薬とアリセの娘 2
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ちょっと長めです!
わたしが話し終えると、リヒャルト様がぐりぐりとこめかみをもんでいた。
「ひとまず、ベティーナ、ゲルルフ、よくやった」
ベティーナさんとゲルルフさんは微苦笑を浮かべている。
……今の説明に何か問題があったかな?
わたしは説明が苦手だけど、我ながら詳しく伝えられたと思うんだけど。
まあ、ところどころベティーナさんやゲルルフさんから補足が入ったけどね。
「スカーレット、デザートは食べ終わったな。薬についた話がしたいから、そうだな、私の部屋に行こう。ゲルルフ、スカーレットが作ったという新しい薬を部屋まで運んでくれ」
どうやら、ダイニングでは話しにくい内容みたい。
……リヒャルト様のお部屋!
執務室には入ったことがあるけど、リヒャルト様の私室に入るのははじめただ。
お話よりそっちが気になって元気よく返事をしたら、リヒャルト様がまたこめかみを抑えてしまった。今日は回数が多い。
手を差し出されたので、手を繋いで二階に上がる。
ふとその時、以前イザーク殿下が言った「エスコート」という言葉を思い出した。
「リヒャルト様、エスコートは腕に手をかけるらしいです」
「うん? 突然どうした」
「イザーク殿下がリヒャルト様にエスコートされないのかって言っていたのを思い出しました」
「何故イザークがそんなことを……ああ待て待て、説明しなくていい」
わたしの説明はとりとめがなくてだらだらと長くなるのを知っているリヒャルト様が待ったをかけて、手を繋いで階段をのぼりながら笑う。
「別にエスコートしてもいいが、スカーレットは手を繋ぐ方が好きだろう? それから、そちらの方が歩きやすいと思ったんだが」
リヒャルト様と手を繋ぐの、好きです!
そしてエスコートは、ちょっと歩きにくいです!
さすがリヒャルト様、わたしのことをよくわかっていらっしゃる!
うんうんと頷くと、リヒャルト様は「だからだよ」ともう一度笑ってから、わたしの足元を見た。
「裾を踏まないように気をつけなさい。いつもより裾が長いからな」
「そうでした!」
結婚式のときは足が隠れるほど長いドレスを着るので、今から慣れておいた方がいいだろうとベティーナさんが裾が長めのワンピースを数着買ってくれたのだ。
聖女のローブも裾が長かったけど、あれはひらひらと広がらないから、裾を踏んづけて転ぶことはなかったんだよね。これはひらひらするから注意しないと。
……裾を手で持ち上げて歩けば楽だって言ったら、ダメだって言われたんだよね。
淑女はスカートの裾を大きく持ち上げて歩かないらしい。ちょっとならいいらしいけど、そのちょっと加減がいまいちわからない。これは慣れるしかないだろう。
足元に注意しながらゆっくりと階段を上ると、リヒャルト様の部屋へ向かう。
リヒャルト様のお部屋はわたしのお部屋の隣だ。
「おじゃまします……」
ちょっとだけ緊張しながら、リヒャルト様が開けてくれた扉から部屋に入ると、リヒャルト様に笑われた。
「別に危険なものなど何もないぞ」
そういう心配はしていませんよ?
ただ、今まで入ったことがないからドキドキするだけです。
リヒャルト様のお部屋は、なんというか、リヒャルト様らしいお部屋だった。
入って左の壁には大きな本棚があって、分厚くて難しそうな本がぎっしり詰まっている。
寝室は別だそうで、ここのメインルームにあるのは、本棚と、飾り棚とソファ、それから窓際に大きな机。机には書類が積んである。
絨毯は臙脂色で、カーテンは薄いグレー。本棚と反対側の壁には一枚の風景画が飾られていた。
そして、飾り棚と別の、ガラスの扉がついた大きな棚の中には、何やらよくわからない実験道具らしきものもある。ビーカーとかフラスコとか……リヒャルト様、道具類を集めるほど実験が好きなんですね。まあ、実験好きは知ってましたけど。
広い部屋の中に置かれているのはこのくらいで、全体的にすっきりとまとめられている。
ソファに座ると、メイドさんたちがお茶とお菓子、ゲルルフさんがわたしの作ったゴジベリーの薬を持って来た。
さすがの盥に入れたままにはできなかったみたいで、大きめの瓶につめてある。それが三本。
瓶は透明だからお薬の薄ピンク色がしっかりと確認できるのだが、それを見てリヒャルト様が目を丸くした。
「また、君らしい色をした薬だな」
「わたしらしい? ……髪?」
リヒャルト様は赤系統の色は「わたしらしい」色と認識しているのだろうか。
そんなことを言われると思っていなくてきょとんとしていると、リヒャルト様が瓶を一つ手に取って蓋を開けた。
「匂いは……それほどないな」
リヒャルト様は紅茶の受け皿に置かれていたスプーンを取ると、お薬を少し取って口に含む。
「甘いな。ゴジベリー自体はそれほど強い甘みはないはずなんだが、不思議だ。君が作った薬だからか? ゴジベリーの味というよりは、蜂蜜を薄めた水を飲んでいるようなそんな感じだな」
わたしはお薬を味見していないから知らなかったけど、ゴジベリーの味がついているわけではなさそうだった。謎である。
「そう言えば、君の作る薬は苦くないと報告を受けたことがある。もしかして、普通に作った場合でも甘いのか?」
「さあ、どうでしょう」
作ったお薬の味見なんて滅多にしないからね。薬にする前の薬草をかじったことはあるけど、美味しくなかったから、きっと薬も美味しくないだろうって思っていた。特に聖女科でも使われていたあの薬草は激マズだし。
「……比較したいな」
思わぬところで、リヒャルト様の実験スイッチが入ったみたい。
実験はいいですけどね。わたしの出し汁(お風呂のお湯)実験に比べたらお薬の比較実験なんて可愛いものだろうし。だけど、今とっても忙しそうなのに、実験までしている余裕はあるんでしょうか?
心配になったけど、少年みたいに楽しそうな顔をしているリヒャルト様に向かって余計なことは言えなかった。
……うん、これは新たな実験がはじまる予感がするよ。
ゲルルフさんも困った顔をしているけど、止める気はないみたい。きっと昔からこうなんだろうね。
「この薬は私が預かってもいいか?」
「いいですよ」
「ついでに、ここで君が作った薬も、私が好きに使ってもいいか?」
「あれはリヒャルト様のために作ったお薬ですから、リヒャルト様が自由に使ってくれてかまいませんよ」
あまり時間は取れなかったけど、王都でもお薬を作っていた。
あのお薬は、いわばわたしの食費代わりというか、ご迷惑をおかけしていることに対してのお礼のようなものなので、使うなり売るなりリヒャルト様の好きにしてもらって構わない。
……まあ、聖女の薬の販売はあまり自由にはできないみたいだけどね。
これまでは神殿の許可なく販売できない代物だった。
聖女の仕事場ができたあとも、そこで作られた薬は国が販売管理をするらしいから、個人が自由に売買することはできないんだと思う。
聖女の薬は効果が高くて価値も高いから、下手に自由に売買させれば、偽物とかが出てきて市場が大混乱する恐れがあるんだって。難しいからよくわからないけど、取り扱い注意の代物であるというのはわかる。
だけどまあ、売買せずにこっそり使う分には問題ないだろう。グレーゾーンだそうだけど、黒じゃないってリヒャルト様が言っていた。グレーとか黒ってどういう意味だろう。
わたしからお薬の使用許可を得たことで、実験ができるとご機嫌になったリヒャルト様だったけど、ゲルルフさんがこほんと咳ばらいをしたことでハッと表情を正した。
「あー……、スカーレット、薬についてだが、少しいいか?」
「はい」
リヒャルト様が姿勢を正したので、わたしも背筋をピンとします。難しいお話でしょうか。あまり難しくないといいなぁ。
「君がゴジベリーを利用して作った新しい薬だが、他の薬との差異を調べた後で、義姉上に同じものが作れるかどうか試してもらわなくてはならない。そして、万が一君しか作れないと判断された場合は、外に出すべきではないと思っている」
「はい」
なるほど、出し汁と同じで、「わたしだけ」案件は危険なんですね。わかる気がします。たぶん。
「義姉上がゴジベリーで同じような薬が作れた場合は、今度は国王陛下に奏上し、この薬の扱いをどうするか協議する。作り方を教えて広めるか、それとも一部のものたちだけの秘匿としておくべきか、これについては陛下の判断にゆだねられるだろう。……だが、先ほど聞いたように、疲労回復の効果が追加で付与されている薬なら、これまでの聖女の薬以上だろう。病人は体力も落ちる」
リヒャルト様の言う通りだ。
病気を治しても、特に長く臥せっていた人とかは、落ちた体力の回復には時間がかかるもんね。疲労回復効果が付与されていたら、多少なりともそちらの回復にも効果が出る気がするよ。
「ここまでがこの薬の取り扱いに対する私側の要望だが、問題ないか?」
「問題ないです!」
「そうか、では次の話に移ろう」
え、まだあるの?
わたしが首をひねると、リヒャルト様がきゅっと眉間にしわを刻んだ。
「ここからはお小言だ」
……いやです!
わたしは途端に、この場からどうやって逃げようか考える。
だけどもちろん、リヒャルト様が逃がしてくれるはずがない。
扉の内側にはゲルルフさんが立っているし、隣に座っているリヒャルト様はがっちりとわたしの手を掴んでいるから逃亡は不可能だ。
……ベティーナさーん!
心の中でベティーナさんに助けを求めるけど、ベティーナさんはこの部屋にはいない。
リヒャルト様の部屋が見られると思ってうきうきとついてきたわたし、失敗した!
わたしの部屋でって言えばよかったよ!
リヒャルト様はちょっと怖い顔になると、逃げだそうとしているわたしにずいっと顔を近づける。
「スカーレット、君の優しさは美点だと思う。だが、迂闊すぎるのが難点だ。君はもっと自分の価値を理解すべきだし、聖女がなんたるか、聖女の薬の扱いがどのようなものかを、もう少し考えて行動しなくてはならない」
うへ、いきなり難しいことを言われました!
「え、えっと、つまりどういうことですか……?」
聞かないと怒られそうなので、ここは聞いたふりは得策ではないだろう。
だけどリヒャルト様の言っている意味がわからないから、もっとわかりやすく言ってもらえないと理解できない。
「君には具体的に説明しないといけないんだったな。そうだな……」
わたしに説明する方法を考えるためか、リヒャルト様の怖い顔がちょっと緩んだ。その調子で眉間の皺が消えてくれることを願う。
「スカーレット。聖女の薬は、とても高額だ。これはわかるな」
「はい」
「聖女の薬が高額なのは、神殿が金額を吊り上げているのも一つの理由だが、他の薬より高額設定するのは聖女たちを守るためでもある」
「はい?」
「わかっていないな……」
リヒャルト様はこめかみを指でぐりぐりしながら続けた。
「聖女たちは守られる存在だ。国が聖女たちを守るのは、その力が稀有であると同時に、その大きな力に縋ろうと、国民が直接聖女たちに癒しを乞うことを防ぐためでもある」
どういう意味だろかと首をひねると、リヒャルト様がより詳しく説明してくれた。
つまるところ、聖女の数が少なすぎて、癒しを乞う人たち全員を聖女が相手にできないというのが一つの大きな問題らしい。
国民は癒してほしい。その感情に、貴賤は関係ない。
まあ、それは理解できる。
病気や怪我をした人が癒してほしいと思うのは当然のことだからだ。
だけど、「癒してほしい」と思っている国民に対して、聖女は数が少なすぎる。
助けを求めてきた人全員を聖女は相手できないが、癒してもらった人はともかく、癒してもらえなかった人は不満を抱えるだろう。その不満は、理不尽だが聖女へ向かうことになる。
ゆえに聖女価値を吊り上げて、聖女に癒してもらうのは特別なことだと国民たちに周知させなくてはならない。
……うん、難しい!
神殿は聖女たちの価値を吊り上げすぎてお金儲けに走っているので、それはそれで問題だが、やりすぎなければ悪い方法ではないんだって。
国が聖女の職場を作っても、聖女の力は安易に借りられるものではないという線引きはする必要があると言っていた。
多少、聖女の力を借りやすくするとしても、誰もが聖女の元に押しかけるようなことになってはならない。
昔のように聖女がたくさんいて、癒しが行き届いているときならば大問題には発展しないだろうか、今はあまりにも癒し手側が少なすぎる。
「スカーレットが、目に届く人に救いの手を差し伸べるのは悪いことだとは言わない。だが、同時に、君が安易に人を癒しすぎると、君ならば無償で癒してくれる、頼めばどうにかしてくれると、周囲の人間は誤解するだろう。ベティーナがアリセに口止めしたのはそのためだ。わかるか?」
「な、なんとなく……」
「では言い方を変える。明日の朝に突然、千人の人間が癒しの力を求めてこの邸に押しかけて来たとする。それが毎日続く。君は対応できるか?」
「……さすがに毎日は無理だと思います」
千人だけなら、日を分けて頑張れば行けるんじゃないかな~と思ったけど、さすがにそれが毎日になるとわたし一人では無理だ。
「聖女が守られているのは、だからなんだ」
なるほど、それならわかる気がする。
癒すことは可能だけど、限度があるもんね。癒してあげたくても全員は無理だ。
「神殿は寄付金額でその線引きをしている。それは問題だと思うし、君も納得はできないだろう。だからと言って、線引きをしないのも問題なんだ」
「はい」
「君が、身内だけにこっそり力を使う分には私は何も言わない。言葉を発せない動物相手でももちろん構わない。だが、外部の人間に力を使う場合は、私やベティーナでもいい、相談してくれ。頼まれてもその場で力を使ったり薬を与えたりしないでくれ」
そこまで言って、リヒャルト様は嫌なことに気が付いたとばかりにぐぐぐっと眉間の皺を深めた。
「……あー、そう言えば、君は身内の線引きも甘いんだったな。ええっと、身内は私や我がヴァイアーライヒ公爵家の使用人までだ。陛下もベルンハルト兄上も身内以外だと思ってくれ。そうすれば基準ができるだろう」
「基準……」
「ベルンハルト兄上が身内でないのに、アリセは身内か?」
わたしはハッとして首を横に振った。
ベルンハルト様とアリセさんだったら、ベルンハルト様の方が近しい気がする。だから、ベルンハルト様が「身内以外」ならアリセさんも「身内以外」だ。
……うん、わかった!
「うちの使用人は結束が固い。君がちょっとやそっと力を使おうと、外部に言いふらしたりはしないだろうが、他は違うということだ」
「ベルンハルト様……じゃなくてお義兄様も、言いふらしたりしないと思います」
「まあそうだろうが、線引きの基準にさせてくれ……って待ちなさい。お義兄様とはなんだ」
「ベルンハルト様がそう呼ぶようにって」
「……兄上め。まあ悪いとは言わないが」
やれやれとリヒャルト様が息を吐く。その拍子に眉間の皺が消えた。
「つまりはそう言うことだ。今後、聖女の癒しの力を使ったり、薬を渡したくなった時は、必ず相談するように」
「ベルンハルト様が授業で作った薬が欲しいって言っていましたけど、あれは?」
「……聖女科の授業で作った薬のみ、ベルンハルト兄上限定で渡すことを許可する。今更ダメだと言えば、兄上がうるさいだろうからな」
「わかりました!」
「話は以上だ。新しい薬については、実験結果が出たら報告しよう」
いえ、小難しい話は苦手なので報告はいりませんよ。
まあ、いらないと言っても報告してくるんでしょうけどね。
また細かい数字とかが書かれた紙の束が出来上がることを想像して、わたしはがっかりと肩を落とす。
……実験スイッチの入ったリヒャルト様、細かいんだよ~!
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