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【完結】国立第5魔導研究所の研究日誌  作者: 九条美香
新人魔導師、後輩ができる
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5月30日、料理人と神出鬼没の副所長と

 2回目とはいえ、発掘調査が近づいてくるのは緊張してしまう。気づけば明日が発掘調査の日だった。由紀奈は日に日に顔色が悪くなっていた。その度に雅が医務室へ呼び、話を聞いたり、場合によっては術をかけたりして緊張をほぐしていた。


 天音はというと、緊張しているが、由紀奈ほど酷くはなかった。ただ少し不安で考え事をしながら歩いて頭をぶつけたり、飲み物をこぼしたりした程度である。ちょうどいい練習だと、こぼした飲み物は紙無しで発動した術で綺麗にしてみた。


「今度は何が出てくるんでしょうね」


 同じく2回目の発掘調査だが、研究員歴が長い和馬は緊張よりもワクワクが勝っているようだ。天音のカップにハーブティーを注ぎながらニコニコと笑っている。


「前回は研究日誌とかはなかったから、あるといいですよね」

「……襲撃されなければ、なんでもいいです」

「それはそうですけど。どうせなら、いいものが出てきて欲しいじゃないですか」


 気弱に見えて、意外と和馬の心は強い。人見知りではあるが、研究に対しては並々ならぬ熱意がある。余談だが、初めて由紀奈と会ったときにはお互いがネガティブを発揮し、しばらく会話にならなかったとだけ言っておこう。


 それはさておき、天音は付箋とマーカーだらけの論文のコピーを読み返しながら、気になっていたことを質問した。


「前回の調査、どうだったんですか?」


 葵がやたら艶々していたのは覚えている。よい結果が出たのだとは思うが、実際はどうなのだろうか。


「うーん……皆、新しい研究材料が手に入って、しばらくは喜びましたけどね。天音ちゃんも読んだでしょう、現代に近いからか、科学のことばかり書いてあった内容。研究に使えたのは、葵さんか恭平くんくらいです」

「恭平さんも?」

「魔女、魔法使いの迫害について書いてあった部分があったので、気になったそうですよ」

「なるほど」

「まあでも、襲撃のせいで数が少なくて駄目でしたね。残念です」


 和馬は定位置となっている椅子を引いて腰かけた。彼の席は厨房に一番近い席だ。天音からはさほど離れていない。配属された順に入口から席を決めたらしい。普通、上座が所長の席なのではないかと思ったが、「食事のときくらい仕事は忘れろ」と夏希が言ったので、各々好きな席に座っていると聞いた。


「由紀奈ちゃん、どうですか?」

「今日はまだ落ち着いてるほうです」


 不安になったのか、ひたすら医療魔導の練習をしてはいるが、医務室に運び込まれるよりはマシだ。自分より慌てている人間がいると不思議と落ち着いてしまうもので、天音は逆に冷静になって、最後の確認程度に論文を読んでいる。


「天音ちゃんは、研究テーマに悩んでるんでしたっけ?」


 天音の手元を見た和馬が問うた。置かれた2種類の論文と、それについて纏めたであろうノートが、天音の努力を物語っている。


「あ、いえ。実は決めたんです」

「へぇ」


 応えたのは和馬ではなかった。気づけば食堂の定位置の席に腰かけていた夏希が、頬杖をついて楽しそうに笑っていた。


「いいじゃねぇか、何にすんだ?」

「あ……ちょっと、こうやって発表するのは恥ずかしいんですけど……」

「どうせ皆知ることになるぜ」

「そ、それもそうですね」


 天音は照れながらも、研究テーマを口にした。まだはっきりと学術的に言えるわけではないが、こういう風に進めていきたいというものが見つかったのだ。


「…………って感じなんですけど……どうでしょう?」


 恐る恐る反応をうかがうと、夏希も和馬もよい反応を見せた。


「お前らしくて最高、いいな! 経費で本買っていいぞ」

「どうせなら魔導衣着て言ってみてくださいよ、完璧です」


 和馬たちのような研究テーマではないため、反対される可能性もあると思っていた。しかし、それは杞憂だったようだ。この研究所で、誰かが一生懸命やろうとしていることを笑うものはいない。それが天音にとって非常に嬉しかった。


「どうせなら雅にオススメ聞いて来いよ、アイツもそういうの、好きだからな」

「恭平くんとはるかちゃんやかなたちゃんも好きですよ。どっちかというとゲームですが……」

「演出に関しては映像がいいだろ」

「DVDとかも買っちゃいます?」

「誰かしらもう持ってるだろ、聞いてみようぜ」


 あれよあれよという間に話が進んでいく。あまりにも2人が乗り気なので、誰の研究テーマかわからなくなるほどだ。


「あ、ありがとうございます。とりあえず、これで進めてみようと思います」

「研究員になると論文出さねぇとだからな。早めに決めておいて正解だ。何でもいい、書けたら見せてみろよ。皆喜んで赤入れるぜ」

「そこは褒めてからでしょう!」

「悪い悪い、冗談。ちゃんと褒めてからだから安心しろよ」


 夏希の軽口に、和馬が窘めるように言った。冗談だとはわかっているようで、声に怒りはない。


「ま、とにかく楽しみにしてるぜ。明日の調査でいいモン見つかるといいな」


 夏希はそう言って、厨房に引っ込んだ。和馬がそれに続く。


「俺も楽しみにしてます! あ、待ってください副所長、俺がやりますから!」


 厨房において、「お湯を沸かす」以外許されていない夏希に、和馬が必死に叫んでいるのを聞きながら天音は食堂を後にした。地下への階段を下り、自室へと戻る。


 部屋にはノートとプリントが山になっていた。片付けなきゃ、と思いつつも、復習するのに引っ張り出しては机の上に置かれるので、なかなか綺麗にならない。


 まだ何も書かれていないノートを取りだす。油性ペンで、ノートの表紙に研究テーマを書いた。


『旧ファンタジージャンルにおける魔法及び魔法使いについて』


 我ながら綺麗に書けたと思う。ペンが乾くのを確認して、天音はゆっくりとノートを開いた。明日の発掘調査で、これが埋められることはあるのだろうか。そう思うと、緊張よりもワクワクが勝るのだった。


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