結婚準備と内緒話 4
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ちょっと長めです(*^^*)
授業が終わった後で、エレン様にカフェテリアに行きたいと言ったら、エレン様はこのあと「生徒会」とかいうところに行かなくてはいけないから無理だと言われ、代わりにイザーク殿下がついてきてくれることになった。
リヒャルト様から学園では聖女科にいないときはエレン様と行動をともにするように言われていたんだけど、イザーク殿下とカフェテリアに行ってもいいのだろうか。
……イザーク殿下はリヒャルト様の甥で家族だから、大丈夫?
リヒャルト様がここにいないから確認できないけど、イザーク殿下が「大丈夫だよ」と言ってくれたからきっと大丈夫なのだろう。
なんとなく歴史の授業を受けているあたりからエレン様が元気がないように見えたので、バスケットの中からマドレーヌを出してプレゼントした。
このマドレーヌは、バターたっぷりで美味しいよって言うと、ちょっと笑ってくれたからホッとする。
「それでは、お昼休憩が終わるころにカフェテリアに迎えに行きますわ」
「はい!」
理事長室にお菓子を食べに行きたかったけど、エレン様がカフェテリアに迎えに来てくれるなら今度にしよう。
「……イザーク殿下、スカーレットはよく食べる子ですから、好きなだけ食べさせて差し上げてください。おそらく、メニューにあるものは全部食べると思いますわ」
「何を言っているんだい? エレン」
「実際に経験すれば納得されると思います。それでは、わたくしはこれで」
エレン様がイザーク殿下に軽く会釈をして歩いて行く。
イザーク殿下は不可解そうな顔をしていたけれど、気を取り直したように笑うと、わたしに向かって曲げた肘を差し出してきた。
……うん?
よくわからなかったので、同じように肘を曲げて見せるとイザーク殿下がぷっと笑う。
「違う違う。スカーレットは、こう。手を肘にかけて。エスコートはされたことない?」
「あります!」
リヒャルト様にエスコートされたことはある。ただ、最近は手を繋いで歩くことが多いから忘れていた。
でも、学園の中でエスコートされている人はいなさそうだけど、王太子殿下だから特別なのかな?
わからないけど、エスコートしてくれるそうなので応じておく。断るのも変だと思うし。
カフェテリアに向かうと、そこは大きなレストランみたいだった。
席がたくさんあって、制服姿の人が大勢いる。
「こっちだよ」
イザーク殿下に連れられて歩いていると、近くにいた人が驚いた顔で振り返った。きっと王太子殿下だからだね。
カフェテリアの奥に扉があって、その奥は個室らしい。
イザーク殿下はいつもこの奥の部屋でお友達とご飯を食べるそうだ。
部屋の中には長方形の大きなテーブルがあって、椅子が十脚くらい並んでいた。
二人の男性と、三人の女性がいる。みんな制服姿なので生徒だろう。
「みんな、彼女は聖女スカーレットだ。今日は一緒に食べようと思うんだが、かまわないだろうか?」
「スカーレットです。ええっと……ごきげんよう?」
で、いいのかな?
いまだに、「ごきげんよう」の使いどころがわからない。
だけど、三人の女性が「ごきげんよう」と返してくれたから間違ってはいないんだろう。
残り二人の男性は「よろしく」と手を振っている。「よろしく」でもよかったらしい。
……貴族の挨拶ってよくわからない!
これはリヒャルト様へ確認が必要だ。絶対にそうだ。帰ったら教えてもらおう。
「スカーレット、右からクルト・ビュルク伯爵令息、ドロティア・ビュルク伯爵令嬢。ドロティアはクルトの妹なんだ。そしてカースティン・ボダルト侯爵令息、グレンデ・ビュッフェン伯爵令嬢にレーネ・ビュッフェン伯爵令嬢。二人は双子の姉妹だ」
……が、がんばれわたしの記憶力! さすがに名前は覚えないとまずですよね!
イザーク殿下が説明してくれるのを、必死に心のメモに書き留める。本当は実際にメモに取りたかったけどさすがにそれは失礼だと思うし、そもそも紙とペンを持ってない!
ええっと……。
クルト・ビュルク伯爵令息は十八歳で、イザーク殿下と同じ最終学年。黒髪に黒い瞳で、すっと切れ長の瞳をしていて、ほっそりしている。
ドロティア・ビュルク伯爵令嬢はクルト様の妹で十三歳で一年生。黒髪に焦げ茶色の瞳。小柄で可愛い。
カースティン・ボダルト侯爵令息は……うん? ボダルト? どこかで聞いたような……思い出せないからまあいいや。えっと、十七歳の最終学年で、蜂蜜色の髪にエメラルド色の瞳。背が高くて、ちょっと怖そうな感じがする。
グレンデ・ビュッフェン伯爵令嬢は十四歳の二年生で、金色のくるくるした髪に青い瞳。
レーネ・ビュッフェン伯爵令嬢はグレンデ様の双子の妹で、同じく二年生。まっすぐな金髪に青い瞳。
グレンデ様とレーネ様は顔立ちがそっくりだけど髪型が違うおかげで見分けられるね!
……お、覚えられるかなぁ。
イザーク殿下が席を引いてくれたので座って、わたしは改めて「よろしくお願いします」と挨拶する。
もし覚えられなくても、イザーク殿下と一緒にご飯を食べるのは今日だけだろうから大丈夫だろうと開き直ることにした。
席に着くと、カフェテリアのスタッフらしき人がメニュー表を持ってやってくる。
リヒャルト様から、カフェテリアは自分でご飯を取りに行くんだよって聞いていたんだけど、ここは個室だから違うのだろうか?
「スカーレット、好きなものを頼んでいいよ」
イザーク殿下がメニュー表を渡してくれたけど、ちょっとよくわからない。
……日替わりランチってなに? シェフのおすすめランチもわからない。
わからないけど、きっとおいしいに違いない。なので、もちろんこう答える。
「全部ください!」
「「「「「「……」」」」」」
その途端、シーンと個室の中が静まり返った。
……うん?
どうしたんだろうと思ってメニューから顔を上げると、みんながわたしに注目している。
イザーク殿下が、こほん、と咳ばらいを一つした。
「スカーレットははじめてだからわからないんだね。これは全部セットメニューだから、一つ頼めばいいんだよ」
……え?
「たくさん来るからね。食べられないよ」
……そんなにたくさん来るの?
わたしの胃は底なしだから食べられないってことはない気がするけど、一つしか頼んじゃダメなら仕方ないよね。
全部食べてみたかったけど、諦めよう。
「じゃあ……、シェフのおすすめ、がいいです」
おすすめされているんだからおすすめを頼むよ。だっておすすめなんだもん。特別美味しいはず!
わたしが選ぶと、イザーク殿下もわたしと同じものを、クルト様とカースティン様は日替わりランチ、ドロティア様とグレンデ様とレーン様は「ご令嬢ランチ」とか言うのを頼んだ。
……ご令嬢ランチ?
なんだそれ、と思っていたら、女の子の小さな胃に合わせた少ない量のランチらしいので、わたしには関係なさそうなメニューだと忘れることにする。
シェフのおすすめランチは、ミートパイがメインで、あとはサラダとスープ、デザートだった。
……え? これだけ?
たくさんあるってイザーク殿下が言っていたけど、少ない。まだあとから運ばれてくるのだろうか? でも、デザートまで一緒に運ばれて来たから、これで全部な気もする。
思わずイザーク殿下を見たら「多かったのなら少なくしてもらおうか?」と訊かれたので、慌てて首を横に振る。ちょっとしかないのに、これ以上減らされたくないよ!
……リヒャルト様、カフェテリアはごはん少ないです……。
しょんぼりしながら、ミートパイを切り分けて口に入れる。
ミートパイは香ばしいスパイスの香りがしてとっても美味しかったけど、あっという間になくなっちゃった。
サラダもスープもすぐになくなる。
寂しくなってちょっとずつデザートを食べていたら、イザーク殿下が目を丸くした。
「スカーレットは食べるのが早いね」
「そう、ですか?」
これでもゆっくり食べたんだよ。ちょっとしかないから。
ちょっとずつ食べてもやっぱりデザートもすぐになくなって、我慢できなくなって持って来ていたバスケットを開いた。
バスケットのお菓子を食べていたら、またもやみんながわたしに視線を向ける。
「まだ食べるの?」
クルト様が驚いたように言ったけど、ごめんなさい、これはおすそ分けできません。バスケットのお菓子は死守しておかないと、お腹がすいて倒れます。
もぐもぐとお菓子を食べていたら、イザーク殿下が「スカーレットはお菓子が好きなんだね」って言う。お菓子は好きだから間違ってはいませんけど、好き以前に倒れる危険があるのです。
「お菓子が好きなら、僕のデザートをあげるよ」
「本当ですか⁉」
イザーク殿下が、デザートのガトーショコラをくれた。
「イザーク殿下、ありがとうございます!」
やっぱり王族のみんなは優しい!
ガトーショコラをもぐもぐしていると、クルト様とカースティン様が笑って自分たちのデザートもくれる。二人のデザートはプリンだった。プリン大好き!
もらったデザートを食べていると、三人の女の子たちがポカンとした顔をしていた。
「スカーレット様はたくさん召し上がるのね」
えっと、今日はだいぶ少ない方ですよ?
でも、貴族令嬢はちょっとしか食べないから、これでも「たくさん」なんだろうけど。
「たくさん食べる子は可愛いと思うよ。エレンはちょっとしか食べないからね」
どうしてここでエレン様が出てくるのだろう?
まあ、確かにエレン様は小食みたいだけど。
「エレン様はちょっとしか食べませんけど、とっても所作が綺麗ですよ」
イザーク殿下の言葉がちょっとだけ棘があったように聞こえたから、ついつい言い返してしまった。
すると、イザーク殿下が肩をすくめる。
「お人形みたいだろう? 血が通っていなさそうというか……」
エレン様は確かにお人形みたいに可愛いけど、なんとなくイザーク殿下のこれは誉め言葉じゃない気がする。
……なんでそんなことを言うんだろう?
「エレンは昔からそうなんだ。完璧でお人形みたいで、気が強くてツンケンしている。スカーレットも嫌な思いをしているだろう? ごめんね」
「嫌な思い、してません」
イザーク殿下は何か勘違いをしているのかな?
「無理をなさらなくてもいいんですよ、スカーレット様。エレン様は誰に対しても冷たいので、みんな同じことを思っているんです。エレン様と行動を共にしなければならないなんて、スカーレット様は可哀そうですねってみんな言っていますわ」
ドロティア様が十三歳にしては大人びた表情で頬に手を当て、はあと息を吐いた。
「クラルティ公爵令嬢ですもの、わたくしたちは逆らえませんし」
「あのような気の強い方が将来王妃になられたら、国民が大変ではないかしらって、わたくしたちも心配していますの」
「何より、イザーク殿下がお可哀想ですわ」
ドロティア様に続いてグレンデ様とレーン様も言う。
でも、わたしには言っている意味がよくわからない。
「エレン様は、優しいですよ」
「まあ、スカーレット様はお優しいのね」
エレン様が優しいと言ったらわたしが優しいことにされた。ますます解せない。
「スカーレット、何なら僕から叔父上に言ってあげようか? 学年は一つ下になるけど、エレンよりグレンデたちと授業を受ける方が気が楽じゃないかな? もしくは僕と一緒でもいいけど、僕は半分以上の授業がエレンと同じだから、顔を合わせることになるし。僕はスカーレットが心配だよ」
「エレン様は優しいですし、わたしはエレン様とお友達なのでエレン様がいいです」
「本当に優しいね、スカーレット」
……むぅ。
なんか、話が嚙み合っていないような。
リヒャルト様がいたら、このちぐはぐな言葉のやり取りをうまく橋渡ししてくれたのに、ここにはいないし。
イザーク殿下はエレン様の婚約者だからエレン様と家族になる人なのに、どうしてそんなことを言うのかな?
……あ、なんか思い出したかも。
そう言えばちょっと前に、イザーク殿下とエレン様はあんまり仲良しじゃないって聞いたことがあった気がする。
エレン様と授業を聴講する時にイザーク殿下がそばに来ていたから仲良しだと思っていたけど、あれは違ったのだろうか。
……わかんないっ! リヒャルト様、助けて‼
でも、イザーク殿下は何か勘違いしているのはわかった。
エレン様は優しいのに、イザーク殿下はその優しさを知らないのだ。それはとってももったいないことをしていると思う。
「イザーク殿下、エレン様は、とってもとっても優しいです」
そして、たぶんイザーク殿下のことが大好きだよ。
だって、わたしがイザーク殿下の新しい婚約者になるかもしれないって噂を聞いただけで、慌てて確認しに来るくらいだもの。
それなのに、イザーク殿下は困ったように笑う。
「……エレンじゃなくて、君みたいに優しい子が婚約者だったらよかったのに」
だから、どうしてわたしが優しいことになるの?
話が伝わらなくてちょっとムカムカしてきたとき、個室の扉が開いてベルンハルト様がやって来た。
「ああいたいた、スカーレット! 迎えに来たよ」
お迎え?
はて、ベルンハルト様とお約束していただろうか。
首をひねっていると、わたしの側に歩いてきたベルンハルト様がそっと耳打ちする。
「エレンから連絡が来てね。スカーレットの食事がたらないかもしれないから助けてあげてほしいってさ」
……エレン様‼
ぱあっと顔を上げると、ベルンハルト様が片眼をつむってくれる。
「イザーク、悪いけどスカーレットは私との予定があるんだ。借りていくよ」
「え、ちょっと、叔父上?」
「ああ、エレンにはこちらから連絡を入れておくから心配しないで」
さあ行こうと手を差し出されたので、イザーク殿下たちに頭を下げてからベルンハルト様と個室を出る。
連れていかれたのは理事長室だった。
「……ごはん!」
「やっぱり足りなかったみたいだね」
理事長室には、たくさんのご飯が並んでいる。
「好きなだけ食べていいよ。全部スカーレットの分だからね」
……エレン様、ベルンハルト様、大大大大大好きです‼









