同日、医療班と技術班、戦闘開始
天音たちが作戦会議を始めた、ちょうどその頃。遺跡外の医療班と技術班のメンバーは、「白の十一天」の襲撃を受けていた。敵の数はこちらの10倍以上、見えるだけでも50人はいる。隠れているであろう人数も含めたら、100人近い人数がいるのではないだろうか。
由紀奈は恐怖のあまり声も出ないようだった。ここにいるのはいわば非戦闘員。戦うことになれば、勝算はない。そう思っていたからだ。
しかし、由紀奈の想像とは正反対に、周囲の研究員たちは表情1つ変えることなく立っていた。
「少しは頭を使ったようじゃのう」
「けど、こんなに連続で襲撃してちゃ、魔導考古学省に仲間がいるってのがバレバレッスよ!」
「さーて、お仕事始めましょうか」
真っ先に光ったのはピンク色の雅の魔力だ。そして、ほんの少しの、緑と淡い黄色。葵と透が作った魔導制御のペンダントと魔導衣に込められた魔力が光っているのだ。
「流石にあの姿では不便じゃからの」
腰に手を当てて立つ雅の姿は、いつの間にか見知らぬ女性に変わっていた。金色の髪をシニヨンにした、平均よりもやや背の高い女性。気の強そうな顔立ちをしている。
「お、デカミヤ久しぶりに見た!」
「え、せ、先生なんですか!?」
「ふふん、これぞわらわの真の姿よ」
雅は特定魔導現象、過度循環の対象者。生成値に対して循環値が高すぎるという弊害がある。しかし、逆を言えば、1の魔力で100の効果を出すこともできるのだ。
「わらわたちを狙ったことを後悔せよ! そなたら全員、全治半年の骨折じゃ!」
ピンク色の紙が大量に宙に舞う。雅の固有魔導、通称カルテ。これには魔導と医療のデータが載っており、さらに言うと、雅が書き込んだとおりの症状が出る。固有魔導の発動範囲にいた敵は、皆あちこちの骨が折れて地に伏した。
「ぐっ……」
「ああっ!」
あちこちから悲鳴が上がる。しかし、それでもまだ敵の数は残っており、己の味方が倒れているのにも関わらずこちらへ銃や魔導での攻撃を仕掛けてくる。
「はいドカン!」
掛け声と共に、緑色の魔力が爆ぜる。葵の魔力だ。その周囲に、淡い黄色の透の魔力が漂っている。
「ひゅう! ワサビ特製、魔導式手榴弾のお味はいかがッスかぁ!」
「プラス、僕の固有魔導もお忘れなく!」
「さっすが縁の下の力持ちぃ!」
「もっとかっこいい名前がよかったな……」
自身の固有魔導につけられた名称に、透は小さく愚痴を言った。確かに、かっこよさは微塵も感じられない。
普段どおりの会話を交わしつつ、次々に敵を倒していく周囲を見て、由紀奈は驚きで目を見開いていた。それに対し、雅は発動を続けながらも説明する。
「よいか、わらわたち医療班の仕事は助けること、救うことじゃ。それは怪我や病を癒すことだけではない。こうして、調査班が仕事に集中できるようにすることも務めじゃ。今、わらわたちは調査班を救っている。これを忘れるでない」
「は、はい!」
「わかったならば、今できることをなせ! それができると、夏希も……わらわたちも信じておるからこそ、こうして連れてきたのじゃ!」
雅の一言に、由紀奈は震える手で魔導文字を綴り始めた。信じられている、その言葉が彼女を突き動かした。
普段より歪んだ魔導文字だが、それでもなんとか読むことはできる。調査前の葵の言葉を思い出して、注射器の中に紙を入れ、魔力を流した。クリーム色の光が生まれる。
由紀奈が使ったのは、炎の術だった。テントの周りをぐるりと囲む、炎の陣。魔導の使えない敵は燃え上がる炎になすすべなく、後退した。
「やった!」
だが、それも一瞬のこと。
敵にも炎を全て消すことのできるほどの魔力を持った者がいたらしい。大量に水が降り注ぎ、由紀奈の炎を消し去った。
「そんな……」
上手くいったと思ったのに。悲しむ由紀奈だが、残念ながら悲しんでいる暇はない。次々に敵は押し寄せてくる。
雅に足の骨を折られた男が、倒れながらも銃を構えた。そのことに、雅はまだ気づいていない。
「やめて、その人を傷つけることは許さない!」
気づけば、由紀奈は魔力を放出していた。雅を傷つけさせない、その強い気持ちは、由紀奈の固有魔導を呼び覚ました。
「なっ……」
引き金を引こうとしていた男が、力を無くしたように銃を落とした。周囲の敵も、突然倒れこんだり、武器を落としたりしている。由紀奈に近いものほど力が入らないらしく、指1本すら動かせないようだ。
「なるほど。これがそなたの固有魔導か」
「え……?」
「恐らく、他者から体力を奪うものなのじゃろう。見よ、奴等の疲れきった顔を。つまり、そういうことなのじゃろうな……助かった、礼を言う」
照れたように感謝の言葉を口にする雅。珍しいこともあるものだ、と技術班がそれを茶化す。
「明日は雨ッスかぁ」
「珍しいこともあるんですね」
「……そなたら、全治……」
「やめて、ちょ、味方ッスよ!」
「あーもう班長のせいだ!」
「はぁ!? カラシも言ってたじゃないッスか!」
襲撃真っ最中だが、第5研究所はどこまでも第5研究所だった。軽口をたたき合い、ふざけながらも仕事(戦闘)はしっかりする。その先輩たちに、由紀奈は必死に食らいつくのだった。




