クラルティ家のお茶会 1
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城にエレンが来るのは久しぶりだと、イザークは思った。
学園の帰り、珍しくエレンが声をかけてきたからどうしたのかと思えば、話があると言われた。
できれば二人きりで話がしたいと言われて、イザークは悩んだが、それならば城の方がいいだろうとエレンを城の自室に招いたのだ。
(エレンが僕の部屋に来るのは何年ぶりだろうか)
それは、エレンが登城する頻度よりも圧倒的に少ない。
イザークと婚約してから、エレンは城で王妃教育を受けていた。
だが、もともと実家で相応の教育を受けていたことと、エレン自身が優秀だったこともあり、王妃教育は想定よりも早く終わった。
結婚の日取りが決まれば、城に居を移す準備をはじめるが、まだ結婚式の日取りが確定していないので部屋の準備はされていない。
そろそろ日程が決まると思うのだが、どういうわけか父からは何の連絡もなかった。
(早くしなければ、エレンの方にもいろいろ準備があるだろうに)
正直、エレンとの結婚は乗り気ではない。
性格は全然合わないので、夫婦になったところでうまくいくとは思えなかった。
けれど、イザークの地盤を固めるためにはクラルティ公爵家の威光が不可欠であると、両親を含め多くの大人が口をそろえる。
父は、王族の結婚などそんなものだと言うけれど、父と母は政略結婚であるが夫婦仲はそれなりにいいと思う。
なのに何故、イザークだけがここまで合わない令嬢を妃にしなくてはならないのだろう。
そんな不満はあるが、別にエレンとの結婚を妨害するつもりはない。
準備期間が充分に取れなければエレンが慌てるだろう。
女性の恨みは深いという。もし準備期間が足りず散々な結婚式にでもなれば、生涯ネチネチと文句を言われ続ける気がして嫌だった。
だから、乗り気ではないけれど、早めに日程を決めて準備に移りたい。
どうせ、もう逃げられやしないのだから――
「座ってくれ。今、茶を運ばせよう」
エレンにソファを勧めてメイドを呼ぼうとすると、エレンが軽く手を上げてそれを制す。
「いえ、手短にすませますわ。殿下もお忙しいでしょうから」
「別に忙しくないよ。政務にはまだほとんど携わっていないし、このあとは着替えて晩餐の時間までのんびりするだけだ」
きょとんとしながら答えると、エレンが微苦笑を浮かべる。
何故そんな笑い方をするのだろうかと思ったが、まあいい。
エレンが手短にすませるというのなら、それに越したことはないのだ。イザークも長時間エレンと向き合っていたくない。息が詰まる。
「それで話とは?」
メイドを呼びつけるのをやめて、イザークはエレンの対面に座る。
護衛の騎士が扉の内側に一人だけ立っているが、護衛まで退出させるほどの話ではなかったのだろう。エレンはちらりと背後を確認しただけで、護衛の退出を希望するわけではなかった。
「学園で、殿下が仲良くされているご友人方についてのお話ですわ」
エレンがそう切り出した途端、イザークは顔をしかめた。
「またその話か」
これまでも何度もエレンから付き合う友人は選べと言われていた。イザークがエレン以外の女生徒をそばに置いているのが気に入らないのだろう。友人からも、エレンから嫌がらせを受けていると報告されている。
(……君は、どうしてそう性格が悪いんだ)
エレンは気が強くて性格が悪い。
イザークが何度その性格を治せと言っても聞き入れないのに、イザークの友人関係には口出ししてくる。いい加減にしてほしい。
エレンはイザークが顔をしかめるのを見て、そっと息を吐いた。
その様子に、イザークはイライラする。エレンが嘆息するたびに、馬鹿にされているような気がするのだ。気のせいではあるまい。
「殿下、これで最後です。友人関係を見直してくださいませ」
「僕が誰と友人になろうと君には関係のないことだ。それとも君は、僕が人の本質を見抜けないような愚か者だと言いたいのか? 馬鹿にしないでくれ」
エレンは気が強そうな赤茶色の瞳をそっと伏せる。まるで愚か者と肯定されたようでイザークはますます苛立った。
(ふぅ、落ち着け。ここで短気を起こしてはいけない。王になるものは、短気ではいけないんだ)
イザークは常に穏やかな気持ちでいたい。だというのに、目の前のエレンがいつも邪魔をする。何故彼女はこれほどまでにイザークを苛立たせるのだろう。わざとだろうか。
「……どうあっても、わたくしの助言は聞き入れてくださらないのですね」
「くどいぞ」
エレンはもう一度息を吐いた。
そして、「わかりました」とゆっくりと立ち上がる。
話が終わったから帰るのだろうかと、座ったままエレンを見上げれば、エレンは悩む素振りをしてから、悲しそうに笑った。
「……最後に一つだけ。わたくしは、殿下がよき君主となられることを、心より願っております」
(は?)
何が言いたいのだろうか。
イザークは首をかしげたが、エレンは相変わらず見ほれるような完璧なカーテシーをして、くるりと踵を返した。
「失礼いたします」
部屋を出る前に頭を下げて、エレンが帰っていく。
しまった扉を、首をひねりながら見つめていると、扉の内側にいた護衛が遠慮がちに声をかけてきた。
「……殿下、よろしかったのですか?」
「何がだ?」
「いえ……」
護衛騎士が、歯切れ悪く言って、困った顔をする。彼がこんな顔をするときは、これ以上口にすれば不敬になるときだ。ゆえに、イザークはそれ以上追及はしない。
(エレンはいったい何が言いたかったのだろう?)
よき君主に?
当然だ。そうなるように、イザークは努力している。
そしてイザークがよき君主になれるよう、隣で支えるのが未来の王妃であるエレンの仕事だ。
イザークは制服を着替えようと立ち上がりながら、ふと、去り際のエレンの顔を思い出した。
エレンが悲しそうな顔をするのを見たのは、はじめてかもしれない――
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