薬とアリセの娘 3
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今回もちょっと長いです(*^^*)
わたしがゴジベリーの薬を作ってから五日が経った。
リヒャルト様はただでさえ仕事が忙しいのに、新しいお薬実験にも精を出して……そのせいか、ここ数日、ずっと目の下に隈を作っている。
ゲルルフさんもベティーナさんもあきれ顔をしているけど、実験スイッチの入ったリヒャルト様は何を言っても止まらないらしい。
疲労には効果はあまりないけど、心配だから、お出かけ前にリヒャルト様に癒しをかけようとしたら……、もう少し疲労がたまったら、わたしが作ったゴジベリーの薬の効果を自分で試したいからいらないって言われた。
……自分自身でも実験するんだね。筋金入りの実験好きだぁ~。
もしかして、ゴジベリーの薬の効果を自分で試したいから、わざと疲れがたまる生活をしているんじゃないかって思えてくるよ。
この五日の間に、残り二つの仕立て屋さんからもデザインが上がって来た。
ベティーナさんがその中の気に入ったデザイン並べて、うんうんと唸っていることが多くなったけど、わたしに訊かれてもろくな答えは用意できないので、お任せするしかない。
……というか、一回訊かれたんだけど、「どれもたくさんご飯が食べられそうで可愛いです」と答えたら次は聞かれなくなったんだよね。
聞いたところで、わたしに選ばせるのは無理だろうと判断されたに違いない。
わたしの希望は、たくさんご飯が食べられて、リヒャルト様の瞳と同じラベンダー色がどこかに入っていることだけだからね。それ以外で選びようがない。
リヒャルト様もベティーナさんも忙しそうだけど、わたしに至っては学園に行くか邸でお薬を作るかお菓子を食べるかの平常運転で、これと言って代わり映えのない五日間だった。
「スカーレット様、アリセさんがいらっしゃいました」
そんなのんびり(わたしだけは)した昼下がりのこと。
暖かくなるとチョコレートも食べおさめだというので(夏の間は販売されないらしい。溶けるからなんだって)、ゲルルフさんに頼んで買ってもらったチョコレートケーキを食べていると、メイドさんが呼びに来た。
チョコレートケーキをもぐもぐしている横でドレスのデザインと睨めっこをしていたベティーナさんが、首を傾げながら顔を上げる。
「アリセさんとは、約束はなかったはずですが」
「新しいデザインでもできたんですかね?」
「追加では頼んでおりませんけどね」
ベティーナさんが苦笑しつつソファから立ち上がる。
ベティーナさんが用件を確認するから、わたしは行かなくていいらしい。というか、口の周りにチョコレートがついているんだって。対応するなら顔を拭いて着替えた方がいいというから、ここで待たせてもらうことにした。
……さすがにチョコレートを口の周りにつけて部屋を出るのは、ちょっとね。
ベティーナさんが部屋を出て行ったので、代わりにメイドさんがそばにいてくれる。
チョコレートケーキはワンホール用意されているけど、さすがにワンホール抱えて食べられないから、わたしの手元のケーキがなくなったら切り分けてお皿においてくれた。わたしに取り分けさせるとぐちゃってなるから、手出し厳禁なんだって。
「スカーレット様はどれだけ食べても太らないから、羨ましいです」
メイドさんが、いつぞやのシャルティーナ様と同じことを言い出した。
わたしは、燃費のいいメイドさんがうらやましいですけどね。わたし、すぐにお腹がすくから。まあ、美味しいものをたくさん食べられるのは嬉しいんですけど。
「そう言えば、明後日から音楽の先生がいらっしゃるそうですね」
「はい! そうなんです!」
ベルでチリンチリンとリズムを覚える練習を続けていたわたしは、ついにリヒャルト様から「まあいいだろう」と免許皆伝(?)をいただいた。
ピアノにするかヴァイオリンにするか、はたまたフルートにするかでリヒャルト様は延々と悩んで、最終的に、ヴァイオリンに決めたらしい。
上級貴族のご令嬢はヴァイオリンを習う人が多いらしいという理由からだった。
……たまに、楽器を持ち寄って演奏会とかするのがご令嬢たちの中での流行なんだって! ピアノは持ち歩けないし、たくさんのビアノで合奏というのもあまりしないから、ヴァイオリンを習う人が多いのだそうだ。
わたしも、練習したらみんなと合奏できますかって訊いたら、何とも言えない顔で苦笑されたけど。
……あの顔、絶対に期待してなかったね!
こうなれば、リヒャルト様をあっと言わせてやりたくなる。わたしだってがんばれば、きっと、少しくらいはできるようになるはずだ。
周囲と話が合わせられるくらいに弾けるようになればいいって言っていたけど、わたしは合奏を目指しますよ!
……よ~し、がんばるぞ~! えいえいおー!
音楽の先生は、リヒャルト様自ら面接して決めたらしい。
高圧的でなく、穏やかで、のんびりした性格の人がいいと、なんと十二人も面接したんだそうだ。
そして最終的に選んだのが、ベルンハルト様を教えたことがあるおじいちゃん先生だった。
ベルンハルト様は子供の頃は落ち着きがなくて、音楽の授業が大嫌いでよく逃げ出していたんだそうだ。そんなベルンハルト様に付き合える気の長い先生だと言っていた。
わたしは逃げ出したりしないけど、同じくらい気長に教える必要があるだろうというリヒャルト様の判断で選ばれたらしい。
お勉強が嫌で逃げる子供と一緒にされるのはちょっと納得いかないけど、優しい先生に越したことはないよね!
明後日の初授業、楽しみです!
「って、ベティーナさん、遅くないですか?」
メイドさんとそんな話をしてすごしていたんだけど、アリセさんに用件を確認に行ったベティーナさんがいつまでも戻って来なくて、さすがに気になって来た。
ケーキを食べるのを中断して、口の周りを拭くと、メイドさんに手伝ってもらって服を着替える。
メイドさんと一緒に中央階段まで行くと、階下に見える玄関でベティーナさんとアリセさんが何やらもめているのを見つけた。
「どうしたんでしょう?」
「スカーレット様、階段の上で見守りましょう。あまり近づかない方がよろしいかと」
ベティーナさんが怖い顔をしていたので、メイドさんは何かあったと判断したようだ。
しーっと口元に人差し指を立てられてので、物音を立てないように気を付けながら階下を伺う。
階段の上から玄関まで距離はあるが、ベティーナさんには珍しく大きめの声で話しているのか、断片的ではあるけど声が届いてきた。
……ベティーナさん、怒ってる?
声の感じが尖っている。
反対に、アリセさんは切羽詰まっているようだった。
「お願いします! 少し……ほんの少しでもいいんです!」
「申し訳ございませんが、ご要望には沿えません」
「お、お金なら払います! 今あるだけでこれだけ……不足分は働いて必ずお支払いいたしますから!」
「何度も申しましたが、お金の問題ではございません。当主からも、誰であろうとそのような要望はすべて断るようにと命じられております」
「そこをどうか……!」
……うーん、本当に何があったんだろう?
アリセさんがベティーナさんに必死に縋りついている。
ベティーナさんの声は尖っているけど、でも、なんだかとっても困っているようでもあった。
メイドさんと二人で階段の上でこそこそしていると、わたしたちに気が付いたのか、ゲルルフさんがそっと二階に上がって来る。
そして、廊下の影に行くようにとジェスチャーで示されたので、わたしとメイドさんは廊下の影に移動した。
「ゲルルフさん、アリセさんはどうしたんですか?」
ゲルルフさんなら事情を知っているはずだと訊ねると、ゲルルフさんは肩をすくめる。
「あまりお伝えしたくありませんが、ご覧になっていたのであればお教えするしかありませんね。秘密だと言ったところでご納得されないでしょうし」
はい、その通りです!
とっても気になります!
ゲルルフさんは「アリセさんに向かって突撃されるよりまし」と判断したようで、二人が何をもめているのかを手短に説明してくれた。
「えーっと、つまり、アリセさんはわたしが前回アリセさんに飲ませたお薬がほしくて来たんですか。……うーん、それは困りましたね」
アリセさんには十歳の娘が一人いる。
お酒癖の悪かった旦那さんとは三年前に離婚し、今はシングルマザーというやつだそうだ。
けれども、お酒癖の悪い元旦那さんは中規模程度の商家の跡取りで、アリセさんと離婚する時に娘の引き取りを希望していたらしい。
アリセさんは抵抗し、何とか娘さんの親権を獲得したようなのだけど、ここに来てまた雲行きが怪しくなってきたという。
というのも、アリセさんの娘さんが、病気になったというのだ。
アリセさんは以前、娘さんもお店のお手伝いをしてくれていると言っていたけど、それは半年前までのことで、今は病気で臥せっているらしい。
お医者さんにも診せたけれど病状は回復せず、聖女の癒しか聖女の薬を調達するしかないと言われたんだって。
でも、アリセさんには聖女の薬を買うだけのお金がない。聖女の癒しも、薬を買う以上の寄付金を積んでも神殿に取り合ってもらえるかわからない。
そこへ、元旦那さんが、うちなら聖女の薬を買うだけのお金もあるから親権をよこせと迫ったらしい。
娘さんを渡したくないアリセさんは必死に抵抗していたけれど、聖女の薬を買うめども立たない。
そんなとき、ヴァイアーライヒ公爵の結婚式のドレス製作の話が舞い込んできた。
デザインが採用され、実際にドレスを作るとなるとたくさんお金が入って来る。
そうすれば薬を買うこともできるかもしれないし、もっと言えばヴァイアーライヒ公爵の花嫁……つまりわたしは聖女である。
親しくなれば、もしかしたら癒しの力を使ってくれるかもしれない。
アリセさんはそう考えた。
けれど、ことはそう悠長なことを言っていられなくなった。
元旦那さんはあの手この手で娘さんを奪い取ろうとしてくるし、娘さんの病状も思った以上に深刻で、どんどん悪化していく。
とてもではないが、ドレスのデザインが採用されるまで待てない。
元旦那さんに親権を渡せば娘は助かるだろう。
けれど、アリセさんはどうしても娘を手放したくなくて、必死に働いて何とかお金を稼ごうと無理を重ねる日々だった。
……そんな時に、わたしがアリセさんにお薬を飲ませちゃったんだね。
アリセさんにしてみれば、お金も取らず薬を提供されたことにとても驚いたという。そして同時に考えた。わたしなら、娘さんの薬も作ってくれるのではないかと。
もちろん、そんな話を聞いちゃったから、わたしだって薬を作ってあげたい。
でも、ゴジベリーの薬はリヒャルト様が実験中でどのような扱いになるかわからないし、別の薬も、癒しの力も、わたしの判断で安易に使ってはだめだとリヒャルト様に注意されたばかりだ。
ベティーナさんがアリセさんに断りを述べているのを見れば、アリセさんの娘さんのためにわたしの薬を渡したり、癒しを使うべきではないのだろう。
「……そう言う顔をなさると思ったから、言いたくなかったのですよ」
わたしがむぅと考え込んでいると、ゲルルフさんが眉尻を下げる。
「スカーレット様が悪いわけではありません。気に病む必要はないのです。そもそも聖女の力というのは特別なもの。必要ならば、神殿を通して依頼するのが筋なのです」
でも、神殿は寄付金優先だから、多額の寄付金をくれる貴族とか富豪とかを優先するよね?
もっと言えば、現在聖女たちがストライキを起こしているから、癒しの力は受けられないよね?
順番待ちだって聞くから、運よくその順番に入れてもらっても、いつ癒してもらえるかわからないよね?
薬にしたって、聖女がストライキを起こしているってことは、徐々に在庫も減っていくだろう。
神殿が今まで以上に金額を吊り上げる可能性もあるし、安易に出さないかもしれない。
わたしがゲルルフさんとお話している間に、アリセさんは諦めたように帰って行った。
……ベティーナさんはわたしを守ろうとしてくれているから、もちろん悪くない。
でも、このままアリセさんの娘さんを見捨てていいのだろうか。
確かに、元旦那さんに親権を渡せばアリセさんの娘さんは聖女の薬を買ってもらえて助かるだろう。
アリセさんの娘さんは、まったく助からないのではなくて、助かる道も用意されている。
もし、誰にも助けられない問題であるなら、ベティーナさんも考えたかもしれない。
すぐに返答できなくても、リヒャルト様に相談するくらいはしただろう。
でも、方法はある。
だから断ったのだ。
これがリヒャルト様の言うところの、身内かそうでないかの線引きなんだと思う。
ベティーナさんは、アリセさんではなくわたしを優先した。わたしの立場を守ろうとした。
……だから、誰も悪くない。
悪くないけど、助けられるのに助けないという選択は、胸が痛い――
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