クラルティ家のお茶会 2
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スカーレット、絶好調w
「ぷ……くくくくく…………」
「だ、旦那様、笑ってはいけません。笑っては……し、真剣なのですから……くっ」
部屋の隅で、リヒャルト様とゲルルフさんがくしゃりと顔をゆがめてこそこそと何かを話している声が聞こえてきたけれど、わたしは今、そちらを気にかけている余裕はない。
「猫、にゃんにゃんにゃー、猫にゃんにゃんにゃーっ」
リヒャルト様からもらったベルをチリンチリン鳴らしながら、わたしは今日からお世話になる音楽のおじいちゃん先生――ボルヒェルト先生に猫の歌を披露している最中なのだ。
ボルヒェルト先生に、知っている音楽はありますかと訊かれたので猫の歌を知っていると言えば、先生が逆に知らなくて披露することになったのである。
最初の授業ということで、リヒャルト様とゲルルフさん、それからベティーナさんが見学すると言ってピアノのある部屋に来たんだけど、リヒャルト様とゲルルフさんは歌がはじまった途端に部屋の隅に移動してこそこそしている。
ベティーナさんはどこから取り出したのか扇を開いて、顔を全部隠してしまった。
ボルヒェルト先生は、白い口髭を指先でいじりながらにこにこしている。
すらりと背が高くて真っ白な口ひげのボルヒェルト先生は御年七十二歳で、教師はすでに引退した身らしいんだけど、リヒャルト様のお願いを聞いてわたしに音楽を教えてくれることになった。
優しい雰囲気のおじいちゃん先生は、左足が悪いのか、ずっとステッキをついている。
先生になったからボルヒェルト先生も「身内」のはずだ。だからあとで足の具合を診させてもらおう。なんとなく、膝が悪いんだと思う。
「にゃーにゃーにゃーにゃーにゃ~」
チリンチリンチリンチリン……。
「く、くくく……もうだめだ」
「旦那様、お気を確かに! くくっ」
リヒャルト様とゲルルフさんが互いに支え合っているけど、どうかしたのかな。
「わ、わたくしちょっと、おっ、お飲み物でも」
ベティーナさんが扇で顔を隠したまま、後ろ歩きでそそそっと扉に近づいていく。
……後ろ歩きとか、ベティーナさんすごいっ!
「にゃんにゃにゃんにゃんにゃ~! にゃんにゃにゃんにゃんにゃ~!」
チリリンリンリンリン~!
「くぅ……っ」
ついに、リヒャルト様がお腹を押さえてその場にうずくまった。
ゲルルフさんも、片手を壁について体をくの字に曲げている。
ベルを鳴らしながら絶好調で最後まで歌い終わると、ボルヒェルト先生がパチパチと拍手をしてくれた。
……ふふふ、ベルでリズムを取ったおかげか、かなり上手に歌えたよ!
「明るくて楽しい曲ですね。何やら外野がうるさかったですけど……」
ボルヒェルト先生がちらりとリヒャルト様たちを見ながら苦笑する。
「む、むしろ、先生が何故平然としているのか、私には不思議でならないのだが……」
肩を揺らしながらリヒャルト様が訊ねると、ボルヒェルト先生が不思議そうに首を傾げた。
「何をおっしゃるのやら。単純な構成ながらこれほど明るくていい曲はなかなかありませんよ。一度聴いたら忘れられないメロディも素晴らしい。それに、手習いにちょうどいい曲です。なぜ私はこれを知らなかったのか。知っていたら、生徒の最初の手習いに使ったのに」
「……私はこれを習わされていた可能性があったのか」
リヒャルト様が軽くショックを受けた顔をして、何事もなかったかのようにすっと立ち上がった。
ボルヒェルト先生はリヒャルト様のつぶやきを無視して、ヴァイオリンを手に取る。
「私も曲を用意してきたのですが、せっかくです。最初は猫の歌で練習しましょう」
「……本気か?」
「おや、リヒャルト様も一緒に合奏されますか?」
「すまない用事を思い出した」
リヒャルト様がにこりと綺麗な微笑みを浮かべて、そそくさと部屋を出て行った。
ボルヒェルト先生がやれやれと笑う。
ベティーナさんがお茶を運んで来たので、ボルヒェルト先生が最初から根を詰めすぎてもいけないだろうと言って、休憩を取ることになった。
わたしはまだ猫の歌しか歌っていないけど、のんびりすればいいらしい。のんびり、いいと思う! わたしはお菓子が食べたい!
ベティーナさんがたくさん用意したお菓子にも、ボルヒェルト先生はにこにこ笑っている。
事前にリヒャルト様からわたしの食欲について説明があったようで、大量のお菓子にも驚かなかった。説明されてもたいていの人は一度は驚くのに、ボルヒェルト先生、すごい!
「あ、休憩なら、足を見せてもらってもいいですか?」
「足ですかな?」
「はい。ボルヒェルト先生、右足が悪そうなので。膝ですよね?」
「よくわかりましたね。さすがは聖女様です」
ソファに座ったボルヒェルト先生の側によると、右膝を撫でながら「昔、怪我をしましてね」と笑う。
「幸い、聖女様に癒していただく機会に恵まれまして、歩けるまでに回復できたのですよ」
なるほど、聖女の力で回復してこれなら、よほど大きな怪我だったに違いない。
「スカーレット様」
「ボルヒェルト先生は、先生だから身内ですよね?」
ベティーナさんがちょっぴり咎めるような声を出したけど、わたしがそう言うと苦笑してゲルルフさんの方を向いた。
ゲルルフさんも苦笑しながら小さく頷いたから、「身内」でいいみたい。
だったら、遠慮なく力が使えるよね! だって身内にはいいんだもんね?
「先生、癒しの力、使ってもいいですか?」
「え? そ、それはもちろん、ありがたいことですが……この足はもう、聖女様に癒していただいた後でございます。お気持ちは嬉しいのですが……」
「試してみるだけですよ」
ベルンハルト様の古傷も治せたもんね。たぶん、思いっきり力を使ったらいけるよね?
ボルヒェルト先生が困惑したようにベティーナさんとゲルルフさんを見たけど、二人とも諦めた顔で首を横に振った。
わたしはお許しをもらったと判断して、ボルヒェルト先生の右膝に手を伸ばす。
「では、遠慮なく!」
「いえ、遠慮はしてくださいスカーレット様――」
「えいやあ!」
「ああっ」
ベティーナさんの焦った声が聞こえたけど、制止を聞く前にわたしは力を使っていた。ベティーナさんが片手で額を抑える。
わたしの全身がぴかって金色に光って、ボルヒェルト先生がひゅっと息を呑んだ。
時間にしたら、数秒だろう。
「よし、たぶんうまく行ったはずです!」
力のコントロールは苦手だけど、思いっきり使うのは得意なわたしである。
それに、まだ治っていなかったらもう一回力を使ってみればいいだけの話だ。
ボルヒェルト先生がぱちぱちと目をしばたたきながら、膝をしきりに撫でていた。
「……膝の痛みや違和感が…………」
「まだありますか?」
「い、いえ……」
ボルヒェルト先生は何度も何度も瞬きして、それから、ステッキを置いたまま恐る恐ると言った様子で立ち上がった。
数歩歩いてみて、また瞬きをする。
「……こんなことが」
「ボルヒェルト様、このことはどうぞご内密に」
ゲルルフさんの声を聞いて、ボルヒェルト先生はハッと振り向いた。
「リヒャルト様はご存じなのですかな?」
「ええ。ですので、どうぞご内密に」
「……なるほど、それがリヒャルト様の判断ですか。そうですね。それがいいかもしれません」
なんか、ゲルルフさんとボルヒェルト先生がわかりあった顔で頷き合っている。
何の話だろうかと首をひねっていると、ボルヒェルト先生がわたしに向き直って、柔らかく微笑んだ。
「スカーレット様、何とお礼を言っていいか……。正直に申しますと、驚きすぎて――」
ぐうぅぅぅぅぅ~!
ボルヒェルト先生の言葉の途中でわたしのお腹が大きな音を立てる。
ボルヒェルト先生が目を丸くして、それから茶目っ気たっぷりに片目をつむった。
「今のは、ソの音ですな」
わたしのお腹の音は、ソの音らしい!
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スカーレットの猫にゃんにゃん熱唱シーンですが、ノベル②巻で雪子先生がめちゃくちゃ可愛いイラストをつけてくださっています!なんとスカーレットに猫耳が生えているのです(激かわです!)。
興味のある方はぜひ(#^^#)









