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【完結】国立第5魔導研究所の研究日誌  作者: 九条美香
新人魔導師、2回目の発掘調査に参加する
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6月1日、束の間の休息

 2回目の発掘調査も失敗に終わり、第5研究所のメンバーは疲弊していた。今回に至っては、何の成果も得られていない。新しい資料すらなく、天音は疲れた顔で語学書のページを捲った。もうかなり進んでいる。


「はぁ……」


 特に疲れた表情をしているのは由紀奈だ。焦りや不安も混じった顔をして、紙に何かを書いては消し、書いては消しを繰り返している。あまりにも消しているので、白かったはずの紙が灰色に見えてきた。


「どうしたの?」


 ラテン語の単語を書きとりながら、天音は聞いてみた。答えはわかってはいるのだが、聞くことに意味があると思ったのだ。


「そ、その……」


 由紀奈は言いにくそうにしながら、紙をいじっていた。幾度も消しゴムをかけられた紙は、そのせいでますますよれていく。


 大方、研究テーマが決まらないのだろう。発掘調査も失敗に終わり、何も得られなかったのだから。天音自身がそうだったので、なにかアドバイスできないかと思考を巡らせる。


 だが、由紀奈の口から出たのは、天音の想像とは異なる言葉だった。


「な、何したらいいか、わからなくて……」

「……ん?」


 何をしたらいいかわからない。時間を持て余しているということだろうか。今日は休日だし、休んでいればいいのだと思う。それとも、天音が勉強しているから気まずいのだろうか。由紀奈の前では控えた方がいいのかもしれない。


「ここに来たときは療養が先だったし、その後は魔導看護師になるために訓練と試験対策してたから、それが終わったら何したらいいかわからなくなっちゃって」

「ああ……」

「天音ちゃんは勉強してるよね、偉い……」

「いや、これはほとんど趣味かな。由紀奈ちゃんも、趣味とか、好きなことしてればいいんじゃない? 今日はお休みなんだし」

「シュミ……?」

「あ、由紀奈ちゃんもそんな感じね」


 さては無趣味仲間か。どうしよう、まったくアドバイスできないもので悩んでいた。話しかけた以上、解決策を出すか、出せそうな人を紹介すべきだろう。天音は真面目に考え込んでしまった。


「それでね、すべきことを紙に書き出そうと思ったんだけど、どれもしっくりこなくて。ゆっくり寝るとか、身体を動かすとか、読書とかが一般的みたいなんだけど、どれも普段からやってるし」

「まあ、そうだよね」

「研究テーマを考えてみようと思ったんだけど、発掘調査が成功してからでいいって先生に言われちゃったし」

「すること、なくなっちゃったね……」

「そうなの」


 2人の横で話を聞いていた恭平が、ゲームを一度止めて、若干引いた顔をしながら会話に入って来た。


「ホント無趣味ですね。なんかしたいコト、一個もないんですか? ほら、買い物とか。双子はよく行ってますよ」

「必要なものは支給されるのにですか?」


 研究に必要なものならば、経費で買うことができる。魔導師用の通販サイトがあり、研究所のコードを打ち込めば筆記用具などを購入することが可能だ。もちろん、所長か副所長の許可は必要だが。


「いや、そうじゃなくて、服とか化粧品とか……」

「実家から持ってきた服がありますし。休日以外着ないので、あまり買う意味がないですね」

「運動とかすると、汗で大変なことになるから、メイクもしなくなってきたよね……」

「衣食住全て保障されているようなものなので、外出しなくても困らないです」

「うわぁ、ダメだこりゃ」


 恭平は片手で目元を覆って、天を仰いだ。何が駄目なのかわからない2人は顔を見合わせる。


「なんか趣味を見つけましょう。それが今日と明日の課題ってコトで」

「明日の何時が期限ですか?」

「レポートですか?」

「授業じゃないんですよ! ああもう! 見つけたら即オレに報告! 明日オレが寝るまで! それでお願いします!」


 恭平は叫ぶと再びゲームに戻った。ゲームが彼の趣味らしい。双子とゲームセンターに行くこともあるという。だが、天音たちはあまりゲームは得意ではなかった。


「まずは調査と行こう、由紀奈ちゃん」

「そうだね、天音ちゃん」


 2人は立ち上がり、他の研究員を探しに行った。










 数分後、2人は地下1階にいた。生憎、例の件で夏希はいなかったが、葵と透、和馬を見つけることができた。


「趣味ッスか? 機械いじりとカラシいじりッスかね」

「訴えますよ」

「冗談。ま、機械いじりッスね。2人もやってみます?」


 誘ってくれたが、できそうにないので丁重にお断りする。もっと手軽なものを、と助けを求めるように透を見た。


「僕は裁縫ですね。手軽ですし、やってみますか?」

「私家庭科の成績酷かったんですけど大丈夫ですか? 筆記試験満点とってたんで5は取れてましたけど」

「うーんと、何が得意ですか?」

「実技は得意なものないです……」


 中学時代を思い出す。渾身の出来の課題を提出したら、「具合悪い?」と心配されたあの日のことを。それ以来、裁縫によい思い出がない。


 反対に、由紀奈は興味を示したようだ。


「縫合みたいな感じですよね!」

「あ、えーと。和馬くん、頼んだ」


 明るい顔でそう言われて、透は困ったように笑った。曖昧に誤魔化したとも言う。そうして、和馬に丸投げした。


「え、ええ? 俺は料理かな」

「いつも美味しいです」

「あれを再現するのは無理ですね……」

「なんでもいいんですよ。食べたいものを作るとかで」

「うーん……」


 天音は実家暮らしだったので自炊に縁がない。由紀奈は1人暮らしをしていたようだが、食にあまりこだわりがない。料理をするには不向きな2人だった。


「ありがとうございました」

「探してみます……」


 初日は2人とも見つけられなかった。明日までになんとかしなくては。

 ただの趣味探しだというのに、やけに真剣な2人はその場を後にした。


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