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エレン様のプライド 5

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 夜――


 ごろん、と寝返りを打って、わたしは「むぅー」と小さく唸った。

 もやもやして、眠れない。


 学園に通いはじめてから、わたしがよくわからないことが多くなってきた。

 貴族の中に外の世界を知らなかった神殿暮らしのわたしが入れば、わからないことが出るのは仕方がない。

 リヒャルト様も、学園でお勉強させるというよりは、貴族社会の雰囲気を肌で感じさせるためにわたしを通わせているのだとも思う。


 おそらくリヒャルト様だって、わたしが貴族たちになじめるとまでは思っていないだろう。

 ただ、こんな雰囲気なんだよ、こういうところで生きていくんだよってことを、たぶんわたしに示したいんだろうなって、なんとなく感じていた。


 だけどリヒャルト様は優しいから、わたしに無理をさせるつもりもないようで、学園に通うのは週に二日か三日で、しかも登校しても丸一日じゃなくていいことになっている。

 エレン様というわたしを守ってくれる存在に、シャルティーナ様やベルンハルト様という保護者までつけてくれている。


 最近は護衛のハルトヴィッヒ様までついた。

 わたしは大切に守られていて――だからこそ、今日のエレン様の一件は特にもやもやしてしまったのだ。


 わたしは、守られている。

 でも、エレン様は、誰が守ってくれるのだろう。


 ……本当だったら、エレン様を守るのは、婚約者のイザーク殿下の役目じゃないかな?


 だけど、イザーク殿下は、エレン様を守ってくれていない……と思う。

 大きなベッドの上を、ごろごろと転がる。

 今日わたしが見たのは、貴族の問題。

 わたしが口を出してはいけないし、今のわたしの貴族に対する知識では、わかろうとしたところで到底理解が及ばない問題。


 ……だけど、エレン様はお友達だもん。


 リヒャルト様ともベティーナさんたちとも違う。

 貴族社会でできた、はじめてのお友達。

 お友達が傷つくのを見るのは嫌だなって思うのは、悪いことだろうか。



 もやもやもやもやもや……。



 まるで、わたしの胸の中で雲がどんどん発達して大きくなっていくように、もやもやが積み重なっていく。


 ……眠れない‼


 今日のことは、リヒャルト様には言わない方がいいのかなって思っていた。

 告げ口みたいだし、エレン様もたぶん言ってほしくないんだろうなって。

 でも、やっぱりお話したい。

 リヒャルト様なら、きっと、わたしのもやもやに的確な答えをくれる気がした。

 わたしはベッドから跳ね起きると、リヒャルト様の部屋に向かう。

 リヒャルト様はわたしより寝るのが遅いから、この時間はまだ起きているって知っている。

 コンコンと扉を叩くと、少ししてリヒャルト様が顔を出した。


「スカーレット? どうした、まだ起きていたのか?」


 この時間は、いつも熟睡してるもんね、わたし。

 時刻はあと三十分くらいで深夜を回るころである。

 リヒャルト様は本を読んでいたのか、ローテーブルの上に飲みかけのお酒の入ったグラスと分厚い本が、ページを開いたままの形で置かれていた。


「入りなさい。酒は飲まないだろうから、水でも構わないか? この時間にメイドを呼びつけるのはな……」


 確かに、夜の番をしている使用人さんを除いて、みんなもう休んでいる時間だもんね。

 わたしが頷くと、水差しからコップに水を入れてローテーブルの上においてくれる。それから、お酒のつまみにしていたのか、ドライフルーツが入ったガラスの小さな容器を差し出してくれた。

 水が置かれた場所から判断するに、リヒャルト様の隣に座っていいようだ。

 ソファに座ると、リヒャルト様も隣に座る。


「こんな時間にどうした。……それにしてもすごい夜着だな」


 リヒャルト様がわたしの夜着に目を止めて笑った。

 今日の夜着は、ひらひらふりふりした、薄緑色のとっても可愛らしい夜着だ。ベティーナさんがいつの間にか買っていたものである。

 シルクでできているから着心地もとってもいい。

 お揃いの生地で作られたナイトキャップもあるけど、さすがにそれはベッドに置いてきた。


「ベティーナは君に可愛らしい格好をさせるのが好きなようだが、まさか夜着まで対象とは思わなかった」

「ピンクも黄色もありますよ。全部ふりふりしてます」

「ははっ」


 お酒が入っているからなのか、リヒャルト様はいつもより笑い上戸だ。おかしそうにくすくすと笑う。

 わたしはふりふりだけど、リヒャルト様はダークグレーのシンプルな夜着に、それより淡い色の薄手のガウンを羽織っていた。


 ……リヒャルト様はお顔がとっても端正だから、何を着ても様になるね!


 リヒャルト様は読みかけていた本にしおりを挟んで閉じると、お酒も遠ざけて、新しいコップに自分用の水をそそぐ。お酒はもういらないらしい。

 水を一口飲んで、笑いが収まったリヒャルト様が改めて訊ねてきた。


「それで、何かあったのか? こんな時間に来るくらいだ、寝つきのいい君が眠れないほどの何かがあったんだろう?」


 わたしは確かに寝つきはいいけど、リヒャルト様は何故それを知っているのかな? もしかして、ベティーナさんから報告があるのかな。

 ベッドに入ったら秒で寝れるくらい寝つきがいいのは間違いないけど、なんか、リヒャルト様に知られているのはちょっと恥ずかしい。


 ……神殿暮らしだから早寝早起きが身についているだけだよ! ついでに神殿では夜に何もすることがなかったから、すぐに寝られる特技が身についただけだもんっ。


 な~んて言い訳しても、また笑われるだけな気がしたから黙ってよっと。


「リヒャルト様、もやもやすることがあるんです。聞いてもらってもいいですか?」

「なるほど、それで眠れないのか。話してみなさい。口にするとすっきりすることもあるだろう」


 リヒャルト様にお許しをいただいたので、わたしは今日の学園での出来事を説明する。

 わたしは説明がへたくそなんだけど、リヒャルト様は根気よくわたしのつたない説明を聞いてくれた。

 十分くらい時間をかけて説明を終えると、リヒャルト様が眉尻を下げる。


「なるほど、それは少々難しい問題だな。そしてややこしい」

「リヒャルト様でも難しい問題なんですか?」


 頭のいいリヒャルト様にも難しい問題なら、わたしじゃいくら考えてもわからないね。

 しょぼんとすると、「そういう難しいじゃないよ」とリヒャルト様が頭を撫でてくれた。


「私には、スカーレットがもやもやする気持ちも、エレンが自分で解決すると言った理由も、両方わかる。そして、エレンの判断は、間違っているわけではない。やり方は見直す方法があるだろうがな」

「そうなんですか?」


 やっぱりわたしにはわからない。だって、エレン様が一人で頑張らなければならない理由が、わたしには理解できないから。

 リヒャルト様は水を二口ほど飲んで、ちょっと困った顔になった。


「私は極力君には貴族の面倒ごとに関わらせたくないと思っている。だが、私と結婚する以上、まったく関わらないというのも無理な話だ。そして今回の件は、貴族の面倒ごとの一端だと言えるだろうな。……君が関わらずに飲み込めるなら、説明しなくてもいいと思っている。だけど、君は理解したいのだろう?」

「エレン様はお友達です。お友達が大変なら助けたいです。でも、理解できないと助けられません」

「……その理屈で言うと、君は今後、どんどん貴族の問題に関わっていきそうで怖いのだが、君に友達を増やすなというのも無理な話だな。仕方ない……」


 リヒャルト様は苦笑すると、コップに残った水を飲み干して、二杯目の水を注いだ。


「……こんな話をすることになるなら、酒を飲むんじゃなかったな」


 二杯目の水も全部飲み干して、リヒャルト様が肩をすくめて教えてくれる。


 エレン様の「状況」と、それからエレン様の「判断」について。





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