クラルティ家のお茶会 4
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そんなこんなで、週末。
わたしが音階を覚えるために暇さえあれば猫の歌を歌って、それを見たリヒャルト様が「騎士科にいた時の夜間特別訓練よりきつい」とぼやいたり、部屋の隅の方でうずくまって動けなくなっているのを目撃したり……。
いつもよりリヒャルト様がちょっぴり変な数日だったけど、それ以外はいつも通りの毎日が過ぎて、わたしは今日、クラルティ公爵家のお茶会に参加すべく馬車に揺られていた。
今日はリヒャルト様も一緒だけど、女の子同士のお茶会を邪魔するのは無粋だからと、お茶会の間はクラルティ公爵と過ごすんだって。
「それにしても、ずいぶん持って来たな。いや、まあ、君がいいならそれでいいんだが……」
わたしが膝に抱えた箱を見て、リヒャルト様が苦笑する。
この箱の中にはわたしが作ったお薬が詰まっている。
盥ごと持って行こうとしたらリヒャルト様にせめて瓶に詰めて上げなさいと言われて、ベティーナさんとゲルルフさんにも手伝ってもらって瓶詰したお薬が、全部で三十本! これだけあれば、エレン様もしばらくは安全だろう。
「これだけあったら怪我をしても大丈夫のはずです!」
「そうなんだろうが、そういう意味ではなく……君の『身内』認定の甘さに対する想定が出来ていなかった私が悪いのだが、少し対策が必要か……?」
リヒャルト様が、何やらぶつぶつ言っている。
今日はベティーナさんは一緒じゃない。
お薬の箱はそれなりに重いから、リヒャルト様が持ってくれると言ったんだけど、お膝の上に乗せておくだけだから大丈夫だとお断りした。やっぱり、プレゼントは自分で渡したいもんね!
「リヒャルト様、エレン様喜んでくれますかね?」
「喜ぶか……そうだな、喜ぶには喜ぶんじゃないか? その前に驚いて固まる気がするが……」
「喜びすぎてびっくりするってことですか?」
「……そういうことにしておこう。君は悪意なく人を驚かせる天才だからな」
リヒャルト様が笑いながらわたしの頭を撫でる。
……わたし、天才なんだって!
天才なんてはじめて言われたよ! お薬を作る天才ってことだよね! うん、お薬作りは得意だもんね! 褒められたんだからお礼言わなきゃ!
「ありがとうございます!」
「あ、ああ……」
リヒャルト様が首をひねっているけど、天才と言われたんだからこれからも頑張ってお薬作りに励もう。わたし、落ちこぼれ聖女からお薬作りの天才に昇格したよ!
「そういえば君が作ったゴジベリーの薬だが、もう少しで初期データが揃いそうだ」
「早いですね!」
ゴジベリーのお薬は、シャルティーナ様でもどうにか作ることができたそうだ。ただ、ゴジベリーの薬はシャルティーナ様の判断では製作難易度が高めだったため、作ることができる聖女は限られるだろうとの判断である。
「初期データだからな。それを持って兄上に相談に上がる予定だが、兄上が許可を出してくれるならもう少し先の実験もしてみたい。だがそうなると、君が最初に作った薬では足りないというか、すでにほぼ使い切ってしまったから、新しく作ってもらいたいのだが、構わないだろうか?」
「もちろんです! お薬作りは得意ですから、どーんと任せてください!」
「いや、どーんと作らなくていい。ほどほどでいいから」
「ほどほどってどのくらいですか?」
「エレンに上げると言って持っているその薬の量くらいで構わない」
「わかりました!」
このくらいならすぐに作れるから、いつでも大丈夫ですよ!
それにしても、リヒャルト様ってとっても忙しいのに、実験にも妥協しないんだね。まあ、なんとなくそんな気はしてたけど。だって、領地でのわたしの出し汁実験も細かかったもん。
そういえばわたしの出し汁(使い終わったお風呂のお湯)だけど、タウンハウスでも使用人の皆様が有効活用しているらしい。
わたしとしては、自分の出し汁が再利用されるのは恥ずかしいんだけど、メイドさんたちから「使わせてください」と目をウルウルさせてお願いされたら断れなかった。
おかげで、タウンハウスでもわたしの出し汁は大好評である。悲しい。
リヒャルト様とおしゃべりしていると、クラルティ公爵家のお邸の前に到着した。
クラルティ公爵家は、リヒャルト様のタウンハウスよりも大きくてお庭も広かった。
門からお邸の玄関に続く道を馬車が進み、玄関前で停車する。
リヒャルト様の手を借りて馬車を降りたら、玄関にはエレン様と、それから四十代半ばくらいの、どことなくエレン様に似た顔立ちの濃紺色の髪の男性が立っていた。エレン様のお父様のクラルティ公爵だ。
ベティーナさんから事前にご挨拶の言葉を教えてもらっていたので、わたしは領地でサリー夫人から教わった付け焼刃カーテシーを披露する。
「本日はお招きいただき、ありがとうございましゅ」
しまった、噛んだ。
ぷっとリヒャルト様が小さく噴き出して横を向いた。
……むぅ、久しぶりのカーテシーに緊張して、うっかり嚙んじゃっただけだもん! いつもはもっとちゃんとできるもん! たぶん!
エレン様も笑いたいのを我慢するようなちょっとおかしな顔になって、クラルティ公爵は口元を片手で覆って横を向いている。
その奥に控えるクラルティ公爵家の使用人さんたちはさすがというべきか、誰も笑っていないけど、微笑みを浮かべている口端がわずかに震えている人がちらほら……。
……最初から恥かいたよ!
貴族のご挨拶、難しいっ!
わたしはこれ以上恥をかかないように、手に持っていたお土産を渡す作戦に出た。さっきの挨拶に突っ込まれたらいやだもんね!
「これは、えーっと……」
なんだっけ?
あ、そうそう!
「つまらないものですが!」
はいっと木箱ごとエレン様に差し出すと、エレン様が受け取ろうとしてその重さによろめき、クラルティ公爵が慌てて支える。
そして、二人そろって中を覗き込んで、ギョッとした顔で固まった。
……リヒャルト様の言った通りになった!
驚いて固まるのが先だと言っていたけど、本当に固まっちゃったよ。喜んでくれたんだね。よかった~!
しばらく固まった後で、クラルティ公爵がどことなくぎこちない動きで顔を上げ、わたしを素通りしてリヒャルト様を見た。
「リヒャルト様、これは……」
「スカーレットの気持ちだそうだ。エレンへのプレゼントらしい」
「私には、その、薬に見えるのですが……まさか」
「スカーレットが作った、正真正銘聖女の薬だ。……ちなみに、他の聖女が作った薬より効果がある。だがこれは内密にしてくれ」
「はあ⁉」
クラルティ公爵が素っ頓狂な声を上げた。
エレン様がこれでもかと目を見開いている。
「その……、スカーレットは、聖女の力のコントロールが苦手で、いつもやりすぎてしまう傾向にあるんだ。だから、薬の効果も強くてだな。……詳しいことは後日」
「わ、わかりました。本日のところはそういうことにしておきましょう。ですが、これが全部聖女様の薬となると……さすがに、お受け取りは」
……え⁉ 受け取ってくれないの⁉ なんで⁉ ちゃんとお薬だよ!
ガーンとショックを受けてリヒャルト様を見ると、リヒャルト様が「大丈夫だ」と言うように肩を引き寄せてくれる。
「受け取ってやってくれ。エレンを心配してスカーレットが作ったものなんだ。受け取ってもらえないとスカーレットが悲しむ」
その通りです! 偽物じゃなくてちゃんと本物のお薬だから、大丈夫ですよ!
クラルティ公爵はまだ戸惑っているようだったけど、いち早く我に返ったエレン様が、どことなく困惑した顔で微笑んだ。
「先日のお礼にとお招きしたのに、これでは恩ばかり積み重なっていって、わたくし、どうやって返せばいいのかわかりませんわね。……でも、ありがとうございます、スカーレット様。お薬もですが、そのお気持ちがとても嬉しいですわ」
学園ではもっと気安い喋り方をするし、「スカーレット」と呼び捨ててくれるのだけど、クラルティ公爵とリヒャルト様がいるからか、エレン様の口調はちょっと他人行儀だ。
喋り方も使い分けないといけないなんて、貴族、本当に大変!
お薬を持ったままお茶会はできないので、わたしのお土産はクラルティ公爵に預けられて、わたしはエレン様とお茶会の会場である温室に向かった。とはいえ、今日はわたしとエレン様の二人だけらしいんだけどね。
エレン様の侍女が二人一緒について来て、広い温室の中央に用意されたテーブル席に案内してくれる。
ヴァイアーライヒ公爵家のカントリーハウスにも温室があるけど、ここはもっと広い。
そして、ヴァイアーライヒ公爵家の温室には、花もあるけど、フリッツさんがせっせとお菓子に使うイチゴを育てているから、いろんなものが植えられていて面白いんだけど、ここは整然としていた。
色とりどりの花が咲き乱れているんだけど、色とか配置とかが計算されつくしてあるというか……、間違っても、お菓子に使うためのイチゴが植えられていたりなんかしない。
……温室もいろいろあって面白いね!
リヒャルト様は合理主義だから、有効活用できるなら好きに使えと、温室を使用人さんたちの自由にさせているんだけど、ここはきちんと庭師さんだけが管理しているんだと思う。
ヴァイアーライヒ公爵家のカントリーハウスにも専属の庭師さんがいるけど、特に温室はみんなが好き勝手しているから、どことなく諦めている節があったもんね。というか、むしろフリッツさんと一緒にイチゴ作って楽しんでいたし。
わたしがリヒャルト様に拾われてからは、フリッツさんが「イチゴを増やそう」と言って、どんどんイチゴが侵食しはじめたとも聞いている。リヒャルト様があきれ顔で「そのうちイチゴ畑になるんじゃないか」と言っていた。でも、止める気はないみたいだけど。
しばらく会っていない領地の使用人さんたちのことを懐かしく思っていると、目の前のテーブルに次々とお菓子が運ばれて来た。
……わあああああああっ!
運ばれて来たお菓子の数々に、わたしはつい、ごくりと喉を鳴らす。
わたしの食欲を理解しているエレン様は、さすがだった。とにかくすごい量だ。そしてどれも美味しそう!
「今日のために取り寄せたの。どうぞ、全部召し上がってかまいわないわ」
二人きりになって口調が砕けたのが嬉しい。
王道のイチゴたっぷりのショートケーキがワンホール。
それにはじまり、たくさんのフルーツの乗ったタルトに、シフォンケーキ。ガトーショコラに、小さなシュークリームでケーキの外周を飾ってあるサントノーレ。
ショートケーキに似ているけど、生クリームでなくてバタークリームを使っているフレジエ。
カスタードのお菓子、フラン。タルトタタンに、ヨーグルトムースのケーキ!
全部がワンホールずつずらりと並ぶ様は、まるで宝石箱を開けたような豪華さだ。
……すごいすごいすごい! え? これ、全部食べていいの⁉
きっとここが天国だ。そうに違いないっ!
侍女さんが紅茶を入れてくれて、エレン様がティーカップに一つだけ角砂糖を落とす。見れば、エレン様の手元には、並べられたケーキとは別にショートケーキが一切れだけ置かれていた。
「わたくしはこれ一つでお腹がいっぱいになるから、それは全部あなたの分よ。食べられない分は包ませますけど……その心配はなさそうね」
「はい!」
もちろん、全部食べられます!
リヒャルト様は甘いものはあまり食べないから、遠慮なくいただきますよ!
あ、でも、ベティーナさんたちへのお土産……。
「帰りにお渡しするお菓子も用意してありますから、食べられるなら食べてしまって構わないわ」
エレン様がわたしの考えを読んだように付け加えた。
エレン様、優しい! それでは遠慮なく……。
「いっただっきまーす!」
お上品さという言葉を忘れたわたしは、フォークを握り締めて元気よく挨拶した。
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