同日、技術班からのプレゼント
由紀奈を落ち着かせるためか、和馬は食後にハーブティーを淹れてくれた。香りからして、彼自身がブレンドした魔力回復効果のあるお茶だ。連日の訓練での消耗や、緊張による魔力生成値の低下に気づいていたのかもしれない。
「緊張しすぎちゃうと、上手く魔導が使えないんですよ。まあ、魔導だけじゃなくて他のことでもそうだと思いますけどね。本番で失敗しちゃった、みたいなことあるでしょう」
「……ですね!」
何かに本気で打ち込んだことのない天音は、とりあえず大きな声で同意して誤魔化しておいた。由紀奈はわかるらしく、うんうんと頷いていた。
「まあ大丈夫です、責任は所長か副所長がとってくれます」
「い、いえ、それくらい自分で……」
「参加させても大丈夫、と判断したのはそのお2人ですから。何があっても由紀奈ちゃんのせいじゃないんですよ」
「私のせいじゃ、ない……」
「それと、最初から完璧だと、俺が悔しいので……ちょっとミスするくらいでお願いします」
その台詞に、思わず天音は吹き出した。由紀奈も同様で、口に含んだお茶が飲み込めずに困っているようだ。
「よし、いい感じですね」
由紀奈のために言った冗談のようだ。いや本心かもしれないが。
「さ、一旦お部屋に戻ってゆっくりしててください。9時にはここに戻ってきてくださいね」
休めていないだろう由紀奈を心配してか、和馬はそう言った。その言葉に甘えて、部屋に戻ることにする。最後に箒の手入れでもしようかと思ったとき、そっと袖を引かれた。
「……よ、よかったらなんだけど、一緒にいてくれない……?」
1人だと考えすぎて碌に休めないのだというので、天音は箒と手入れの道具、残りの魔導衣を持って由紀奈の部屋へと向かった。
「箒……?」
「うん。箒なしだと、上手く飛べなくて」
「すごい! 魔導衣もそうだけど、本当の魔法使いみたい!」
「由紀奈ちゃんも看護師さんみたいだよ」
「えへへ……実は、そうお願いしたの」
看護師風の衣装のベースは由紀奈の要望らしい。それ以外は完全に透の趣味だろう。
「天音ちゃんは空飛ぶの?」
「一応ね」
「そっかぁ。私はまだ飛べないや」
「まあ、武村さんも飛んでなかったし。医療班は飛べなくてもいいんじゃないかな。北山さんは飛行禁止令出てるし……」
天音は調査班だからこそ、早急に免許取得が求められたのだ。由紀奈は魔導師昇格、魔導看護師免許取得と大忙しだったし、医療班なのでまだ必要ないだろう。
「これで杖もあったら完璧じゃない?」
「杖かぁ……」
憧れていた時期はある。しかし、現代の魔導の発動方法を考えると、持っていたとしてもあまり意味がないように思えてしまう。あれは呪文を唱えれば魔法が使えるからこそいきる道具なのだ。今の魔導に必要なのは杖よりペンである。
「由紀奈ちゃんこそ、注射器とかあったら完璧じゃない?」
「そうしたら、先生は聴診器つけないと!」
「確かに。山口さんは包丁かなぁ」
「1人だけ物騒な感じになっちゃったよ」
「まずいね」
2人して笑う。些細なことだが、こうしてなんでもないようなことで笑いあう時間が、今はとても重要だった。
ニコニコと笑っていると、激しい音をたてて扉が開いた。思わず笑い声がやむ。由紀奈に至っては、驚いて布団に身を隠してしまった。
「話は聞かせてもらったッスよ!」
「北山さん、由紀奈ちゃんが怯えてます」
「あ、すみません」
相手がわかったからか、由紀奈はのっそりと布団から顔を出した。髪がぐしゃぐしゃになっている。
「いや、ちょうど完成したトコなんスよ。グッチーに聞いたらここだって言うから来ちゃったッス」
「何のお話ですか?」
「魔導補助具を作ってたんスよ、はい」
葵は2つの包みを渡してきた。それぞれ、青紫とクリーム色のラッピングがしてある。クリーム色は由紀奈の魔力の色だ。そちらを彼女に渡す。
「間に合ったッスねぇ、自分天才! ほらほら、早く開けてくださいッス!」
促されたので、礼を言って開く。初めてプレゼントを貰った子どものようにワクワクしていた。葵がこうして何かを作ってくれるときは、箒のように素敵なものだと知っていたからだ。
入っていたのは、30センチあるかないかの木の棒―魔法使いが使うような杖だ。よく見ると、炎と氷、そして物を呼び寄せる術の魔導文字が彫ってある。天音の得意な術だ。
「時間短縮の魔導補助具ッスよ。使いたい術の文字に魔力を流せば即発動。なかなかッスよね?」
「素敵です……」
「で、これがホルダー。カラシが足に付けろってうるさいんでそうして欲しいッス」
「あ、はい」
感動が薄れた。また透の趣味に巻き込まれてしまっている。少し呆れてしまった。逆に関心すらする。ここまで貫き通すならいいのかもしれない。
「ユッキーのは注射器型ッス。やっぱこれかなって」
ちょうど天音たちが話していたようなことを、技術班も考えていたらしい。衣装に合うように透がデザインし、葵が作ったのだという。
「中に魔力を溜めて、一気に放出できる優れものッス。こっちは魔導文字書いてないんで、注射器の中に文字書いた紙入れて使ってください。一点集中、威力マシマシの品ッスよ!」
由紀奈は感触を確かめるように注射器を握っていた。何度か押し、その度に泣きそうになっている。
「ありがとうございます。まさか、ここまで叶うなんて思いませんでした」
「そこはまぁ、自分たちに任せてくださいッス。一応、プロなんで!」
発掘調査が近かったというのに、葵はまたこうして天音たちのために働いてくれたのだ。感謝しかない。由紀奈など、泣きながら途切れ途切れに感謝の言葉を口にしている。
「あ、あり、ありがとうございます……」
「はは、あまねんみてぇ」
「そ、そんなにでしたっけ!?」
ここに来てから色々泣いた記憶はあるが、あんな風に泣いていたのか。天音はぎょっとした。
「ま、喜んで貰えて何よりッス。んじゃ、そろそろ時間なんで行きましょー」
貰ったものを身に着け、魔導衣をしっかりと着込む。
第2回発掘調査が、すぐそこに迫っていた。