薬とアリセの娘 1
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お医者さんからゴジベリーを使って薬を作れば疲労回復に効くかもしれないと教えてもらったわたしは、さっそく試してみることにした。
アリセさんはまだ目覚めないので、アリセさんが起きるまでに作ってしまえるだろう。
聖女の薬で使う薬草は、聖女の力を水に溶かす際に安定させる媒体のようなものだから、あんまり気にしたことがなかったけど、使うもので効果が付与できるものもあるんだね!
聖女は病気や怪我の治癒のために力を使うから、それができれば問題ないって、誰も気にしたことはなかったのかもしれない。
わたしも、ゴジベリーで疲労回復効果が付与された薬が作れるなんて知らなかったもん。
そもそも、「薬草」以外で薬を作ろうとしたことがなかったし。
キッチンから乾燥のゴジベリーをもらって、わくわくしながら薬を作る。
……新しい試みだから、なんだか実験みたいで面白いかも。
リヒャルト様が実験大好きな気持ちがちょっとだけわかった気がする。何が出るかわからないのは、面白い!
「えっと、薬草を使わずゴジベリーだけでいけるのかな?」
わからないから、試してみて考えよう!
聖女科の授業みたいにコップとかビーカーとかで作るのは面倒くさいので、盥を使う。
盥に水を入れて、ゴジベリーをばらばらと入れた。量はいちいち測らない。測らなくてもたいていうまくいくからだ。というか、はじめての試みだから、ゴジベリーの適量がわからないし。
……薬草で作るときより、気持ち多めに入れれば大丈夫かな?
聖女の薬は、ほとんどが勘!
うまくできますように~って念じながら力を注いでいく。
いつもはパッと作っちゃうけど、ゴジベリーを使うのははじめてだから慎重に、慎重に。
ゴジベリーの効果を引き出しつつ、それを媒体にして水に聖女の力を溶かしていく。
慎重に聖女の力を溶かしていくと、ピカッと光った。お薬の完成だ。
……うん、聖女の力は付与されているね! あとはゴジベリー効果がどこまで見られるかだけど。
実際に、飲んでみてもらわないと判断がつかない。
わたしが盥ごとアリセさんが眠っている客室に行こうとすると、ゲルルフさんが慌てて待ったをかけた。
「スカーレット様、お薬ですが、一回分の量をこちらのコップに移し替えましょう。盥のまま渡されても困るでしょうから」
「わかりました。じゃあ、残りのお薬を入れる瓶か何かください。アリセさんのお土産にします」
一回で疲労回復に効果があるかどうかはわからないもんね。盥で作ったから三十回分くらいあるし、これだけ使ってもらえばどんな効果があったのかわかるだろう。
すると、ゲルルフさんがさらに慌てたように待ったをかけてきた。
「お薬は一回分だけにしましょう。新しいお薬ですからね」
「新しいお薬だから、使って見てもらって効果を調べた方がいいんじゃないですか?」
だって、ちゃんと疲労が回復するかわからないし。
「いえいえ、新しいお薬だからこそ、一回分にとどめておくのですよ」
なんで?
わたしが首をひねると、ゲルルフさんがこめかみを抑えながら、「えーっと」と唸り、それからポンと手を打った。
「新しいお薬ですからね、旦那様に見てもらわなくてはなりません。旦那様もきっと見たいと思いますよ。それに、旦那様ならどのような効果が出るのか、きちんと調べてくださると思います」
「なるほど!」
実験大好きで細かいリヒャルト様なら、新しいお薬もきっと調べてくれるだろう。
効果のよくわからないものをアリセさんに大量に押し付けるより、効果がわかってからの方がいいよね。
そう言うことなら、今飲む一回分だけお渡ししよう!
ゲルルフさんがコップを持って来てくれたので、盥から一回分だけの量をすくいとる。
作ったお薬はほんのりピンク色だ。ゴジベリーが赤いから、その色が溶け出したんだと思う。
客室に行くと、アリセさんはまだ眠っていたので枕元に座って起きるのを待つことにした。
過労と栄養失調だから聖女の力がほとんどきかないのは仕方がないけど、体調が悪いのに治してあげられないなんて心が痛い。
過労だけならまったく効果がないわけじゃないが(劇的に回復するわけでもないけど)、栄養失調はどうしようもないのだ。
「スカーレット様が力を使ってくださったからか、倒れた時より顔色はいいようですよ」
ずっとアリセさんの側についていてくれていたメイドさんが、にこりと優しく微笑んだ。
確かに真っ白で血の気がなかったアリセさんの頬がうっすらとピンク色になっている。少しは回復したみたいだね。
お薬を作ったからかちょっとお腹が減ったので、フィナンシェをもらってもぐもぐしながら待っていると、三十分くらいしてアリセさんがゆっくりと瞼を開いた。
「アリセさん、大丈夫ですか?」
最初は焦点が合っていないような目の動き方だったけど、話しかけたら顔ごとわたしの方を向いて、アリセさんがパチパチと目をしばたたく。
「わたしは……」
「倒れたんですよ、覚えていますか?」
「倒れ……、あっ!」
アリセさんはハッと目を見開いて、跳ね起きるように上体を起こし、それから片手で額を抑えてうつむいた。眩暈がしたんだと思う。
「アリセさん、無理したらダメですよ。栄養失調と過労です。とりあえず、これを飲んでください。苦くないと思います」
だって、ゴジベリーしか使ってないもんね。苦い薬草が入っていないから、味は大丈夫なはず。
アリセさんは薄ピンク色の薬を見て、ジュースだと思ったのだろうか。不思議そうな顔でコップを手に取った。
「ありがとうございます。……ん、甘くておいしいですね」
なんと、新しいお薬は美味しいらしい! やったね!
お薬を全部飲み終えたアリセさんが、数分くらいして首をひねる。
「どうですか? 体に変化はありますか? 疲れが取れたとか……」
「え、ええ、体が重くて頭がくらくらしていたんですが、落ち着いてきたと言いますか、おっしゃる通り、疲れが取れていくような……」
「ということはお薬成功ですね‼」
やったよ、ベティーナさん、ゲルルフさん!
嬉しくて二人を振り返れば、二人ともどこか困った顔で微笑んでいる。成功したのに、なんでだろう。
「お薬……?」
アリセさんが不思議そうな顔で首をひねっているので、説明しようとしたら、ベティーナさんから待ったが入った。
「ここはわたくしが。スカーレット様は、あまり説明向きではありませんので……」
それは否定しない。いろんな人に「スカーレットの説明はよくわからない」って言われて来たからそうなんだろう。
ベティーナさんがアリセさんに、玄関まで倒れたこと、わたしが聖女の力を使ったこと。それから先ほど飲んだのが聖女の薬であることを伝えると、アリセさんは蒼白になって震えだした。
「そ、そんな……! 聖女様の癒しの力にお薬ですか⁉ わ、わたし、とてもじゃありませんが、聖女様の癒しとお薬に対する対価をお支払いできません……!」
……こ、ここでも神殿が聖女の力とかお薬とかの金額を釣り上げた弊害が。
可愛そうなくらい青ざめているアリセさんに、わたしはおろおろしながら「お金はいりません」と言おうとしたんだけど、それをベティーナさんがすっと手で制す。
「アリセさん、お金は必要ありません。スカーレット様の慈悲としてお受け取りください」
えっと、別に「慈悲」なんてたいそうなものじゃないんだけどな……。そんな言い方をされると、わたしがすごく偉い人になったみたいに聞こえるよ。
「し、しかし……!」
「素晴らしいデザインを仕上げてきてくださったアリセさんへの、スカーレット様のお気持ちです。ただし、これは特別なことですので、他の方にはご内密に」
「は、はい! それはもちろんです!」
「それから、お医者様の見立てでは過労と栄養失調です。休息と食事をしっかりとってください。よろしいですね?」
「ご迷惑をおかけして申し訳ございません……」
「それでは、もうしばらくお休みになってください。お店まで馬車を出しますので」
「いえ、歩いて帰れますので……!」
「もしそれで途中で倒れたりしたら、スカーレット様が悲しみます。今日は当家にお送りさせてください」
「……は、はい。それではお言葉に甘えて」
……おお、ベティーナさん、すごい!
そうだよね。帰る途中で倒れたら大変だもんね! うんうん。
「それではわたくしたちはこれで。スカーレット様、行きましょう。ここにいてはアリセさんがゆっくり休めませんからね」
「わかりました! アリセさん、ゆっくり休んでくださいね!」
わたしが枕元に陣取っていたらアリセさんも恐縮してしまうだろう。だって一応、わたしはアリセさんのお客さんだからね。存在は気にしちゃうよね。
そのあと、アリセさんは一時間ほど休んでから、ヴァイアーライヒ公爵家に馬車に乗せられて帰っていった。
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