6月26日、双子との戦闘訓練の日
バンバンという音がして、2発の銃弾が天音に向かって飛んできた。さらに、遠方からもう一撃。それらを唱えていた防御の呪文で防ぎ、後退しながらも杖を振って氷の魔導を使う。たちまち部屋中が氷で覆いつくされ、同時に魔力が壁や床に吸収されて消えていった。
固有魔導が使えると意識してから、天音は毎日欠かさず特訓をしていた。一番特訓に付き合ってくれたのは、発動のタイプこそ異なるものの戦闘能力の高い双子だ。今は、由紀奈の「追い込まれると、やらなきゃいけないと思ってできるようになるかも」という言葉を信じ、ひたすら戦闘訓練の最中に固有魔導を発動させていた。だが、やはり連続の使用は難しく、魔力の消耗も激しい。
「隙アリ」
かなたがこめかみに銃口を突き付けた。いつの間にか、こんなにも近くにやってきていたらしい。
「またやられちゃいました……」
「でも前よりは動きよくなってるよ」
「素早くなったね」
2人とも、調査班の副班長を務めているからか、指導が上手かった。褒めて伸ばすスタイルの指導が天音に合っていたのだろう。
「魔導文字書かないから、こっちは何するかわからなくて動きづらくなるよ」
「メリットだね」
魔導師の最大の弱点は、同じようなレベルの者であれば、指の動きで発動する術がわかってしまうことだ。その分防ぎやすくなってしまう。零や夏希のような者であれば、瞬く間に書き終わることもできるだろうが、皆がそれほどの実力を持っているわけでもない。
その点、天音の固有魔導は発動方法が呪文なので、相手は防ぎようがないのだ。それは、現時点で天音が他の魔導師よりも優位に立っている部分と言える。
「あとは連続で使えるようになるといいね」
「それと、他の人も使えるようになるといいよね」
そう、天音の固有魔導は恐らくではあるが、「魔法の復活」なのである。すなわち、復活させた魔法は、他の人にも使えるようになるはず。そう思って、恥ずかしくはあるが発動方法を伝えて夏希に実践してみてもらったが、何も起こらなかった。
「もしかしたら、まだ何か制約があるのかもしれません」
「自分しか使えないとか?」
「同じ魔法は1日1回までとか?」
双子が揃って首を傾げた。はるかは右、かなたは左に首を傾けている。タイミングや角度までぴったりだ。
「自分しか使えない、というのはそうかもしれません。ただ、同じ魔法でも、1日に2回使ったことはあるので、それはないかと」
「うーん……」
「むむ……」
まるで自分のことのように双子が悩みだすので、天音は申し訳なくなった。
「そもそも、不思議なんですよね。魔導文字の発音方法はわかってないのに、魔法が使えてるなんて。わからないことも多いので、もう少し、自分で考えてみます」
「そう?」
「ほどほどにね」
天音は実践より理論派、というのがもうすっかり定着しているこの研究所では、彼女が「考える」と言ったら1人にする、というのが暗黙の了解となっていた。双子は銃の手入れをすると言って席を外し、天音はトレーニングルームに残った。思いついたら実践してみたいので、まだここにいた方がいいと判断したのだ。
「小説の呪文で発動できる……頑張っても同時に2個、1日に5回……連続だと2回でほとんどの魔力が使われる……」
天音のノートにはそのように書かれていた。試しては書き、試しては倒れ、試しては書き……というのを繰り返した結果だ。途中、雅のお気に入りのピンクのペンで、1日3回まで! と大きく書かれている。健康を守るためにはここまでにしろ、と叱られたのだ。
「やっぱり、自分しか使えない、が正解かなあ……」
はるかの言った制約が一番近いような気がする。天音はそれを書き込み、最後にクエスチョンマークを付けておいた。これはまだ確定していないことだからだ。
「……ちょっと待って、そう、これかも!」
誰も急かしていないただの独り言なのに、とある案を思いついた瞬間、天音はそう叫んでいた。早速試してみようと空中に氷の魔導文字を書き始める。そして、それにあえて魔力を流さずに、固有魔導を発動させた。
すると、瞬く間に氷が生まれ、形を作った。
「やっぱり!」
天音が思いついたのは、「呪文の詠唱は必要ではないのでは」ということだ。夏希が唱えても発動しなかったことから思いついた。初めて発動した魔導災害を引き起こしたあの日、呪文を唱えていたから疑うことすらしていなかったが、あれは必要なことではなかったのだ。大事なのは天音の想像力、それだけだったのである。
「ってことは、これは想像を具現化する力……? いやでもそれは最早魔法だし……もしかしたら古代の魔法使いたちは、詠唱無しでも発動できる人がいたのかも……紙無しで発動できるみたいに……うーん」
1人考えていた天音だが、別のことに気づいてそれどころではなくなった。
「私、意味もないのに副所長に呪文の詠唱させちゃった! 中二病だと思われてたらどうしよう!」
天音の絶叫が室内に響き渡る。防音でよかった、と設備のよさに感謝した。誰にも聞かれていないに越したことはない。
その日、天音の表情はずっと暗く、夏希を見るたびにビクビクとしていたので、夏希は何もしていないというのに双子と恭平に叱られたのだった。




