6月1日、束の間の休息
2回目の発掘調査も失敗に終わり、第5研究所のメンバーは疲弊していた。今回に至っては、何の成果も得られていない。新しい資料すらなく、天音は疲れた顔で語学書のページを捲った。もうかなり進んでいる。
「はぁ……」
特に疲れた表情をしているのは由紀奈だ。焦りや不安も混じった顔をして、紙に何かを書いては消し、書いては消しを繰り返している。あまりにも消しているので、白かったはずの紙が灰色に見えてきた。
「どうしたの?」
ラテン語の単語を書きとりながら、天音は聞いてみた。答えはわかってはいるのだが、聞くことに意味があると思ったのだ。
「そ、その……」
由紀奈は言いにくそうにしながら、紙をいじっていた。幾度も消しゴムをかけられた紙は、そのせいでますますよれていく。
大方、研究テーマが決まらないのだろう。発掘調査も失敗に終わり、何も得られなかったのだから。天音自身がそうだったので、なにかアドバイスできないかと思考を巡らせる。
だが、由紀奈の口から出たのは、天音の想像とは異なる言葉だった。
「な、何したらいいか、わからなくて……」
「……ん?」
何をしたらいいかわからない。時間を持て余しているということだろうか。今日は休日だし、休んでいればいいのだと思う。それとも、天音が勉強しているから気まずいのだろうか。由紀奈の前では控えた方がいいのかもしれない。
「ここに来たときは療養が先だったし、その後は魔導看護師になるために訓練と試験対策してたから、それが終わったら何したらいいかわからなくなっちゃって」
「ああ……」
「天音ちゃんは勉強してるよね、偉い……」
「いや、これはほとんど趣味かな。由紀奈ちゃんも、趣味とか、好きなことしてればいいんじゃない? 今日はお休みなんだし」
「シュミ……?」
「あ、由紀奈ちゃんもそんな感じね」
さては無趣味仲間か。どうしよう、まったくアドバイスできないもので悩んでいた。話しかけた以上、解決策を出すか、出せそうな人を紹介すべきだろう。天音は真面目に考え込んでしまった。
「それでね、すべきことを紙に書き出そうと思ったんだけど、どれもしっくりこなくて。ゆっくり寝るとか、身体を動かすとか、読書とかが一般的みたいなんだけど、どれも普段からやってるし」
「まあ、そうだよね」
「研究テーマを考えてみようと思ったんだけど、発掘調査が成功してからでいいって先生に言われちゃったし」
「すること、なくなっちゃったね……」
「そうなの」
2人の横で話を聞いていた恭平が、ゲームを一度止めて、若干引いた顔をしながら会話に入って来た。
「ホント無趣味ですね。なんかしたいコト、一個もないんですか? ほら、買い物とか。双子はよく行ってますよ」
「必要なものは支給されるのにですか?」
研究に必要なものならば、経費で買うことができる。魔導師用の通販サイトがあり、研究所のコードを打ち込めば筆記用具などを購入することが可能だ。もちろん、所長か副所長の許可は必要だが。
「いや、そうじゃなくて、服とか化粧品とか……」
「実家から持ってきた服がありますし。休日以外着ないので、あまり買う意味がないですね」
「運動とかすると、汗で大変なことになるから、メイクもしなくなってきたよね……」
「衣食住全て保障されているようなものなので、外出しなくても困らないです」
「うわぁ、ダメだこりゃ」
恭平は片手で目元を覆って、天を仰いだ。何が駄目なのかわからない2人は顔を見合わせる。
「なんか趣味を見つけましょう。それが今日と明日の課題ってコトで」
「明日の何時が期限ですか?」
「レポートですか?」
「授業じゃないんですよ! ああもう! 見つけたら即オレに報告! 明日オレが寝るまで! それでお願いします!」
恭平は叫ぶと再びゲームに戻った。ゲームが彼の趣味らしい。双子とゲームセンターに行くこともあるという。だが、天音たちはあまりゲームは得意ではなかった。
「まずは調査と行こう、由紀奈ちゃん」
「そうだね、天音ちゃん」
2人は立ち上がり、他の研究員を探しに行った。
数分後、2人は地下1階にいた。生憎、例の件で夏希はいなかったが、葵と透、和馬を見つけることができた。
「趣味ッスか? 機械いじりとカラシいじりッスかね」
「訴えますよ」
「冗談。ま、機械いじりッスね。2人もやってみます?」
誘ってくれたが、できそうにないので丁重にお断りする。もっと手軽なものを、と助けを求めるように透を見た。
「僕は裁縫ですね。手軽ですし、やってみますか?」
「私家庭科の成績酷かったんですけど大丈夫ですか? 筆記試験満点とってたんで5は取れてましたけど」
「うーんと、何が得意ですか?」
「実技は得意なものないです……」
中学時代を思い出す。渾身の出来の課題を提出したら、「具合悪い?」と心配されたあの日のことを。それ以来、裁縫によい思い出がない。
反対に、由紀奈は興味を示したようだ。
「縫合みたいな感じですよね!」
「あ、えーと。和馬くん、頼んだ」
明るい顔でそう言われて、透は困ったように笑った。曖昧に誤魔化したとも言う。そうして、和馬に丸投げした。
「え、ええ? 俺は料理かな」
「いつも美味しいです」
「あれを再現するのは無理ですね……」
「なんでもいいんですよ。食べたいものを作るとかで」
「うーん……」
天音は実家暮らしだったので自炊に縁がない。由紀奈は1人暮らしをしていたようだが、食にあまりこだわりがない。料理をするには不向きな2人だった。
「ありがとうございました」
「探してみます……」
初日は2人とも見つけられなかった。明日までになんとかしなくては。
ただの趣味探しだというのに、やけに真剣な2人はその場を後にした。




