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【完結】国立第5魔導研究所の研究日誌  作者: 九条美香
新人魔導師、後輩ができる
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5月20日、後輩と魔導医師、技術班副班長と

 天音が恭平の論文を理解するのに10日がかかった。ひたすら語り続ける恭平から、疑問点などを纏めたノートを作り、資料室や書斎に籠って勉強した。その頃には皆発掘調査後の研究も落ち着いていたので、あちこちに質問して回った。


「や、やっとだ……」


 コピーをとっておいてよかった。書き込みやマーカーでびっしり埋められた論文を見てそう思う。


 しかし、1つの論文に10日とは。勉強はしてきたつもりだが、まだまだのようだ。


 以前の天音ならここで挫けるかふてくされるかのどちらかだったに違いない。しかし、今はわかること、できることが増えて清々しい気持ちですらある。成長したなあ、と他人事のように感じた。自分が思っている以上に自身の内面の成長が速い気がする。


「さて、と」


 次は透の論文に取り掛かろう。そう考えていると、コンコンコンコンと忙しないノックの音の後に、


「天音ちゃん、入っていい!?」


 由紀奈の早口の大声が聞こえた。珍しいこともあるものだ。驚きながらも、どうぞと返す。魔導ロックが解除されて、由紀奈が入って来た。その後ろに雅と、部屋には入ってこないが近くにはいる透が見える。女性の部屋には入らないようにしているらしい。魔導衣さえ関わらなければ、彼は本当に常識人である。


「ゆ、由紀奈ちゃん!?」


 今度は天音が大声を上げる番だった。

 何故なら、由紀奈は魔導衣を着ていたからである。


「あれから私、先生にいっぱい教えてもらって……ギリギリだけど、魔導解読師になれたの!」

「えええええ!? は、早! あ、いや、おめでとう!」


 スピード出世が過ぎる……が、よくよく見ると由紀奈、雅、透の三者の隈がすごい。とにかく詰め込み、最短ルートでいったのだろう。


 由紀奈の魔導衣はナース服のようだった。しっかりと入ったスリットは見なかったことにする。腕には魔導看護師を示す腕章があった。そちらの試験にも合格したようだ。


「実際の看護師さんはもうナースキャップを被ってないですけど、これはあくまで魔導衣なんでつけてみました。魔導耐久値が上がりますからね断じて僕の趣味だからではないですが。ノースリーブに長手袋なのは動きやすさと、やはり腕の魔導耐久値向上のためです」


 一息に言い切った透を見て、ああ趣味なんだ、と納得した。似合ってはいるし、着ている本人も嬉しそうなので何も言わないことにする。


「これで調査師じゃなくて魔導師として次の発掘調査に参加できるの!」

「おめでとう! すごいね、最短記録じゃない?」

「うむ、魔導考古学省の奴ら、驚いておったぞ。ま、わらわにかかれば朝飯前じゃ!」

「頑張ったのは由紀奈さんでしょ」


 魔導衣の説明が終わったからか、はたまた眠くなってきたからか、比較的落ち着いた声の透が静かに訂正した。雅は「当然、わらわの弟子じゃ!」と何故か本人より堂々としている。


「それでね、これ、副所長さんからの伝言なんだけど……」


 由紀奈は折りたたまれた紙を手渡してきた。作業指示だろうか?

 開いてみると、紙には何も書かれていない。首を傾げていると、紙は小さな夏希の姿をとり、話し始めた。


「スピード出世のお2人に、副所長からお祝いのメッセージと……課題をお届けするぜ」


 2人して顔を見合わす。高度な術もそうだが、内容が気になって仕方がない。


「まずは、さっきも直接伝えたけど、おめでとう、由紀奈。こんなに早く出世したのは魔導元年以来2人目だそうだ。誇っていいぞ」

「副所長さん……」


 由紀奈の目が潤む。嬉しそうだ。


「んで、こっからが課題のお話」


 潤んでいたはずの目が瞬く間に乾いていく。不安そうに瞬きが増えている。天音もまた、「2人」と言われたことに困惑していた。一体、何があるというのだろうか。


「次回の発掘調査が決まった。場所は、第1回に希望していたトコだ。首都外れの乙種遺跡。流石に断る理由がなくなったんだろうな、今回は何の条件もなかった」


 くく、と悪役じみた夏希の笑い声がする。そんなに細かなところまで再現されるのか。どういった術なのか気になった。


「さて、スピード出世した由紀奈だが、当然実践経験が足りてねぇ」

「うう、それは……」

「天音も、まだ紙なしじゃ術が発動できねぇ」

「くぅ……」


 2人して俯いてしまった。雅が息ぴったりの2人を見て笑っているのと、それを窘める透の声がする。


「つーわけで、2人でひたすら実践訓練。天音は1回は現場に出てるんだ、少しだけど先輩だな。教えてやれることは教えてやれ」

「は、はい」

「由紀奈はとにかく医療魔導以外を磨け。そっちは才能あるって雅のお墨付きだ、自信もっていい。けど、最悪自分の身を守れる程度にはなっておけ。雅は医療魔導以外苦手だが、まあ自衛はできるくらいのレベルだ。そこ目指せ」

「余計なことを言いおって」


 雅がふてくされたように言った。しかし、あくまで伝言の術なので何も返答はない。


「以上。質問あったらあたしのトコに来い」


 言い終わると、小さな夏希は見えなくなってしまった。紙は薔薇の花びらのようにひらりと舞って、床に落ちる前に消えていく。


「……忙しくなるよ、由紀奈ちゃん」

「お、お手柔らかにお願いしますぅ……」


 震える由紀奈だが、生憎、詰め込みスパルタ方法しか知らぬ天音の辞書には、「お手柔らか」という文字は存在しないことを、彼女は明日から知ることになる。


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