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【完結】国立第5魔導研究所の研究日誌  作者: 九条美香
新人魔導師、2回目の発掘調査に参加する
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同日、遺跡まで移動

 9時前ではあったが、食堂には全員が揃っていた。相変わらず、皆眠そうである。


「まぁ座れよ」


 珈琲を飲みながら、夏希は空いている左手で促した。その手元に、以前読んでいた美織からの手紙があることを、天音は気づいた。そういえば、真子からの手紙の内容は見たが、美織からのものは知らない。何故今見ているのだろうか。


「あれ、どうして……」

「美織は2回目があることも視えてたんだよ」


 それの最終確認をしていたのだと言うので、天音は納得して席についた。今回は遺跡の地図は広げられていない。皆のデフォルメされた似顔絵はなかなかに可愛らしかったので楽しみにしていたのだが、残念だ。


 夏希は大きく伸びをすると、欠伸のせいで滲んだ涙を拭った。そして、食堂の席に座る研究員たちを見回す。


「配置は基本前回と同じだ。由紀奈は雅についておけ」

「は、はい!」

「今回は瞬間移動の術を使うには遠くて魔力を使うから、消費量が少ない飛行移動になる。葵は透と、由紀奈はあたしと飛ぶぞ。天音は免許取りたてだから2人乗りできねぇし」

「そんなバイクみたいなルールなんですね……」


 箒を握り、天音は言った。正直、1人で飛ぶのが精いっぱいなので嬉しいが、まさかそんな法律があるなんて知らなかった。魔導はやはりどこまでも現代的である。


「乙種遺跡は地下?」

「それとも地上?」


 双子が順番に問う。夏希はそれに対し、「地上」と短く答えた。眠気の所為で、普段よりも話すのが怠いらしい。


「森の奥に、一般人には見えないような保護魔法がかかってたんだと。第1研究所のヤツが見つけたが、優先度が低いから放置されてた。空から見ればすぐわかる。なにせ、森には混乱の術がかけられてて、一定以上の適性値がないと迷いまくる」

「そっか」

「なるほど」


 それもあって、空を飛んでの移動になるらしい。当時の科学技術では飛行物体は存在しなかったため、空を飛ぶ=魔法使いと判断され、飛行機の中からなら、適性がない者でもぼんやりと見えるそうだ。


「さて、準備はいいか?」


 珈琲を飲み干して立ち上がる夏希の椅子を、零がさりげなく引いた。燕尾服めいた魔導衣のせいもあって、余計に彼女の使用人のように見える。


「はい!」


 叫ぶように言ったのは由紀奈だった。他の皆は頷く程度だったので、目立ってしまったことを恥じて耳まで赤くなっている。しかし、それを揶揄う者は誰もいなかった。


「いい返事じゃねぇか。よし、行くぞ」


 一同は外に出て、それぞれ飛行の準備を始めた。葵は淡い黄色の透の魔力、由紀奈は眩しいほど白い夏希の魔力に包まれている。双子はその体質から、手を握り合って飛ぶらしい。確かに、途中で魔力が切れたら大変なことになる。


「不安だったらお前も握っとけ」


 夏希が細い腕を差し出した。華奢な(ように見える)腕にどこまで力を入れてもいいのかわからないようで、由紀奈はそっと手を添わせるように握った。


「おいおい、もっとちゃんと握れよ」


 埒が明かない、と夏希は由紀奈の手を握ってしまった。瞬間、零が恐ろしい顔をしていたのを、天音は見逃さなかった。嫉妬の対象が広すぎる。


「んじゃ、出発!」


 その声を合図に、全員が地を蹴った。普段は凄まじいスピードで飛ぶ夏希だが、魔力の消費を抑えるためか、由紀奈を気遣っているのか、天音でもついていける速さだ。


「風が気持ちいい……」


 ふいに、由紀奈が呟いた。そのとおりだと思う。天気に恵まれ、心地よい風が吹いていた。特殊な布で作られた三角帽子とナースキャップは、風でも落ちることはない。安心して空を飛んでいられる。


「その調子その調子」


 飛行を怖がっていない由紀奈に、夏希が楽しそうな声を出した。散歩(という名の飛行)を好む彼女のことだ、同士ができて嬉しいのかもしれない。


「ちょっと班長、妙な動きはしないでくださいよ!」

「好きでなってるワケじゃないんスよ!」


 技術班の2人が叫んでいるのが聞こえる。飛ぶのが下手な葵は、誰かに飛ばせてもらうのも下手なようだ。風に煽られてうごめいている。


「もう透が抱えてやれよ」

「嫌ですよ!」

「自分はいいッスけど」

「アンタに決定権はない!」

「はいはい、そこ漫才やめてー」


 ヘッドフォンをつけたうえにすっぽりフードを被った恭平だが、それでも会話はしっかり聞こえているらしく、気だるげに言った。果てしなく面倒臭そうだ。


「ほら、集中。行きますよ」


 先導していた零が振り返り、注意する。まるで遠足のようだ、と天音は幼いころを思い出した。零はさながら引率の先生といったところか。


 くすくすと笑っていた天音は、険しい顔をしていた夏希に気付かなかった。否、零以外、気づいていた者はいなかった。それほどまでに、一同は浮かれていたし、夏希も本心を隠すのが上手かった。


 美織からの手紙のことを、天音はすっかり忘れていたのだ。


(もう1人新人が入り、発掘調査が決定する……が、しかし、第2回発掘調査も失敗する……か。わかってるコトとはいえ、キツイな)


 死者は出ない。美織の占いを信じて、せめて今だけでも楽しめるようにと、夏希はゆっくり空を飛ぶ。祈るように、そっと空を見上げていた。


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