同日、調査開始の時
天音が目を開くと、見覚えのある遺跡のすぐ前に立っていた。目の前には真子と秋楽。この日の真子は、両手に金属製の扇子を持っていた。彼女の武器らしい。
「やあ」
「1分遅刻だ、第5研究所」
時計を見ながら、秋楽は眉を寄せている。その顔があまりにも怖いので、由紀奈は天音の影に隠れて震えていた。
「はいはい、そりゃ悪かったな」
演技だと知っていても、彼の表情はかなり恐ろしいものではあったが、夏希がそんなことを気にするわけもなく。適当に手を振ってあしらっている。
「大体、何故俺がこんな低ランクの遺跡の発掘調査の警護を……」
「仕事だろ? お役人サマ」
「ちっ……」
「相変わらずだね、君たち」
秋楽の事情を知っているのかいないのか。真子は考えの読めない笑みを浮かべている。今日も紅く彩られた爪が、白魚のような美しい手を飾っていた。似合ってはいるが、これから泥まみれになる可能性があるとは思えない姿だ。
「さて。これから調査なわけだけど、現場の動きは決まっているのかな」
「あぁ。あたしが上空、零は地上。調査班は2手に分かれて遺跡調査。医療班の内、新人は技術班のサポートもするコトになってる」
「なら、私たちも空と地上に分かれようか。秋楽、君はどちらがいい?」
「……地上で」
腰元の剣を撫でながら、秋楽はそう言った。地上の方が動きやすい、ということだろう。真子はそれに頷き、すぐに魔導文字を書くと空に飛び立った。
「さーて。お仕事の時間だぜ」
夏希も真子を追うように飛び立つ。
9時10分。発掘調査、開始である。
「行こう」
「あっち」
「はい!」
双子に促されて、天音は遺跡の内部へと潜っていった。前回の襲撃の跡が残ってはいるものの、比較的損傷は少ない。
「前はここまでしか行けなかった」
「邪魔されたね」
遺跡の途中で、双子が足を止めた。壁が削られ、銃弾によっていくつもの穴が開いている。激しい戦闘があったことがわかった。
「これはかなたが開けた穴」
「こっちははるかが開けた穴」
「いや、その解説はいらないです……」
至って真面目な顔で話すものだから、天音もしっかりと聞いてしまった。だが、1ミリも発掘調査に関係のない話だった。
「これより奥に行こう」
「別の物が見つかるかも」
「そうですね」
注意深く地下へ進んでいく。道中、小さな石板の欠片をいくつか拾った。繋ぎ合わせてみたところ、上手く嵌ったので、元は1つの石板だったようだ。
「日誌が欲しいね」
「本でもいいけどね」
「あ、それは以前恭平さんも言ってました」
「日誌は大事だからね」
「当時の本も貴重だからね」
光の術で辺りを照らし、探ってみるが、見つかるのは石板ばかりだった。次々に破片が見つかるので、これ以上砕けないよう、保護の魔導文字をはるかが書いた。そして、それをかなたが地上の技術班のもとへ送る。こうして移動させた出土品は、余裕があればその場で彼女たちがジャンルごとに整理し、破損物は修復してくれることになっている。出土品が多い場合は、調査終了後に全員で行う。
「前、恭平さんたちと行った方向は装飾品や紙の切れ端があったんですが……」
「あっちが生活スペースだったのかな」
「こっちは倉庫だったのかも」
あまりにも石板ばかりが見つかるので、3人は不安になってきた。何故200年前に石板なのか。その理由すらわからない。
「もしかしたら、紙を買いに行けなかったからかもね」
「なるほど……」
天音の独り言に、かなたが答えてくれた。確かに、ここに隠れ住んでいたのならば、紙を買いに街まで出るのは一苦労だ。その点、石は簡単に手に入る。何せ、土と石だらけだ。
その後も、石板の欠片をひたすら集めていった。地下に行くにつれ、その量は増えてきている。やはり、他者に入られることの少ない深い場所に研究結果を残しておいているようだ。
「あ!」
天音は思わず大きな声を出した。先を歩いていた双子が驚いたように振り返る。天音の指し示す先には、明らかに何らかの魔法がかけられた壁があった。
「よく見つけたね」
「偉い偉い」
双子は天音を撫でると、下がって待機するように言った。かなたが太もものホルスターから拳銃を取り出す。そこに透の趣味を感じて、天音は思わず遠くに意識を飛ばした。
「行くよ」
リボルバー式の拳銃には、1発ごとに異なる魔導が使えるようになっている。魔導文字を書いた紙を込めると、それが銃弾となって発射されるという、葵の自信作だ。かなたはそれに小規模な爆発の術を込め、連続で撃った。
だが、壁はびくともしない。どうやらかつての住人は、ここに心血を注いで封印の魔法をかけたらしい。
「ここ、本当に丙種遺跡ですか?」
「封印だけで言えば乙種かも」
「まずいね……夏希、呼ぶ?」
「しかないね」
はるかは片割れの言葉に賛成し、伝言の鶴を飛ばした。ものの数秒で、「そっちに行く」と返ってきた。
「零はコントロール下手だからね」
「中身ごと吹き飛ばしちゃうよね」
強すぎる、というのも大変なようだ。天音は他人事のように思っていたが、それが後に自分にも関わってくることだとは、このときはまだ知らなかった。




