ストライキってなんですか? 1
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わたしは今日、リヒャルト様と一緒に、王都の東にある旧王宮に来ている。
国王陛下から聖女の仕事場に使っていいよと許可を得た旧王宮は、聖女の仕事場にするために改装工事というものを行っていて、その見学に行くというからついてきた。
だって、今日は学園お休みだもんね!
学園は週末の二日がお休みなのだ。まあ、わたしの場合は週に二日か三日くらいしか通わない予定なので、週の半分はお休みなんだけど。
「ここで働く聖女は、集まりましたか?」
「まだ声をかけていないんだ。神殿に赴いて直接勧誘するわけにもいかないからな。とはいえ、人選を神殿側に任せるのも不安がある」
そうだね。神殿は聖女でお金儲けがしたいから、聖女に神殿の外に出るかって声をかけるはずがない。そのまま知らん顔される可能性が高いよね。
「カンナベル枢機卿が協力してくれるそうだが、すべて任せるのも申し訳ないからな。どのようにして声をかけるかは検討中だ。ここまで強引に進めてきたが、反対意見がないわけではないからな。あまり無理なやり方はできない」
「反対意見、あるんですか? 教皇様?」
「神殿関係者の反対意見はもちろんだが、一部の貴族も反対しているんだよ」
「どうして?」
「……いろいろあるんだ。いろいろね」
なんか複雑な問題のようです。
うん。聞いてもわかんないだろうから聞くのはやめておこう。リヒャルト様もあまり言いたくない問題みたいだし。
改装工事中の現場は危ないから近づくのは禁止と言われて、わたしはすでに改装が終わったダイニングに向かった。
改装工事と言っても、中を大きく変えるわけではなく、老朽化している部分を治したり、扱いにくいシャンデリアを外したりしているんだって。
シャンデリアはたくさんの蠟燭を使うとっても豪華な照明だけど、管理が面倒くさいから外すことにしたらしい。
使用人は雇うけど、お城と違ってたくさんの人を雇い入れるわけではないから、いらない仕事は極力減らす方向で考えているそうだ。
ものすごくたくさん改装しなくちゃいけないわけじゃないから、あと一か月もすれば終わるだろうってリヒャルト様が言っていた。
「警備については当面は騎士団の方で請け負ってくれるそうだ。そのうち専門に雇い入れてもいいと思っている。聖女の薬の収入の半分程度でここの運営費が賄えるようになるのが理想だな」
「お薬の金額は決めているんですか?」
「まだ具体的には決めていないが、最初は神殿で売っている金額の半分程度で、そこから徐々に下げていければと思っている。最終的に、そうだな……薬師の作る薬の五倍程度の価格までには抑えたい。道のりは長いだろうがな」
確かに道のりは長そうだ。
だって、聖女の薬は、とっても高いもんね。そして作る人は限られるから、いきなり金額を落とすわけにもいかないもんね。在庫がなくなったら元も子もないんだから。
リヒャルト様が需要と供給のバランスが~とか、また難しいことを言い出したので、そこはスルーしておく。
価格を抑えても、在庫を見ながら王家が販売管理を行えば、買い占めや転売などを防げるとかなんとか言っていたけど、これもよくわからないからスルー。なんかいろいろ難しい問題があるんだね。
簡単にまとめると、ここの運営費と聖女のお給料が、お薬の収入で賄えるようになるのが目標なんだって。
新しい試みだから全部が手探りで、少しずつ改善しながらやっていくしかないんだそうだ。
なんなら最初にわたしがお薬をばば~って作って売ればいいんじゃないかなって思ったんだけど、それはだめらしい。
心配しなくても、国から予算をもぎ取るから最初は赤字でもいいんだって。その予算の問題で反対意見とか出ていて面倒くさいらしいけど、反対者より賛成者が多いから押し切れるんだそうだ。
「スカーレットから見て気になったことはあるか?」
「うーんと、聖女のお仕事ですけど、お薬を作るのにそれほど時間がかかるわけではありませんし、たぶん、結構暇だと思います。神殿でもそうでした。暇な時間は、どうしたらいいですか?」
「好きにすればいいと思うよ。ここで過ごしてもいいし、町に遊びに行ってもいい」
「つまり、自由ですか?」
「そうだが……何か気がかりなことでもあるのか?」
「気がかりっていうか……」
神殿で暮らす聖女はたいてい暇を持て余している。
癒しの力を使って、お薬を作るけど、癒しの力を使うのは一日一回以下で、お薬も作って一日に四、五本程度くらい。それが終われば、特にすることがない。だからおしゃべりをしてすごしたり、薬草を育てたりしていた。
そんな聖女たちがいきなり自由を与えられても、たぶん、その自由をどう満喫していいのかわからないと思う。
わたしだって、リヒャルト様がお誘いしてくれるからお出かけするけど、好きにしていいよって言われたらどうしていいかわからない。
遊び方を知らない、と言えばいいだろうか。
結局、どうしていいかわからないから、神殿で暮らしていたときと同じようにおしゃべりして薬草を育てて一日が終わると思う。
結婚して、家庭を持って、ここにお仕事のときだけ通って来る聖女は別かもしれないけど、ここで暮らすことを選択した聖女は、きっとそうなる。
「……なるほど、遊び方、か」
わたしの説明を聞いたリヒャルト様が困った顔をした。
「その心配はしていなかったが、そうだな。私も彼女たちを閉じ込めたいわけじゃない。だが、対策を考えておかなければ、閉じ込めるのと同じようなことになるわけか……」
「はい。わたしはお買い物の仕方もわかりません。聖女仲間もそうだと思います。お金、持ったことありませんし」
「言われてみたら、スカーレットに金を使わせたことはないな」
そう、お出かけしてもいつもリヒャルト様かベティーナさんが払ってくれる。
シャルティーナ様と一緒のときはシャルティーナ様が支払うし、そもそもわたしはお金を持ったことがない。
……お出かけするなら、お金の使い方を知らないとダメだもんね?
わたしのようにリヒャルト様やベティーナさんが一緒ではないのだ。いきなり好きにしろと言われても、聖女仲間たちは困ると思う。
リヒャルト様が以前わたしに言ったように、幼いころから神殿で暮らす聖女たちは、一般常識を知らない。
世の中の仕組みも、どうやって生きていけばいいのかもわからない。
……わたし、リヒャルト様に拾われて、本当によかった。
あの時リヒャルト様に拾われなければ、もしかしなくても、わたし、今生きていないかもしれない。
漠然とお仕事をしてお金を稼がなくてはいけないことはわかっていたけど、どうやってお仕事をするのかもわからなかった。
でも、わたしと同じように、リヒャルト様がここで暮らす聖女たち全員に優しくするのは、ちょっともやっとする。
優しいリヒャルト様だから聖女たちの面倒を見ると思うけど、なんとなく、リヒャルト様が減っちゃうような、変な気分になる。なんでかな。
胸の中がもやもやして、つい、リヒャルト様の腕に縋りついて甘えてしまった。
「どうした?」
って、リヒャルト様がラベンダー色の瞳を細めて優しく笑う。
「リヒャルト様の妻は、わたしだけです」
「うん?」
「ここで暮らす聖女たちは、妻にはなりません」
「んんん?」
「違いますか?」
「違わないが、待て、いったいどうした」
「なんとなく、思っただけです」
どうしてそんなことが確認したくなったのかはわからない。
でも、「違わない」って言ってくれたから、もやもやが少し落ち着いた。
腕にしがみついたままでいると、リヒャルト様が不思議そうな顔をしながら、反対側の手で頭を撫でてくれる。
「私の妻はスカーレットだけだ。だから私がここで暮らす聖女たちの面倒を見られないと言っているのか?」
ちょっと違う。
でも、わたしも自分のもやもやの正体がわからないから、なんて言っていいのかわからない。
「心配しなくても、私が聖女たちを妻にすることはできないが、聖女たちの常識の問題については考えておくよ。君にサリー夫人をつけたように、誰か教師を雇ってもいいしな」
……教師。つまり、リヒャルト様じゃ、ない。
そのことに、何故かホッとする。
「教師、いいと思います」
聖女たちも、教えてくれる人がいたら嬉しいだろう。
そしてわたしも、それがリヒャルト様じゃないから安心。
……なんで安心?
どうしてそう思ったのか、自分の気持ちがまた理解できなくてわたしは軽く首をかしげる。
ダイニングを確認した後で、工事が終わった他の部屋も見て回って、お腹が減ったから帰ろうと思ったときだった。
ぱたぱたと、見知った騎士さんが馬に乗って旧王宮の門から庭に入ってくるのが見えた。
「リヒャルト様、ハルトヴィッヒ様です」
あれは、リヒャルト様のお友達のハルトヴィッヒ・バーデン様だ。灰色の髪にヘーゼル色の瞳の、親切な騎士さんである。
リヒャルト様が怪訝そうな顔をして立ち止まる。
ハルトヴィッヒ様は玄関前で馬を止めると、ひらりと軽やかに降りた。
「リヒャルト様、問題が起きました。陛下が至急登城せよとのことです」
リヒャルト様はものすごく嫌そうな顔になって、はあ、とため息を吐いた。









