同日、戦いの後で
夏希は書いた魔導文字に魔力を流していった。真っ白な魔力が、見せつけるようにゆっくりと文字を光らせる。
「お前が『真子じゃない』のはわかってんだ。とっとと化けの皮剥がれろ」
「な……何故!? 術は完璧だったはず!」
「あたしの魔導探知なめんな。見りゃわかるわ。つか、そうじゃなくても動きでわかる。本物の真子なら、あんな『美しくない』動きはしねぇよ。それに、あたしが両利きってコトも知ってる」
そう、夏希はこちらに指を突き付ける動作の時点で、真子のフリをした誰かだということに気づいていたのだ。本物の真子なら、愛用の鉄扇か煙管片手に、優雅に構えていただろう。
「12年も一緒にいるんだ、アイツの癖くらいわかってる」
「くっ……」
「お前は……そうだな、『人の固有魔導をコピーする』固有魔導の持ち主ってトコか。前に由紀奈に化けてたヤツの術をコピーしたな? まあいい、正体見せろ!」
発動中の術を強制終了させる夏希の魔導が、真子に化けていた女にあたる。光が消えると、そこには真子とは似ても似つかない女が床に倒れていた。すぐさま気絶させ、抵抗できないようにする。
「しっかし、面倒なコトになったな……少なくとも、真子があたしの担当だけじゃなくて、母親代わりになってるコトまで知ってるようなヤツが、『白の十一天』にいるとは……」
それはすなわち、12年前から魔導に関わり、今も存命の人物が第1研究所や魔導考古学省にいて、『白の十一天』に力を貸しているということだ。夏希は12年前の記憶を探った。しかし、該当する人物は思いつかない。いても虎太郎のように完全に中立な人間。それ以外は皆そこまで高位ではないか、今は亡くなっている。
「ひとまず、考えんのは後にして、撤収だな」
無駄に疲れた。
夏希は溜息を吐きながら、伝言の術を使う。
「見たところ、遺跡内は完全に『白の十一天』が占拠してた。資料も破壊されてる。コイツら魔導考古学省に送って、あたしらは帰るぞ。零、悪いが魔導考古学省に向かってくれ」
すぐに、「仰せのままに」と返ってきて、零は気絶している『白の十一天』のメンバーを連れて魔導考古学省へ移動した。
夏希は残っている『白の十一天』の者がいないかを確認すると、遺跡の外、皆が待つテントへ歩いて向かった。帰りのことを考えると、魔力を消費するのが嫌になったのだ。力を使い果たして飛べない者もいるだろう。そうなれば夏希が連れて帰るのが最も安全で速い。その分魔力も消費するが、それでも困らないほどに夏希の生成値は高かった。だからと言って無駄に使いたくはないので、徒歩を選択する。
「よぉ、全員無事か?」
「はい!」
休んで回復してきた天音がはきはきと答えた。その後ろで、幼い姿に戻った雅と由紀奈が頷いている。どうやら、重傷者は出ていないらしい。
「ただ、恭平さんが起きません……」
「なんだ、固有魔導使ったのか」
「そ、それもあるんですけど、止めるために、私、固有魔導使っちゃって……」
「へぇ、使えるようになったのか。よかったな、おめでとう」
由紀奈を褒めると、天音が唇を噛んで俯いたのが見えた。大方、自分は固有魔導が使えないことを悩んでいるのだろう。
だが、それも一瞬のこと。はっと何かを思い出したように天音は叫んだ。
「そうだ、副所長! お伝えしなければいけないことが!」
「ん?」
「恐らく、『白の十一天』のリーダー格の女性を見ました!」
「……詳しく聞かせろ」
天音が言うには、木の上に真っ白なワンピースを纏った女が立っていて、戦闘を楽しそうに見ていたらしい。さらに、天音が視界に入った瞬間、「見つけた」と口にした。その途端に『白の十一天』の攻撃が天音に集中したのだという。
「顔は見えたか? 背丈は? いくつぐらいに見えた?」
夏希は矢継ぎ早に問うた。その1つ1つに、天音はできる限り正確に答えていく。
「上空からだったので、はっきりとは……ただ、長い黒髪でした。多分、10代後半から20代かと。あの状況で笑ってなければ、普通の人に見えました。木の上に立っていたので、身長はよくわかりません」
とにかく恐ろしく感じて、あまりしっかりと見ることも、捕らえることもできなかった。報告できることの少なさに悔しくなるが、夏希は気にしていないようだ。
「わかった、零に伝えておく。ひとまず帰るぞ。あたしが由紀奈と恭平と飛ぶ。他に魔力や体力がヤバいヤツはいるか?」
「すまぬ、わらわも頼む」
「私は大丈夫です」
「俺も平気です」
「すみません、班長を連れては難しいです」
「なら雅と葵もだな。双子は?」
「平気」
「大丈夫」
元の姿に戻って固有魔導を長時間発動していた雅と、最終的に全員の魔導強化を担当していた透が、疲れたように手を挙げた。本人も合わせて計5人(内1人は意識無し、1人は飛ぶのが壊滅的に下手)を連れての飛行だ。かなりの負担だろうが、夏希は大したことのないように言った。
「よし、じゃあ帰るぞ。天音、帰ったら話があるからあたしの部屋に来てくれ。他は休んでろ」
「え? あ、はい」
何の話か聞く前に、夏希は飛べない4人を連れて地を蹴って上空へ行ってしまった。慌てて天音も箒に跨って飛ぶ。
行きと同じ青い空の上は、変わらず風が心地よかった。だが、夏希と天音の心は、墨を落としたように暗く、晴れなかった。