エレン様のプライド 6
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リヒャルトSIDE。ちょっと長めです。
学園に通わせれば、多かれ少なかれ貴族の問題に首を突っ込むだろうとは思っていた。
それが正しいのか正しくないのか、スカーレットにとっていいのか悪いのか、リヒャルトにはわからない。
だが、貴族がなんたるかをまったく知らずに貴族社会で生きていくのは不可能だろう。
リヒャルトが全力で守ろうとしたところで、リヒャルトが貴族――それも、王弟で公爵という高位貴族である限り、スカーレットを貴族社会から完全に隔離することはできない。
(だがまさか、エレンの問題に首を突っ込みたがるとはな……)
それは、ある程度状況判断のできる貴族令嬢なら避けて通る問題だ。
これほど面倒な問題はないし、下手に関われば、状況次第では自分の首を絞めることになる。
けれども、スカーレットは、貴族の派閥だの権力闘争だのという面倒の外にいる。
だからこそ単純に、「友達だから」という理由で関わってしまうのだろう。
それはスカーレットらしいともいえるけれども、同時に不安でもあった。
きっとこの先、同じような問題が起きる。
ならば、自ら首を突っ込もうとするスカーレットを、いかにして守るか――リヒャルトにしても、今回はいい例題になるかもしれない。
彼女らしさを奪わず、けれども、彼女が危険にさらされない方法。
(まったく君は、困った聖女だ)
なんとなく、これから先も同じようにスカーレットに悩まされ振り回されていく気がする。
だがそれが不思議と嫌だとは思わない。
そんな自分に苦笑しつつ、リヒャルトは酔い覚ましの水を飲み干して、口を開いた。
「まず、エレンの学園での立場から話をしようか。エレンは、現在学園に通う女生徒の中で一番年齢が上だ。それはわかるな?」
エレンは今年十八歳。
未だに結婚適齢期に縛られる貴族令嬢は、学園には貴族令息よりも早く通いはじめる。
大体が十二歳から十三歳。遅くとも、十四歳には通うだろう。ゆえあってその年齢をすぎた令嬢は、そもそも学園に通うという選択をしない。何故なら学園に通うことは一つのステータスであって、義務ではないからだ。
将来文官や武官として働くことを希望する貴族令息は、箔がつくのでほとんどが学園に通うけれど、貴族令嬢は必ずしも職に就くわけではないのだ。
もちろん中には、文官や武官として働くことを希望し、実際に職に就く令嬢もいる。
だが、そんな令嬢さえも、結婚適齢期という厄介な問題からは避けては通れない。
よほど結婚に興味がなく、親もそれに許可を出すような家に生まれれば別だろうが、貴族は結婚によるつながりを求める。そのような珍しい考えを持つ家は、ほとんどない。
だから、最高学年とはいえ十八歳になる年に学園に在籍しているエレンは稀な例だ。
イザークの婚約者であったせいでもある。
イザークは良くも悪くも裏表がなく、ある意味純粋だ。人の笑顔の裏を読むようなことはしない。というかできない。
そんなイザークを目付役もつけず一人学園に通わせるのは心配だと、国王とクラルティ公爵がともに危惧した。
ゆえに、エレンの入学を遅らせてイザークが入学するのに合わせて学園に通わせたのだ。
どちらにせよ、エレンはイザークの婚約者。卒業と同時に結婚させれば問題ないだろうとの判断だった。
スカーレットが頷くのを待って、リヒャルトは続ける。
「つまり、公爵令嬢であるエレンは、身分、年齢共に女生徒たちの頂点だ。ゆえに孤立している。もともと気さくな性格ではないし、プライドも高いからな。自分から友人を作りに行くような子じゃない。警戒心も強い。将来王妃になるという点においては、警戒心が強いのは悪いことでもない。だが、学園ではすごしにくいだろう」
エレンは優秀だが、もう少し柔軟性は欲しいところだ。
信用できないものはそばに置けないという判断が間違っているわけではない。
だが、味方も作るようにしなければ、自分自身が生きにくくなるということを、不器用なエレンはわかっていない。
「でも、わたしはエレン様とお友達ですよ!」
「そうだな。君だからこそ、エレンもその関係を許したのだろう」
スカーレットは善人だ。ついでに言えば、エレンに取り入って利用しようなどと、これっぽっちも考えないだろう。
だからエレンも心を許した。リヒャルトの妻になるという点もエレンがスカーレットに心を許す一つの要因だっただろうが、それだけでエレンが気を許すとは思えない。何故ならエレンはシャルティーナ相手ですら一本線を引いているのだ。スカーレットの純粋さがエレンの警戒心を解いたのは間違いない。
「話を戻すが、今回の問題に、エレンが一人で対応すると言っているのは、こうした背景もある。味方がいないんだ。そして、エレンは他人を頼れない損な性格をしている」
「ベルンハルト様やシャルティーナ様は?」
「それはエレンの性格的に無理だな」
学園で起こったことに関して、子供が助けを求めない限り大人は基本関与しない。
エレンがベルンハルトやシャルティーナに助けを求めれば、あの二人はもちろん、対応に動くだろう。
けれどエレンはそれをよしとしない。
学園とは、いわば貴族社会の縮尺だ。
そこは、学園に通う、まだ若いものたちだけの世界。
その学園内で起こったことは、よほどのことがない限り学生たちで対処する。
それが出来なければ、本当の貴族社会において、老獪な先達たちとはとてもでないが渡り合うことはできない。
さらに言えば、エレンは将来王妃になる予定の娘だ。
その娘が、学園内で孤立し、危害を加えられたと言って大人を頼ることはできない。
いや、できないわけではない。
だが、エレンはしない。
そのように教育を受けている。
この程度のことを対処できなくて、将来王妃としてこの国の頂点に立てようか。
クラルティ公爵は娘に優しい方だと思うが、けれども甘くはない。
もしエレンが相談したとしても、将来王妃になるのだから学園を掌握するくらいして見せろとハッパをかけるような御仁だ。
もしもエレンが頼れるとしたら、将来の伴侶となるイザークだけだろう。
しかし、エレンとイザークの関係は、決して良好なものではなく……。
だからエレンは頼れないし、頼らない。――誰も。
「じゃ、じゃあわたしは?」
「君も無理だろうな。君は少々特殊な立ち位置だ。純粋な生徒ではないし、私との結婚も決まった今、そうだな、学園の学生たちの中ではエレンに次ぐ立場だろう。さらに、君は聖女だ。聖女というのは特別だからな、もし君がエレンを庇って前に出れば、エレンより君の方が立場が上と判断される。王妃の上にあれるのは王だけだ。だから、エレンは君には頼れない。……君の立場がもっと弱ければ違ったかもしれないがな」
その場合は、エレンの派閥の一人――つまり、手駒の一人としてカウントできる。手駒であれば、エレンの立場を脅かしたりはしない。
けれど、リヒャルトの未来の妻で、それから聖女であるスカーレットは手駒にはできない。
(まあ、スカーレットを頼ったところで……、事態がややこしくなる未来しか見えないんだがな)
スカーレットに策略を巡らせるのは無理だろう。
どちらかと言えば猪突猛進な彼女は、エレンを害する人間を見つけたら、本人に直接文句を言いに行くという選択をする。そんなことになればややこしい問題がもっとややこしくなる。水面下で動くことができないスカーレットは、この手の問題に関わらせるべきではない。
スカーレットが、むうっと頬を膨らませている。
はじめてできた友達に何かしてあげたいのだろう。
でも、人には向き不向きがある。
「スカーレット、問題の解決に君の力は必要とされていないかもしれない。だが、君が味方でいることは、少なくともエレンの力になるだろう。そう拗ねるな」
「でもっ、エレン様は大怪我をしたんですよ!」
「まあ、今日の件は度を越しているとは思うが、エレンに止められれば、こちらが動くのは難しい。……それに恐らく、エレンはすでに主犯は特定しているはずだ。それで動けないのならば、動けないなりの理由があるんだろう」
エレンは優秀だ。
自分を陥れようとしている人間が誰か把握していないはずがない。
それでいて動かないのであれば、何か考えがあるのだ。
スカーレットはむーっとますます拗ねた顔になって、それからポンと手を打った。
「わかりました。だったら、わたしはお友達として、エレン様にお薬を作ります! 身内ならいいんですよね、お薬あげても」
(なるほど、聖女の力を使ったと聞いた時点で想定はしていたが、エレンを身内にカウントしたか)
ベルンハルトを身内の外にしろと言ったのにエレンを身内としたということは、スカーレットにとって、義理の兄より友人の方が近しい存在と認識しているのだろう。
もともと孤児で、家族を知らず育った彼女らしいと言えばらしいのかもしれないが。
(これは少々まずいな。だが、ダメとも言いにくい……)
この調子でどんどん身内を増やしそうだなと苦笑しながら、リヒャルトは頷く。
「多少ならいいだろう。エレンなら不用意なことはしないだろうしな。だが、普通の薬にしなさい。ゴジベリーの薬の方は、まだ調査が終わっていない」
「わかりました!」
スカーレットが両方の拳を握り締めて、鼻息荒く頷いた。よほど鬱憤がたまっていたらしい。
「それならばいい。それから……」
リヒャルトはふと、夕方に届いた手紙の存在を思い出して席を立つ。
「明日渡そうと思っていたんだが、クラルティ家から招待状が届いた。エレンから今日の詫びと礼に、茶会に誘いたいそうだ。念のためゲルルフが中に目を通したため封は開いているが、特に問題のあることは書かれていない。読んでみなさい」
「お手紙!」
友人から手紙をもらうのははじめてなのか、スカーレットが頬を紅潮させて手紙を受け取る。
すっかり機嫌が直ったようだ。
「ええっと……、わ! 美味しいお菓子をたくさん用意してくれるって書いてあります!」
「そうだな。スケジュールはこちらに合わせるそうだが、学園があるので週末がいいだろう。どうする?」
「すぐ行きます!」
「じゃあ今週末で返事をさせておこう」
にこにこと笑うスカーレットを見て、本当にエレンと仲良くなったのだなと、少し不思議な気持ちになる。
エレンとスカーレットでは性格が真逆だと思うのだが、面白いものだ。
(まあ、スカーレットだからな)
彼女は純粋ゆえに、人の懐に入るのがうまい。
本人は無自覚なのだろうが、気がついたときには心を許してしまっているのだ。
スカーレットが手紙をぎゅうっと胸に抱きしめて、「お茶会のお土産にお薬持って行きます」と楽しそうにしている。
ただのお茶会の土産が聖女の薬なんて前代未聞だろうが、スカーレットは気にしないのだろう。
盥二つ分でたりるかな、などとぼやいているスカーレットに、少々不安を覚えたが、友人のために何かしたいと考えているのだ、ここは口出ししない方がいいだろうか。
(まあ、クラルティ家と仲良くするのは、スカーレットにとっても悪いことじゃない)
何の打算もないスカーレットは理解しないだろうが、聖女の中でも特別な力を持つ彼女の保護者は多い方がいいのだ。
お茶会ですっかり機嫌が直ったからなのか、スカーレットの腹が「ぐうぅぅぅぅ~」と主張する。
ドライフルーツを食べながら寂しそうにするスカーレットに笑って、リヒャルトはもう一度立ち上がると、棚の中を漁った。あまり菓子は置いていないが、スカーレットに不向きだろうと判断した頂き物が少しばかり保管してある。食べさせすぎなければいいだろう。
「これは少しばかり酒が入っているんだが……、酒の入ったケーキは大丈夫か?」
「大丈夫です! お酒のケーキ、食べたことありますっ」
スカーレットが途端にぱあっと顔を輝かせる。
本人が大丈夫だと言ったので、頂き物のケーキの箱を持って戻ると、スカーレットが嬉しそうに箱を開けた。
中にはラム酒につけたドライフルーツが練り込まれたバターケーキが入っている。
ふわりとラム酒の香りがするが、焼いているうちに酒はほとんど飛んでいるはずだ。
それほど大きなケーキではないし、どうせ全部食べるだろうからと、フォークだけ渡してやると、スカーレットが箱に入ったままのケーキにフォークを突き刺す。
(そのまま行くのか。豪快だな)
おかしくて、リヒャルトはぷっと噴き出してしまった。切り分けはしないだろうとは思ったが、皿にも移さずにダイレクトにいくとは思わなかった。
ご機嫌でケーキを頬張るスカーレットを見やりつつ、リヒャルトはそっと息をつく。
スカーレットには言わなかったが、エレンの件については、本当ならば婚約者であるイザークが彼女を助けるのが筋なのだ。
イザークは、エレンが置かれている状況を知っているのかいないのかわからないが、知っていて手を貸さないのも、知らないのも問題なのである。
(そろそろ、結婚式の具体的な日取りが決まるころだというのに、一体何を考えているんだ)
立場的なことを言えば、イザークの婚約者はクラルティ公爵令嬢であるエレンが最適だ。
だが、イザークとエレンの間の溝は、埋まるどころか時間が経つごとに開いているようにも思える。
これまでは、たとえ二人の間に隙間風が吹いていようと、二人が結婚するのが最善だと思っていた。
けれど――
(私にスカーレットが現れたように、エレンにも、そしてイザークにも、別の選択肢があるのではないかと思えてならない)
何故なら、最善が必ずしも正しいとは、限らないのだから。
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「燃費が悪い聖女ですが、公爵様に拾われて幸せです!(ごはん的に♪)」の話読みがピッコマさんではじまりました(#^^#)
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