結婚準備と内緒話 5
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お昼ご飯を食べた後しばらくしてエレン様が迎えに来てくれたので一緒に四時限目の授業を受けた後、わたしは迎えに来てくれたベティーナさんと一緒に帰宅した。
カフェテリアのときからずっとモヤモヤが続いていたから、リヒャルト様に教えてほしくて、その時のお話をしてみると、リヒャルト様がこめかみを押さえる。
「なるほど、スカーレットの気持ちはわかった。……だがあれは、外部がとやかく言ってどうにかなる問題ではないんだよ。それでどうにかなるならとっくにやっている」
「つまりどういうことですか?」
「あの二人の仲の悪さは深刻だということだ」
……仲が悪い?
確かにその話は以前聞いたことがある。
でも、エレン様と一緒にいると、本当にそうなのだろうかと疑問に思うのだ。
……少なくとも、エレン様はイザーク殿下が嫌いじゃないと思うよ。
だからこそもやもやするのだ。
イザーク殿下はエレン様がツンツンしていて冷たいという。そんなことないのに。イザーク殿下は、きっとエレン様が優しいことを知らないのだ。
人の心は、誰かが口を出してどうにかなる問題ではない。そのくらいはわたしにもわかるし、そもそも、複雑になればなるほどわたしは理解できなくなる。
でも、知らないのは悲しい。
イザーク殿下がエレン様をどう思うかはイザーク殿下の心の問題なのでわたしがとやかく言えないけど、せめてエレン様が優しいことは知ってほしい。
知らないのに決めつけるのは、なんかやだ。
「スカーレット、ほら、シュークリームでも食べて機嫌を直しなさい」
おやつタイムに出されたシュークリームをリヒャルト様が差し出してくれる。
今日はぽかぽかいい天気だから、お庭でおやつタイムだ。
ヴァイアーライヒ公爵邸のタウンハウスには、四阿っていう五角形の形をした壁のない小さなお家みたいな憩いの場があって、今日はそこを使わせてもらっている。
屋根はあるけど、横から日差しが差し込んできて暖かくて気持ちがいい。
……シュークリームは食べるけど、もやもやはこれじゃあきっと直らな……シュークリーム美味しいっ!
「機嫌が直ったな」
くすくすとリヒャルト様が笑う。
「今日のシュークリームはサクサクします! あと、中のクリームがふわふわ!」
シュークリームの生地には、ふにゃって柔らかいやつとサクッとするやつがあるけど、今日はサクッの方。クリームはきっとカスタードクリームと生クリームが合わせてあるやつだ。バニラのふわりといい香り。
「気に入ったようでよかった。城の料理長にスカーレットの話をしたら持たせてくれたんだ」
なんと、お城の料理長さんお手製のシュークリームらしい。
「リヒャルト様は料理長さんと仲良しなんですか?」
「昔から世話になっているからな。とはいえ、それほど顔を合わせるわけではないが。そろそろいい年になったから退職すると聞いたので会いに行ったんだ。……ついでに、我が家でのんびり働くかと誘っておいた」
「お城の料理長さんがうちに!」
「フリッツとも知り合いだからな。まあ、彼は王都に家族がいるから、働くとしても王都の邸になるだろうが。……もちろん、いい返事があれば、な。いきなり仕事がゼロになっても退屈だろうと誘ってみたんだ」
さすがですリヒャルト様! お城の料理長のご飯、食べたいです! デザートも!
いい返事がもらえないかなとわくわくしていると、リヒャルト様がいたずらっ子みたいな顔をして、口元に指を立てる。
「それから、もしうちで働かないにしても、結婚式のあとのパーティーの料理を任せたいと頼んでおいた。こちらはいい返事が返って来たから、楽しみにしておきなさい」
「はいっ」
さっきまでのもやもやが全部吹き飛んで、わたしはシュークリームにかぶりつく。
だけど、忘れたわけじゃないよ。
「もぐもぐ、エレン様とイザーク殿下は婚約者同士だから結婚するんですよね?」
「そうだな。来年の春の可能性が高い。まだ正式決定ではないがな」
貴族は仲良しじゃなくても結婚するらしい。政略結婚というやつだ。でもそれだと、幸せになれるのかな。
「二人は、仲良くなれませんか?」
「どうだろうな。共に過ごす時間が増えればあるいは……。まあ、逆に悪化する場合もあるだろうが」
「え!」
「二人が互いに歩み寄ろうとしない限り、どうすることもできないだろう。だが、仲が悪くとも、エレンはしっかりしている。多少気は強いが、理不尽に他人を虐げたりするような子じゃない。能力、身分、どれをとっても、エレン以上に将来の王妃にふさわしい女性はいないんだよ」
「エレン様は幸せになれますか?」
「…………幸せは、自分自身の物差しでなければわからない。エレンが納得すれば幸せだろうし、納得できなければ、幸せではないだろうね」
珍しく、リヒャルト様が言葉を濁した。
たぶんリヒャルト様も、このままだとエレン様は幸せになれないだろうと気づいているんだと思う。
だって、わたしが気づいたんだもん。
エレン様のイザーク殿下への気持ちを。
リヒャルト様が気づかないはずがない。
だけど、誰にもどうすることはできない。
イザーク殿下は王太子殿下で、エレン様は最も王妃にふさわしい女性だ。
だから、感情は二の次。
きっと、これがサリー夫人の言っていた貴族の義務なんだと思う。
貴族じゃなくて、常識にも疎いわたしには、理解できない問題。
……貴族の義務、悲しいね。
リヒャルト様も、思うところはあるんだと思う。
でも、余計な口は出せない。
見守ることしか、できない。
リヒャルト様のことだから、きっと過去には口を出したと思う。
それで変わらなかったから、「どうにもならない」って結論を出したのだ。
「結婚は、幸せなのがいいです」
「そうだな」
わたしは、リヒャルト様に結婚しようって言われて幸せだった。
今も幸せ。
そしてきっと、これからも幸せ。
……でも、エレン様は……。
サクッとシュークリームをかじりながらうつむく。
リヒャルト様がそっと手を伸ばして、うつむくわたしの頭を、ゆっくりと撫でてくれた。









