことを外部に漏らした様子はない。だから信用してもいいだろうってリヒャルト様が判断したのだ。
ヴァイアーライヒ公爵邸のサロンに通されたアリセさんは、部屋に中にわたしとベティーナさんだけじゃなくてリヒャルト様までいたことに驚愕して、部屋に入るなり青ざめてしまった。
「お久しぶりですアリセさん! こちらへどうぞ」
アリセさんが頭を下げたまま動かなくなっちゃったから、わたしが声をかけると、アリセさんがおずおずと顔を上げる。
「本日はご相談があってお呼びいたしました。それに、ドレスについてもそろそろ決めたいですからね」
ベティーナさんが穏やかに微笑んで言うと、アリセさんはちょっとだけホッとした顔になった。もしかしたら、何か咎められると思っていたのかな。
アリセさんがソファに座ると、全員分のお茶が運ばれてくる。
一緒にわたしのお菓子も運ばれて来た。
説明はリヒャルト様がするから、わたしは余計な口出しはしないようにと言われている。
わたしが話に入ると脱線するからだって言われた。その通りなので、わたしはお菓子を食べながら、アリセさんの緊張を和らげる役である。
……リヒャルト様が、わたしがお菓子を食べていたら場が和むって言ったからね! よくわからないけど、そういうことなら頑張ります!
「スカーレット、そんなに一度に詰め込まず、ゆっくり食べなさい」
張り切ってもぐもぐしようと思ったら、リヒャルト様から注意が入った。両頬がぷっくりと膨らんでいるわたしを見て、アリセさんが目を丸くしている。頑張りすぎたらしい。
とりあえず口の中に入っているものを咀嚼して飲み込んで、次は少しずつ食べる。
リヒャルト様はわたしが一度に口にお菓子を詰め込まなくなったのを確認して、アリセさんに向き直った。
「今日呼んだのは、先日スカーレットが君に使用した薬の治験について相談があったからだ」
リヒャルト様を前に、アリセさんはガチガチに緊張しているみたいだった。「はい」と蚊の鳴くような声で返事をして、膝の上でぎゅっと手を握り締めている。
リヒャルト様はちょっと困った顔になって、あまり話を長引かせない方がいいと判断したのか、室内にいたゲルルフさんに目配せする。
ゲルルフさんがローテーブルの上に契約書と、それからわたしの作ったゴジベリーの薬を置いた。
アリセさんがハッと息を呑んで、ゴジベリーの薄ピンク色の薬に釘付けになる。
「これはスカーレットが新たに作った薬だ。従来の聖女の薬の効果に加え、疲労回復効果があると思われる。この薬を世に出すか否か、また、効果のほどがどのくらいかを調べるために、アリセ、君に協力してもらいたいと思っている」
リヒャルト様はすっとアリセさんの方に契約書を差し出した。
「もちろんこれは強制ではない。協力してくれるとしても、君はあくまで善意の協力者だ。しかし、この薬の情報が外部に漏れるのは困るため、協力してもらえる場合はこの契約書にサインをしてもらうことになる」
「あ、あの……、それはつまり……」
アリセさんが戸惑ったような顔で、リヒャルト様と薬、そしてわたしを見る。
治験という言葉にピンとこないのか、もしくは自分が想像していることとリヒャルト様が言おうとしていることがイコールなのかがわからなくて反応に困っているのかもしれない。
だけど、何度もゴジベリーの薬に向くアリセさんの視線には、期待が入り混じっているのがわかる。
「君の娘は病気だと聞いた。長く臥せっていては体力も落ちていることだろう。この薬を使って体調の変化を見てもらいたい。細かいデータを取るため、薬を使用する前と使用時、その後の体調の回復度合いを調べるため、私が懇意にしている医師を派遣することになる。情報を秘匿とすることと、これらのことに同意できるのであれば、君の娘を治験の対象に加えたい」
アリセさんが弾かれたように顔を上げた。
「それは、つまり……聖女様のお薬を、娘のために融通してくださると、そういうことでしょうか?」
「融通ではない。あくまで治験だ。君と君の娘は善意の協力者。頼むのはこちら側だ」
リヒャルト様が、アリセさんが恩に感じないように、あくまでこちら側の要望だと念を押すけど、アリセさんはすでに目に一杯の涙をためていた。
震える唇で何かを言いかけて、声が出なかったのか、アリセさんは何度も何度も頷く。
リヒャルト様がやわらかく目を細めて、ゲルルフさんに目配せした。
ゲルルフさんがインクとペンを持ってやってくる。
「協力していただけるようならサインを。医師をすぐに派遣しよう。薬はその際に持たせる。いいだろうか?」
「はい……はい……!」
ぼろぼろと泣きながらアリセさんがサインをする。
契約書とゴジベリーの薬を持ってゲルルフさんが去ると、リヒャルト様が腰を上げた。
「それでは私は失礼しよう。ここにいては緊張させるだけだろうからな。……落ち着いたら、ベティーナと、スカーレットのドレスについて話を進めてくれないか。スカーレットは、君のデザインが一番気に入ったようだ」
「こ、公爵様……あ、ありがとうございます……!」
アリセさんが震える声を絞り出す。
リヒャルト様が振り返って、ゆっくりと首を横に振った。
「私に礼は必要ない。……もしそれで君の気がすまないのなら、礼はスカーレットに。スカーレットがあの薬を作らなければ、そもそも治験をすることはなかったからな」
それを言うなら、ゴジベリーでお薬が作れるって教えてくれたお医者さんが一番感謝されるべきじゃないかな。教えてもらわなかったら作らなかったと思うし。
でも、わたしまで「わたしじゃなくてお医者さんに……」なんて言い出したらアリセさんが困りそうな気がしたので、アリセさんの感謝はわたしが先生の代わりに受け取っておくことにする。
ありがとうございますって言うアリセさんがどれだけ嬉しそうな顔をしていたかは、今度お医者さんに会ったときに教えてあげよっと!
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