結婚準備と内緒話 3
三時限目がはじまる前の休憩時間に、エレン様が迎えに来てくれた。
今日は歴史の授業を聴講する。
ほかにも政治学とか経営学とか算術、帝王学などなど難しそうな授業がたくさんあるんだけど、これらはすべてリヒャルト様から「スカーレットには無理」の判断が下された。わたしもそう思う。
ただ、リヒャルト様の妻として生きていくうえで、歴史は多少かじっておいたほうがいいだろうとのことで、聞くだけ聞いておきなさいと歴史は聴講科目に入れられた。すべて覚える必要はないけれど、どこかで聞いたことがある程度には知っておいた方がいいんだって。
貴族相手の腹芸はわたしには難しいだろうから極力社交界には出さないとリヒャルト様は言っていたけれど、貴族にまったく関わらずに生きていくのは無理だから、「身を守る武器」は多い方がいいだろう、って。
……貴族は「武器」がたくさん必要なんだって!
この武器が本物の武器じゃないのは、リヒャルト様が教えてくれたからわかっている。
貴族は派閥争いとかいろいろあって、足の引っ張り合いばかりしているから、無知だと思われると嘲笑われたり付け込まれたりするんだって。
だから、適当に話を合わせられるくらいの知識は持っておいた方がいいだろうとのことだ。
学園で聴講するだけだと覚えられないだろうから、領地に帰ったらサリー夫人に教えてもらえるように頼んでおくと言っていた。
……常識に、音楽に、歴史に……そうそう、淑女教育! 覚えることがたくさん!
でも、リヒャルト様はのんびりでいいよって言ってくれるし、わたしに無理なことはしなくていいって言ってくれるし、わからなかったら教えてくれるから、新しい話を聞くのは楽しい。
ちなみに選択授業に薬学もあるんだけど、薬学はわたしの方が詳しいから受けなくていいって言われた。
……聖女はみんな、薬学に精通しているからね!
聖女教育の一環で薬学は叩き込まれるのだ。
「今日もバスケットを持って来ているのね」
「はい! あ、あと、ベルンハルト様……お義兄様にもらったチョコレートもあります。エレン様も食べませんか?」
歴史の授業の教室に向かいながら、エレン様にチョコレートを勧めてみる。
エレン様は少し考えて、小さく笑った。
「……では、一つだけ」
ふわっと笑ったエレン様が可愛い‼
学園のおかげで、エレン様と仲良くなれた気がするよ。嬉しい~!
歴史の教室に到着すると、エレン様がまた窓際の後ろの席に案内してくれる。
窓を少し開けて、お菓子を食べる準備万端だ。
チョコレートの包みを開けてエレン様と一緒に食べていると、「おはよう、スカーレット」と朗らかに笑いながらイザーク殿下がやってきた。
当たり前のようにわたしの隣に座ったから、エレン様の近くがいいんだろうなって思う。エレン様と席を交換した方がいいだろうか? わたしの左手にエレン様、右手にイザーク殿下が座っているから、わたし、二人の邪魔をしてるよね?
「イザーク殿下、エレン様と席、変わりましょうか?」
「どうして? このままでいいよ」
でも、そうしたらエレン様の隣に座れないよ?
エレン様を見たら、エレン様もゆっくりと首を横に振っている。
二人の邪魔をしているようで気まずくて、わたしはなんとなくイザーク殿下にもチョコレートを勧めてみた。
「……チョコレート、どうですか?」
「チョコレート? じゃあ、一つだけ」
あ、エレン様と同じこと言ってる! さすが婚約者!
「これ、王家御用達のお店のチョコレートだよね。リヒャルト叔父上から?」
「いえ、お義兄様からです!」
「まさか父上が?」
「ベルンハルト様です」
「ああ、なるほど」
国王陛下からチョコレートをもらったことはありませんよ。そもそもお会いしたのも一回だけだし。
……でもそっか。リヒャルト様と結婚したら、国王陛下もお義兄様になるのか。……恐れ多い。
さすがに国王陛下はお義兄様とは呼べないな~。
「ベルンハルト叔父上が義兄と呼ぶことを許したのか。……そうか、スカーレットは、本当にリヒャルト叔父上と結婚するんだね」
「はい!」
もちろんですよ! リヒャルト様は嘘つかないもんね! わたしを妻にしてくれるんです!
嬉しくなって笑うと、イザーク殿下が困ったような顔をした。どうして?
「スカーレットは、リヒャルト叔父上が好き?」
「大好きです!」
「……君は、素直で可愛いね」
イザーク殿下がぽそりと言って、どこか寂しそうにチョコレートを口に入れる。
何故かエレン様は、イザーク殿下から顔を背けて、窓の外を見ていた。









