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【完結】国立第5魔導研究所の研究日誌  作者: 九条美香
新人魔導師、2回目の発掘調査に参加する
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同日、技術班からのプレゼント

 由紀奈を落ち着かせるためか、和馬は食後にハーブティーを淹れてくれた。香りからして、彼自身がブレンドした魔力回復効果のあるお茶だ。連日の訓練での消耗や、緊張による魔力生成値の低下に気づいていたのかもしれない。


「緊張しすぎちゃうと、上手く魔導が使えないんですよ。まあ、魔導だけじゃなくて他のことでもそうだと思いますけどね。本番で失敗しちゃった、みたいなことあるでしょう」

「……ですね!」


 何かに本気で打ち込んだことのない天音は、とりあえず大きな声で同意して誤魔化しておいた。由紀奈はわかるらしく、うんうんと頷いていた。


「まあ大丈夫です、責任は所長か副所長がとってくれます」

「い、いえ、それくらい自分で……」

「参加させても大丈夫、と判断したのはそのお2人ですから。何があっても由紀奈ちゃんのせいじゃないんですよ」

「私のせいじゃ、ない……」

「それと、最初から完璧だと、俺が悔しいので……ちょっとミスするくらいでお願いします」


 その台詞に、思わず天音は吹き出した。由紀奈も同様で、口に含んだお茶が飲み込めずに困っているようだ。


「よし、いい感じですね」


 由紀奈のために言った冗談のようだ。いや本心かもしれないが。


「さ、一旦お部屋に戻ってゆっくりしててください。9時にはここに戻ってきてくださいね」


 休めていないだろう由紀奈を心配してか、和馬はそう言った。その言葉に甘えて、部屋に戻ることにする。最後に箒の手入れでもしようかと思ったとき、そっと袖を引かれた。


「……よ、よかったらなんだけど、一緒にいてくれない……?」


 1人だと考えすぎて碌に休めないのだというので、天音は箒と手入れの道具、残りの魔導衣を持って由紀奈の部屋へと向かった。


「箒……?」

「うん。箒なしだと、上手く飛べなくて」

「すごい! 魔導衣もそうだけど、本当の魔法使いみたい!」

「由紀奈ちゃんも看護師さんみたいだよ」

「えへへ……実は、そうお願いしたの」


 看護師風の衣装のベースは由紀奈の要望らしい。それ以外は完全に透の趣味だろう。


「天音ちゃんは空飛ぶの?」

「一応ね」

「そっかぁ。私はまだ飛べないや」

「まあ、武村さんも飛んでなかったし。医療班は飛べなくてもいいんじゃないかな。北山さんは飛行禁止令出てるし……」


 天音は調査班だからこそ、早急に免許取得が求められたのだ。由紀奈は魔導師昇格、魔導看護師免許取得と大忙しだったし、医療班なのでまだ必要ないだろう。


「これで杖もあったら完璧じゃない?」

「杖かぁ……」


 憧れていた時期はある。しかし、現代の魔導の発動方法を考えると、持っていたとしてもあまり意味がないように思えてしまう。あれは呪文を唱えれば魔法が使えるからこそいきる道具なのだ。今の魔導に必要なのは杖よりペンである。


「由紀奈ちゃんこそ、注射器とかあったら完璧じゃない?」

「そうしたら、先生は聴診器つけないと!」

「確かに。山口さんは包丁かなぁ」

「1人だけ物騒な感じになっちゃったよ」

「まずいね」


 2人して笑う。些細なことだが、こうしてなんでもないようなことで笑いあう時間が、今はとても重要だった。


 ニコニコと笑っていると、激しい音をたてて扉が開いた。思わず笑い声がやむ。由紀奈に至っては、驚いて布団に身を隠してしまった。


「話は聞かせてもらったッスよ!」

「北山さん、由紀奈ちゃんが怯えてます」

「あ、すみません」


 相手がわかったからか、由紀奈はのっそりと布団から顔を出した。髪がぐしゃぐしゃになっている。


「いや、ちょうど完成したトコなんスよ。グッチーに聞いたらここだって言うから来ちゃったッス」

「何のお話ですか?」

「魔導補助具を作ってたんスよ、はい」


 葵は2つの包みを渡してきた。それぞれ、青紫とクリーム色のラッピングがしてある。クリーム色は由紀奈の魔力の色だ。そちらを彼女に渡す。


「間に合ったッスねぇ、自分天才! ほらほら、早く開けてくださいッス!」


 促されたので、礼を言って開く。初めてプレゼントを貰った子どものようにワクワクしていた。葵がこうして何かを作ってくれるときは、箒のように素敵なものだと知っていたからだ。


 入っていたのは、30センチあるかないかの木の棒―魔法使いが使うような杖だ。よく見ると、炎と氷、そして物を呼び寄せる術の魔導文字が彫ってある。天音の得意な術だ。


「時間短縮の魔導補助具ッスよ。使いたい術の文字に魔力を流せば即発動。なかなかッスよね?」

「素敵です……」

「で、これがホルダー。カラシが足に付けろってうるさいんでそうして欲しいッス」

「あ、はい」


 感動が薄れた。また透の趣味に巻き込まれてしまっている。少し呆れてしまった。逆に関心すらする。ここまで貫き通すならいいのかもしれない。


「ユッキーのは注射器型ッス。やっぱこれかなって」


 ちょうど天音たちが話していたようなことを、技術班も考えていたらしい。衣装に合うように透がデザインし、葵が作ったのだという。


「中に魔力を溜めて、一気に放出できる優れものッス。こっちは魔導文字書いてないんで、注射器の中に文字書いた紙入れて使ってください。一点集中、威力マシマシの品ッスよ!」


 由紀奈は感触を確かめるように注射器を握っていた。何度か押し、その度に泣きそうになっている。


「ありがとうございます。まさか、ここまで叶うなんて思いませんでした」

「そこはまぁ、自分たちに任せてくださいッス。一応、プロなんで!」


 発掘調査が近かったというのに、葵はまたこうして天音たちのために働いてくれたのだ。感謝しかない。由紀奈など、泣きながら途切れ途切れに感謝の言葉を口にしている。


「あ、あり、ありがとうございます……」

「はは、あまねんみてぇ」

「そ、そんなにでしたっけ!?」


 ここに来てから色々泣いた記憶はあるが、あんな風に泣いていたのか。天音はぎょっとした。


「ま、喜んで貰えて何よりッス。んじゃ、そろそろ時間なんで行きましょー」


 貰ったものを身に着け、魔導衣をしっかりと着込む。

 第2回発掘調査が、すぐそこに迫っていた。


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