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【書籍化】燃費が悪い聖女ですが、公爵様に拾われて幸せです!(ごはん的に♪)  作者: 狭山ひびき
学園生活を謳歌します!

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エレン様の出した答え

お気に入り登録、評価などありがとうございます!


ちょっと長めです!

 イザーク殿下のことを、ちょぴっと見直したこともありましたけど……参謀三号はやっぱりポンコツでした。

 終業式のあと、わたしは血の気が引く思いで理事長室に用意された席に座っていた。

 理事長室内には、イザーク殿下、エレン様、ベルンハルト様とシャルティーナ様、そしてリヒャルト様とわたしがいる。

 長方形のテーブルの、上座にベルンハルト様とシャルティーナ様。扉から見て右側にエレン様とリヒャルト様とわたし。そして左側に、ぽつんとイザーク殿下が座っていた。


 ……どう見ても、席の並びがおかしいよ。三対一って……。


 エレン様は優雅に微笑んでいるけれど、どこか元気がない。

 それもそのはず。

 エレン様は夏季休暇を前に、ついに決断を下すことにしたのだ。

 夏には多くの領地持ちの貴族が領地に帰るため、学園も長期間の夏季休暇に入る。

 このまま夏季休暇に突入すると、エレン様は本格的に結婚準備に取り掛からなくてはならない。

 その前にイザーク殿下とお別れするつもりだと教えられたのは、三日前のことだった。


 ……殿下がぐずぐずしているから、エレン様が決断しちゃったじゃない!


 わたしとイザーク殿下が探偵まがいのことをやってから今日まで、それほど日にちがあったわけではないのは事実だ。

 だけどっ! エレン様に優しい言葉の一つや二つかけて、ついでにこれまでのことをごめんなさいする時間はあったはずなのだ。


 ……ポンコツ三号め~‼


 ほら謝れ、いますぐ謝れと、できることなら口に出してしまいたい。

 だけど、わたしがこそこそしていたことをエレン様とリヒャルト様は知らない。ここで余計なことを言うわけにはいかないのだ。

 じーっとイザーク殿下を睨んでいると、殿下の顔色が悪いことに気が付いた。

 何やら狼狽えているような気がするのだが、どうしたのだろう。もしかして、エレン様にサヨナラされる気配を察したのだろうか。察したなら今すぐに挽回してほしい。さあ!

 だけどそんな祈りも虚しく、エレン様が抑揚のない声で言った。


「殿下、お忙しいのにお時間を頂戴して申し訳ございません。本日は、大事な話がありまして、こうして時間を作っていただいた次第です」


 ……ああっ、カウントダウンがはじまっちゃう!


 ガーンとショックを受けていると、隣のリヒャルト様がすっとケーキをお皿を前においてくれた。

 反射的にフォークを握って、チーズケーキをもぐもぐしながらエレン様の方をちらちらと見る。


 ……ケーキ美味しい! でもエレン様がっ!


 本日、リヒャルト様とわたしは「見届け人」という立場であるらしい。

 国王陛下は安易に動けないため、この場でリヒャルト様は国王陛下の名代という立場でもある。

 エレン様は一度、きゅっと唇を噛んで、大きく息を吐き出してから続ける。


「殿下……、本日は、殿下とわたくしの婚約関係について、ご相談が……」

「待ってくれ」

「むぐ!」


 イザーク殿下がすっと片手をあげてエレン様を制した。

 ごめんなさいをする気になったのかと期待して顔を上げると、リヒャルト様がわたしの「むぐ!」をケーキをのどに詰まらせたと勘違いして、とんとんと背中を叩きながらティーカップを差し出してくる。


 ……いえリヒャルト様、のどに詰まったわけじゃあありませんよミルクティー美味しい!


 差し出されたからこれまた反射的にミルクティーを飲み干して、わたしの手はまたチーズケーキに伸びる。


 ……頑張れ参謀三号!


 わたしの中の期待値はぐんぐん膨れ上がって言ったけれど、イザーク殿下の口から出たのは、「ごめんなさい」の一言ではなかった。


「その前に、僕からも報告がある。エレンの話はそのあとでも構わないだろうか」

「それは構いませんが」


 エレン様が戸惑ったように目をぱちぱちさせて頷いた。

 ごめんなさいの一言はなかったけれど、エレン様が「さようなら」を口にするのがほんの少しあとになったから、まあよしとしよう。

 というか、イザーク殿下の報告って何だろう?

 チーズケーキがなくなると、今度はカトルカールのお皿が差し出されたので、もちろんいただく。バターの風味がじゅわっと濃厚で美味しい!


「ロバート」


 イザーク殿下が短く呼べば、天井から誰かがすっと音もなく飛び降りてきた。


 ……お、おおおおお‼ これが隠密! 暗部! カッコいい‼


 天井と、ロバートと呼ばれた黒い騎士服を身に着けた男性とを何度も何度も見比べていると、リヒャルト様がこめかみを押さえた。


「リヒャルト様リヒャルト様、貴族の……」

「あれは、心得でも何でもないし、教師を手配するつもりもない」


 ……だめだった!


 わたしとリヒャルト様がこそこそしていると、イザーク殿下がロバート様に何かを命じている。

 今度は扉から部屋を出て行ったロバート様が、しばらくして、三人の女の子たちを連れてきた。


 ……あれ?


 彼女たちを、わたしは知っている。


 ドロティア・ビュルク伯爵令嬢。

 グレンデ・ビュッフェン伯爵令嬢。

 レーネ・ビュッフェン伯爵令嬢。


 イザーク殿下のお友達だ。


 エレン様は驚いたようだけれど、ベルンハルト様とシャルティーナ様を見ると、特に驚いた様子もないから、もしかしたらイザーク殿下から事前にご相談を受けていたのかもしれない。

 三人の令嬢は三人とも視線を下にうつむかせている。

 ロバートさんが、扉の横に三人を立たせたまま、退路を塞ぐように扉の前に立った。

 イザーク殿下が、鞄から分厚い紙の束を取り出して机の上に置く。


「エレン、まず君に謝罪を。僕はずっと君が置かれている状況に気づかなかった。君から相談を受けたこともあったと言うのに耳を貸さなかった。ごめん」


 ……やった! ついにイザーク殿下が謝りましたよ!


 嬉しくなってエレン様の反応を伺うと、ものすごく戸惑った顔をしていた。

 まあ、突然三人のご令嬢が連れて来られて、イザーク殿下が謝罪すれば、何事⁉ と思うのは仕方がない。

 というか、あの三人のご令嬢はいったいなんで呼ばれたのだろう。


「こんなものが謝罪になるかどうかはわからないが、エレンが置かれていた状況、そして、エレンに危害を加えていた人物について僕なりに調査をしてみた。これが調査報告書だ。中身を確認してほしい」


 ……参謀三号、いつの間にそんなことを? というより、あの二人の女の子だけじゃなかったんですか? そして、どうしてわたしをお誘いしてくれないんですか? エレン様に意地悪している人を探そうって言ったのはわたしですよ!


 のけ者にされたみたいで面白くないなぁと口をとがらせていると、リヒャルト様がこちらを見ていることに気が付いたので、すんとおすまし顔をしてみた。

 危ない危ない。わたしがこそこそしていたってばれたら大変! お説教のフルコースになっちゃう! 食べられないどころか逆にお腹がとってもすいて胃まで痛くなりそうなフルコースなんていらないよ!

 エレン様がおずおずと紙の束に手を伸ばす。ベルンハルト様たちをちらりと見て、二人が頷くのを確認してから中に目を通した。


「時と場所、その時に関わった人物、指示を出した人物……それから、その裏にいる人物。すべてをまとめている。これは、父上……陛下にも、事前に確認してもらった。今までどうして気が付かなかったんだと怒られたよ」


 まあそうだよね。エレン様が意地悪されはじめたのは、ここ最近だけじゃないからね。

 ベルンハルト様もエレン様の希望で陛下に報告していなかったのなら、陛下がご存じなくても仕方がない。


「一歩間違えれば、命に関わっていたようなものもあった。これほど悪化するまで放置していたのは僕の落ち度だ」

「……いえ、わたくしも、広まらないようにしておりましたから」


 エレン様が静かな声で、けれどもまだ戸惑っている様子で言う。

 イザーク殿下は首を横に振った。


「君は、僕のために黙ってくれていたのだろう? 調査を進めて君がこの件を表沙汰にしなかった理由がわかったよ。……僕の友人たちが、裏で糸を引いていたからだったんだね」


 イザーク殿下が、ドロティア様たちに視線を向ける。

 三人はイザーク殿下の視線を受けてびくりと震え、さらに深くうつむいた。


「令嬢たちに指示を出していたのはこの三人だ。そして、カースティン・ボダルト侯爵令息……いや、彼の父であるボダルト侯爵が裏で糸を引いていた。僕とエレンの婚約を破談に持ち込み、ボダルト侯爵令嬢を後釜に据えるために」

「……ボダルト侯爵はまだ諦めてなかったのか」


 リヒャルト様がそっと息を吐き出す。


「お前のときもしつこかったからな」


 ベルンハルト様が微苦笑を浮かべていた。

 どうやら過去にも何かあったようですね! あ、そう言えばリヒャルト様の妻の座を狙っていたという話を聞いたことがある……気がします!


「あの家は夫婦そろって権力が好きですからね。私が相手にしないとわかれば、今度はイザークの妻の座を狙うことにしたのでしょう。イザーク、そこまで掴んでいるのなら、ボダルト侯爵の身柄は確保しているのか?」

「はい。秘密裏にボダルト侯爵夫妻、カースティン・ボダルト侯爵令息の身柄は確保し、城の一室に閉じ込めて尋問を行いました。今回の騒ぎを表に出すかどうかは陛下とクラルティ公爵の判断になるでしょうから、一部の人間にしか知られていません」

「それがいいだろうな」


 エレン様が紙の束を何度も何度も確認しながら、ぱちぱちと瞬きを繰り返していた。


「そのリストにある令嬢たちをどうするのかは、最終的にエレンの意見に任せようと思っている。人数が多いため、全員を退学に……ということになれば、騒ぎに気付かれることもあるだろう。だが、彼女たちと同じ空間ですごしたくないと言うのならそれでもいい。陛下は僕が説得する」

「……学園を去っても、社交界で顔を合わせることもございますわ。ですので、退学までは望みません。詳しい話はお父様を通させてくださいませ」

「ああ、そうしよう。……エレン、本当にごめん。僕はずっと、君に悪意を持つ者たちの話を、それが真実かどうかも確かめもせずに信じてしまっていた。そして君を悪者だと決めつけた。……僕は君の婚約者なのに、情けない話だ。それなのに君は、ぎりぎりまでこの件を自分の胸のうちにとどめておいてくれた。僕のために……」

「エレンがこの件を表沙汰にし、クラルティ公爵の耳に入れば……婚約解消は免れなかっただろうからな」


 ベルンハルト様がそっと息を吐き出す。

 わたしはそこで、ようやく合点がいった。

 エレン様がずっといじめに耐えていたのは、イザーク殿下と婚約を解消したくなかったからなのだ。


「エレンが動き、彼女たちを裁くことも可能だっただろう。だけど、そうすればクラルティ公爵は黙っていない。……イザークは無能のレッテルを貼られ、クラルティ公爵から破談の申し込みが入ったはずだ。もともと、この婚約はクラルティ公爵家ではなく王家が望んだことだからね。クラルティ公爵は国のためにと申し込みを受けてくれたが、娘が不幸になるとわかっていて嫁がせるほど、情のない方ではない」

「……はい」


 イザーク殿下が神妙な顔で頷く。

 エレン様は、自分が被害に遭ってもなお、イザーク殿下のためにずっと黙っていたのだ。

 いつか、殿下が気づいて動いてくれると、信じて……。


 エレン様は何も言わず、まっすぐにイザーク殿下を見つめている。

 綺麗な赤茶色の瞳が揺れていて……そこに、エレン様の迷いとか葛藤とかが現れているように思えた。

 エレン様の中で、イザーク殿下は合格だろうか。満点合格でなくても、ぎりぎり及第点くらいまで浮上しただろうか。もう一度、イザーク殿下を信じようって、思ってくれただろうか。

 イザーク殿下を信じられなくなっても、エレン様の中には殿下への気持ちが残っていた。

 今のイザーク殿下は、エレン様がつらい思いをしてまで自分の気持ちに蓋をし、お別れしなければならないようなダメダメ殿下から、せめてもう少し見守ろうって思えるくらいの、ちょっとダメ殿下くらいになっていないだろうか。


 わたしは政治的なことはわからないから、どうしても、エレン様が悲しい顔をしなくていい選択をしてほしい。エレン様が、イザーク殿下を好きという気持ちに、無理矢理蓋をしなければならないようなことにだけは、なってほしくない。


 ……イザーク殿下、ほら、もう少し頑張って! 悩んでいるエレン様に、もう少しアピールしてください!


 ケーキを食べる手を止め、じっとイザーク殿下を見つめる。


 エレン様と、お別れしたくないんでしょう?

 だからイザーク殿下も、がんばって証拠を集めたんだよね?

 そして、優しいイザーク殿下なら、本当ならお友達を自分の手で裁くようなことはしたくなかったはずなのに、エレン様のために踏み切ったんでしょう?

 ここで頑張らなきゃ、本当に取り返しがつかないことになっちゃうよ!


 リヒャルト様も、ベルンハルト様もシャルティーナ様も、黙ってイザーク殿下とエレン様を見守っている。

 三人とも普段通りのように見えて、少しだけピリピリしているように思えるのは、この場の結果でこの先の未来が大きく変わるからだろうか。


 ……王太子殿下の婚約が継続されるか破談になるかって問題は、やっぱり大変なことだよね。


 たぶんベルンハルト様は、政治的な観点からお二人の婚約が解消になってほしくないんだと思う。

 シャルティーナ様も、そんなベルンハルト様寄りのお考えかもしれない。

 リヒャルト様は、政治的な観点と、エレン様の気持ちの両方を考えて黙っているんだろうなって思う。

 わたしは、エレン様の気持ちを最優先してほしいと願っている。エレン様が、一番幸せだって思える選択をしてほしい。

 いつの間にか、ロバートさんがドロティア侯爵令嬢たちを連れて退出していた。


 エレン様は目を閉じ、数秒呼吸を繰り返してから瞼を上げた。


「……今回の件、お父様が知ったら、恐らくですが陛下に陳情を申し上げると思います」


 イザーク殿下が真剣な顔で、「ああ」と答える。


「婚約を継続するか否かについても、話し合いの席が設けられると思います」

「そうだな」

「そこで、殿下は問われるはずです。……わたくしと、結婚する意志があるのか否か」


 エレン様はそこで言葉を切り、そっと、困ったような笑みを浮かべた。


「その時に、殿下の、偽りのない本心をお聞かせ願いたいと、存じます」


 えっと、それは、つまり……。

 わたしはバッとリヒャルト様を見た。

 リヒャルト様が肩をすくめて苦笑している。


 ……イザーク殿下、首の皮一枚つながった⁉


 思わず拳を握り締める。

 たぶんエレン様は、この場でイザーク殿下にお別れを言うつもりだったはずだ。

 だけど、話し合いの席まで待つと言うことは、イザーク殿下に猶予を与えてもいいって判断したんだよね⁉

 お話し合いのときにイザーク殿下がカッコよくエレン様の心を奪えれば、婚約は解消にならないかもしれないよね。


 ……カッコよく決められるために、ベルンハルト様からもらったカッコイイ仮面を貸してあげよう‼


 イザーク殿下、猶予が与えられても崖っぷちですからね‼

 頑張って‼





本作、今日が2025年最終更新日となります。

今年は大変お世話になりました。

本作の①②巻が発売されて、とってもいい一年になりました。

それもこれも、読者の皆様のおかげです。ありがとうございます!

本作、コミカライズ企画も進行中ですので、来年はいいお話ができるといいなと思っております。

皆様、体調にお気をつけて素敵な年末年始をお過ごしください。

また来年もよろしくお願いいたします。


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― 新着の感想 ―
今年1年楽しく読ませていただきました! コミカライズ企画ですと!?楽しみにしています♪ 先生も体調にお気をつけて素敵な年末年始をお過ごしください(*˘︶˘*).。*♡来年もよろしくお願いいたします(≧…
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