同日、副所長の固有魔導
固有魔導を使いこなす訓練をする。天音はそれを選択した。夏希はそれに驚いたのか、天音の肩を掴んでいた手から力が抜けていった。
「本気か……?」
「はい」
天音はまっすぐに夏希の目を見た。普段何を考えているかわからない幼い顔は、こぼれそうなほどに目を見開いて、口まで開いている。なんだかそれが愉快で、思わず笑ってしまった。
「笑いごとじゃねぇんだぞ!」
「わかってます。ただ、副所長のそういう顔、珍しいなって思ってしまって」
「お前なぁ……」
天音が笑うせいか、夏希は力が抜けてしまったようだ。溜息までついている。
だが、天音にも言いたいことがあった。
「副所長、私を信じていないんですか?」
「は?」
「私、言いましたよね。この手で憧れを形にしてみせるって。つまり、魔法を復活させてみせるってことですよ。そのチャンスを逃すはずがないでしょう?」
2ヶ月前を思い出す。ここに残ることを決めた日、天音はそう宣言したのだ。忘れたとは言わせない。
「お前には……お前たちには、あたしみたいな思いはさせたくない」
「何弱気なこと言ってるんですか。私のこと、守ってくれるんですよね?」
「はぁ~……お前、すっかりウチに染まりやがって……」
夏希は再び溜息をついた。そして、諦めたように手元の紙を見る。
「そう言うんじゃねぇかって、ちょっと思ってたんだよな。外れて欲しかったぜ……」
しぶしぶといった様子で、夏希は何かを準備し始めた。2枚ほど紙が渡される。
「お前が固有魔導を発動させたと思われる日の監視カメラの映像をプリントアウトした。確かに、口が動いているのは見える。問題は、何を言っていたか、何を考えていたかだ。固有魔導の発動は、始めこそ制御できずに暴走させるコトもあるが、コツを掴めば魔導を使うイメージだけで発動できる。雅のカルテみたいにな。だから、お前に必要なのはイメージだ。それを見て思い出せ」
「うっ……」
「お、おい、どうしたんだよ?」
呪文を唱えていた黒歴史を思い出し、胸元を押さえた。夏希が焦っている。それに対し、気にしないでと言うように手を振った。
「なんというか……その、ええと、好きだったファンタジー小説に出てくる呪文を唱えていました」
「なるほどなぁ。『こうしたい、こうだったらいいのに』って想像か」
雅で中二病に慣れているのか、はたまたよい方に捉えてくれたのか。夏希は引くことなく言ってくれたので少し安心した。
「副所長は何を考えて発動されてるんですか? どんな固有魔導か知りたいです」
そういえば、夏希のものだけは聞いたことがない。常時発動タイプではないのは先ほどの説明でわかったが、どんなものなのだろうか。
「……あー」
彼女の表情を見た瞬間、天音は全てを悟った。以前双子が言っていたことを思い出す。第1研究所の人間に利用されたのかもしれない、よい思い出がないのかもしれないと言っていたことを忘れていたのだ。
「す、すみませんっ! 忘れてください!」
「……悪ぃな。言いたくねぇんだ」
低く、苦しそうな声で夏希はそう言った。それを聞き、天音はもう聞かないことを心に決めた。そうだ、他の人の話題を振ろう。
「山口さんは……ええと、透明になれるんですよね?」
「あぁ。隠れたい、見られたくない、恥ずかしいって思うと発動できるらしいぞ」
咄嗟に出てきたのが、紅茶を淹れてくれたであろう和馬だった。姿を消し、おまけに魔力まで探知しにくくなる彼の固有魔導は非常に強力だ。
「零は『これになりたい』って思えば発動できるらしいし、葵は急がねぇといけねぇときに使えるって言ってたな。透はウチに来てから使えるようになったんだが、葵を見て、『この人なんとかしないと!』って思ったときに葵の固有魔導の力をさらに底上げしてた。雅は第1にいるときから使えてたんだが、あれは『人を助けたい』って気持ちがないと発動できないらしい」
話し疲れたのか、夏希はカップを手に取ってぬるくなりかけていた紅茶を飲み干してしまった。温度を上昇させる術を使い、2杯目を注いでいる。再びカップから湯気が立ち上った。
「なんだか……固有魔導って、その人の願いを叶える力みたいですね」
話を聞いていて思ったことを、天音は素直に伝えた。どの固有魔導も、使用者の想いが発動のきっかけになっている。それこそ、魔法そのもののように感じた。
「……そう、かもな」
天音の言葉に、夏希は感情の読めない顔で応えた。いつもの考えの読めない顔とは異なる、まるで仮面のような表情だ。感情をそぎ落としてしまったとも言える。天音が違和感を覚えたと同時に元の表情に戻ったので、気のせいかもしれないと忘れることにした。
「んじゃ、お前、明日からは同じタイプの固有魔導の使い手と訓練だからな。明日は……葵と透が空いてるな。よし、2人にしっかり教えてもらえ」
「はい!」
「今日はもう自由にしていいぞ。明日に備えとけ」
言い終わると同時に、真っ白な光が夏希を包んだ。何処かへ移動したらしい。
天音は残った紅茶を飲みつつ、持ってきた本のページを捲り始めた。
「その人の願いを叶える力、か……」
明かりもつけられていない私室で、夏希は黒手袋に包まれた自身の手を見つめていた。
「これが、あたしの願いだったのか……?」
か細いその声に応える者は、誰もいなかった。




